饗宴
「領主殿、お顔の色が優れぬのではありませんか」
イザリヤの守役が言った。
「歳の所為か、酒にも弱くなってしまい、全くお恥ずかしい限りです」
領主の言に文官は言う。
「張り切ってご用意はしたものの、慣れぬ食では却ってご心労をお掛けしたかもしれませぬ。どうかご容赦を。領主殿、お疲れでしたら遠慮なくお休みください」
「お気遣い戴き、申し訳ない。竜王には感謝をお伝えください」
領主は頭を下げる。クロードが天幕の入口の布を持ち上げ、領主は静かに天幕を抜ける。日は沈み、遠くに見える街の広場には松明が並び、兵が炊き出しの大鍋を片付けている。残り物の鍋に、人々は群がる。領主は溜息をつく。
「全く、あべこべだな。本来ならば我らが竜王の持て成しをせねばならぬ所だ。それなのに民は施しを受け、我らは宴にまで招かれた。先の戦で貯えを失った我らにとっては有り難い話だが、無力を思い知らされる」
クロードは黙して俯く。
「わたしのことは良い。お前は残れ」
領主はそう言い、去った。再び天幕に入ったクロードに、守役が声を掛ける。
「竜王がお呼びでございますよ」
クロードは無言のまま、守役に続く。そしてハンゾの前に置かれた机から、少し離れた所で止まり、跪く。ハンゾは言う。
「そなたがクロードか。昼間の働き、見事であった。躊躇い無く、一撃で賊を討てるという者は、存外に少ない。陛下が信頼を置くのも頷けると言うものだ。もっと寄るが良い。そんなに遠くては、酒にも肉にも手が届かぬではないか」
クロードは顔を伏せたまま、言う。
「帯刀されていないように見えるが、躊躇い無く人を殺せる者を近くに招いて良いのか」
イザリヤは「貴様」と言って身を乗り出すが、ハンゾは手をかざして止める。そして薄く笑みを浮かべ、言う。
「そなたが嫌でなければ、寄るが良い」
クロードは顔を上げる。ハンゾと目を合わせたまま、ゆっくりと前に進む。ハンゾの指先が椅子を示し、クロードは腰かける。ハンゾは静かに頷き、言う。
「非力な女人への気遣いは帝国の伝統であろうか。だが何のことはない、武具を持たぬ女であっても、いざとなれば如何様にでも人は殺せる。例えば目玉に指を刺し込み、更にその奥まで抉れば、どうであろうか」
ハンゾは丸焼きにされた仔豚の瞼に串を突き立て、指先で円を描く。イザリヤは「う」という声を漏らし、口元を押さえ、足早に去る。守役は一礼し、イザリヤを追う。
「指が汚れるのではないかと」
クロードの言にハンゾは静かに笑う。ハンゾが横に掲げた杯と、クロードの眼前に置かれた杯に、傍らの女が酒を注ぐ。そしてハンゾもう一方の手を掲げると、傍らの兵と女は一礼し、席を外す。
「これで二人しかおらぬ。堅苦しい建前も気遣いも要らぬ」
そう言ってハンゾは杯を前に掲げる。クロードも杯を手に取る。ハンゾとクロードは同時に杯に口を付ける。クロードは咽る。ハンゾは笑う。
「この酒はそなたの口には合わぬか。ならば代わりを持ってこさせよう」
ハンゾの言にクロードは片手をかざし、言う。
「知らぬ味で、少し驚いただけだ」
クロードが酒を呷ると、ハンゾは笑い、クロードの杯に酒を注ぐ。
「良い飲みっぷりだ。ときに、イザリヤとは話したか。あれは真っすぐで、器量も良い。剣の腕も悪くない。あのような者が帝国にもおるとは、面白い」
クロードは口を拭い、言う。
「仰る通りかと」
クロードの言にハンゾは静かに笑う。
「そなたは実直な男の様だ。そうは思っておらぬと、顔に書いてある。建前も気遣いも要らぬと申した筈だが。それとも、酒が足らぬか」
クロードは暫し杯を見つめた後、再び酒を呷り、言う。
「竜王がお望みならば、申し上げる。あの程度で気分を悪くするなど、軍団長は強がっているだけで、殺せぬのだろう。人を斬れぬ剣術など、賊の退治で何の役に立つ。俺には分からん。どうしてあんな小娘を使う」
ハンゾは薄く笑みを浮かべたまま、小さく何度か頷き、言う。
「守役がわたしにイザリヤを売り込んだのだ。曰く、こうだ。王家に連なる女を全て妾に落とし、部下への褒美にしたというのでは、わたしは帝国の臣民から多くの恨みを受ける。片やイザリヤは、幼少より飯事や人形遊びなどより、剣術と馬術を好んだ。男の言いなりになる母や姉を蔑み、事あるごとに兄や弟と張り合ってきた。これを将として取り立てるならば、竜王とハンの民は、奪い、犯すだけの輩ではないと世に示すことができる」
ハンゾは酒を口に含む。顔から笑みが消える。そして続ける。
「などと言った同じ口で、他の王族の女を妾として売り込むのだ。あの老公、全くとんでもない御仁だ。この女は美人で名高いとか、血筋や育ちが良いとか、そうやって女に箔が付けば、貰い受けた男は喜ぶ。だが、見ていて余り気持ちの良いものではない」
「竜王ともあろうお方が何を言うかと思えば。それはそもそも竜王が、女を戦利品にするからだろう。気に障るなら、止めさせればそれで済む話ではないか」
クロードの言に、ハンゾは首を振る。
「そう単純ではない。男を戦で使う以上、これは避けられぬ。それに女の方も、夫や親の後ろ盾を失い、貧しき民となるよりは嘗ての敵の妻、或いは妾となることですら厭わぬ者がおるのだ。殊に帝国の女は、男の下に置かれることに慣れ過ぎている。そのような女達にわたしが出来ることと言えば、せいぜい増しな男を選んでやることぐらいだ。そなたは虚勢と呼ぶのかもしれぬが、イザリヤのような気概を持つ女は、ここにはそう、おらぬのだ」
「そういうものか」
クロードは呟き、ハンゾは静かに頷く。
「そなたにも思う所はあるだろうが、イザリヤが危うい時には力を貸してやって欲しい。これは竜王としての命ではない。わたしの個人的な願いだ」
「何故俺にそんなことを言う。有能な腹黒じじいが、御嬢様を御守りしている。俺の出る幕など、ないだろう」
ハンゾは「どうかな」と言って中空を見つめ、続ける。
「守役はイザリヤを大事に考えている。そこは疑っておらぬ。だが、守役が想うイザリヤの為と、イザリヤが想う自身の為、果たして何処まで同じなのであろうか。殊に一人は狡猾な老公、一人は純真な生娘だ。わたしの杞憂であれば、それで良いのだが」
「何故あんな小娘に肩入れする。何が狙いだ」
「同じ女だからか、輿入れした妹と姿を重ねておるからか、或いは手駒として体良く使っておるだけか。そなたの好きに考えるがよい。口では何とでも言える。故に伝わらぬだろう」
ハンゾは酒を口に含み、続ける。
「イザリヤはお前に頭を下げ、助けを求めることなどできまい。故にわたしから予め頼んでおく。そなたは助けを求められなかったからと言って、娘を見殺しにするような男ではない」
クロードは黙ってハンゾの目を見据える。ハンゾは薄く笑みを浮かべ、言う。
「おっと、すまぬ。結局、堅苦しい話になってしまった。仕切り直しだ。もっと喰って、飲め」
いつの間にか、ハンゾの手には短刀が握られていた。そして肉を切り分け、クロードの皿に置き、笑った。
「勅命って言う割には、随分と数が少ないよな」
フランツは歩きながら振り返って平定軍の隊列を眺め、言った。傍らの兵が答える。
「森丘の戦いみたいなのは、そうねえよ」
「それにしても少ないだろ。ハンの騎兵なんて、十人いたのかどうか」
「ああ。宴の大盤振る舞いが、まるで嘘みたいだよな」
兵達は笑った。




