守役
「あれが竜王ハンゾ。本当に竜に乗っているのですね。班長はあんなものと戦ったのですか」
フランツは粗末な甲冑に身を包み、言った。傍らのクロードが答える。
「下らん話は止めろ」
「失礼を、班長」
フランツは姿勢を正す。騎兵が先導し、竜が目の前を通り過ぎる。
「屋根の上だ」
賊を目に留めたクロードは囁き、仲間に指図する。フランツは矢を手に取る。数名の兵が、賊の下へと向かう。クロードは静かに、竜の隊列と歩みを合わせる。賊が弩を構えた刹那、フランツの矢がその手を貫いた。賊は震える手で再び弩を構え、叫ぶ。
「偽りの王にして蛮族の娼婦よ。ヤサンがお前を殺しに来たぞ」
皆が屋根の上の賊を向き、隊列は止まる。不意に竜の傍らで、外套の男が苦しみの声を上げる。太矢がその足の甲を貫き、地に刺さっている。クロードが男の腕を捻ると、外套の中から弩が落ちた。賊らは捕らえられ、ハンゾの前に突き出された。
「不届きなる賊どもの首を刎ねよ」
白銀の鎧を纏うイザリヤが叫んだ。クロードはイザリヤとハンゾを一瞥した後、賊を地面に押しつけて手斧を振り下ろす。斬り落とされた首は少し跳ねて転げた。フランツはもう一人の賊の首に剣を当てる。その手は震えていた。刃先が首に触れると賊は暴れ、フランツの手を逃れて走り出した。すぐさまクロードは賊の前に立ち塞がり、心窩へ突き上げるように短剣を刺し込み、手首を返す。クロードが腕を突き出すと、賊は仰向けに倒れた。それからクロードはゆっくりと手斧を拾い、賊の首に振り下ろした。ハンゾは静かにそれを眺め、イザリヤは顔を背けた。短剣を賊から引き抜いたクロードは返り血に塗れた。イザリヤの守役が進み出て、言う。
「この場では何でございますから、領主様のお屋敷でお話をさせて戴けますでしょうか」
「フランツ、案内して差し上げろ」
クロードはそう言って立ち去った。
「班長。先程は、その、申し訳ありませんでした」
クロードは薄暗い小屋で椅子に腰かけ、手斧を研いでいる。フランツの呼びかけに一度顔を上げ、視線を直ぐに戻す。
「良くあることだ。だが謝られても俺にはどうもしてやれん。罰は覚悟しておけ」
「はい」
フランツが答えた後、沈黙が続いた。
「あの、手入れでしたら、自分がやっておきます」
フランツの言にクロードが返す。
「悪いが自分でやりたいんだ」
また沈黙があって、フランツが言う。
「あの、班長、一つ質問してもよろしいでしょうか」
「言ってみろ」
「班長はあまり剣を使わないようですが、何か理由があるのでしょうか」
クロードは手斧の刃先を確かめながら答える。
「剣は使い方がよく分からん」
フランツの口から「え」と言う声が漏れる。クロードは続ける。
「人には刺されれば死に至る急所が幾つもある。故に人を殺す道具は先が尖っていれば、それで十分だ。だがその急所も剣で斬るとなればずっと難しい。鎧や骨の隙間を狙うにしても、それごと斬るにしても、出来るのは手練れだけだ。そもそも力任せで叩き割るなら、斧の方がいい」
そう言って、クロードは手斧で薪を割る。フランツは自らの剣の柄に手を当て、言う。
「そのように考えたことはありませんでした。兵は剣を使うものとばかり」
クロードは手斧を置いて短剣を研ぎ始める。
「まあ、そこだな。斧なら薪割りに使えるし、短剣なら何を切るにも勝手が良い。その点、剣の使い道は人を斬るくらいしかない。故に剣を持つことは、己が人を相手に戦う為の存在、即ち兵であると知らしめることになる。そういう意味では、皆に重宝されているのも分からんでもない」
フランツは首を傾げる。
「それは、どういうことでしょうか」
「剣を持てば強そうに見える。おまけに樵や大工と間違われる心配もない」
クロードの言にフランツは返す。
「それはそうかもしれませんが」
少し間を置いてクロードは言う。
「もっと面白い話でも期待していたのか」
フランツは首を振る。
「あ、いえ、別にそういう訳では」
「少し良いか、クロード」
領主が来て呼びかけた。立ち上がろうとしたクロードを領主は止める。
「そのままで良い」
「あ、では自分は、これで失礼いたします」
立ち去ろうとしたフランツを領主は止める。
「お前も一緒に聞け。勅命があった。森丘の国の辺境の乱れを鎮める為、合同の平定軍が組織された。我らもこれに加わらねばならぬ。そしてクロード、お前の参加は皇帝と竜王、直々の御指名だ。それからフランツ、お前、一度は捕らえた賊を危うく逃すところだったそうだな」
フランツは姿勢を正し、答える。
「はい。申し訳ございません」
「普段であれば厳罰となるところだが、幸運だったな。軍団長イザリヤ殿の守役が進言したのだ。将来ある若者には挽回の機会を与えるべきだと。お前も平定軍に加わり、期待に応えるのだ」
「はい。必ずや、ご期待に応えます」
フランツは大声で答えた。領主はクロードに視線を戻し、少し沈黙し、そして溜息をつく。
「牛馬、穀類、異国の布から果ては金銀まで、竜王はこの街に多大な寄贈をした。お前たちの働き如何では、更なる褒美も出すと言う。ハンの連中には思う所もあるが、貧しき我らは施しに縋らねばならぬ。命に従い、竜王に働きを示すのだ」
「はい、勿論です」
クロードの言に領主は頷き、言う。
「平定軍の激励と戦勝祈願として、竜王が宴を催す。お前も顔を出せ」
クロードが「はい」と答えると再び領主は頷き、小屋を後にする。フランツは言う。
「班長と出陣できるなんて、光栄です」
クロードは何かを言いかけて止め、間を置いて答える。
「張り切りすぎるなよ」
「はい」
フランツは一礼して去った。
「邪魔をする。そなたがクロードだったのだな」
イザリヤが現れ、言った。傍らには守役が立つ。クロードは溜息をつく。
「今日は随分と来客が多いが、見ての通り、ここは客間じゃない」
クロードの言にイザリヤは笑う。
「そんなことは分かっておる。わたしとて、茶をせびりに来たのではない。早速だが、挨拶をさせてもらいたい。わたしはイザリヤ。合同平定軍の軍団長を務める。そなたは皇帝と竜王から名指しで命を受けた。竜殺しの英雄なのであろう。ハンの兵の中にはそなたを『四つ腕』と呼ぶ者もおる。剣と槍と弓で瞬く間に五人殺したその様が、まるで腕が四つあるようだったなどと、なるほど面白いことを言う。そなたには期待しておる。よろしく頼む」
クロードは少し黙り、返す。
「軍団長殿が雑兵に挨拶とは恐れ入った。まあ、よろしく頼む。しかし女に辺境の賊退治をやらせようなどとは、軍団長殿も災難だな」
イザリヤの顔から笑みが消える。
「そのような物言いは飽きるほど聞いておる。女だから何だと言うのだ。竜王ハンゾを見よ。図体だけ大きな男どもが跪いておるではないか。男女の別なく、才有る者は王たるべきなのだ。竜王ハンゾと出会い、わたしもまた、かくありたいと心に誓った。此度の平定軍はその第一歩となろう」
「そんなに張り切っていたのか。なら悪かったな。だが、雑兵相手に夢を語らないでくれ」
イザリヤは暫く黙り、言う。
「そうだな。雑兵には雑兵に相応しい役目をくれてやる。覚悟しておけ」
クロードを睨み、イザリヤは去った。
「もしやクロード様は、竜殺しと呼ばれることが、あまりお好きではないのですかな。或いは戦を知らぬ者が知ったような口を利くな、ということでございましょうか」
守役は薄く笑みを浮かべ、言った。クロードは返す。
「だったら何だ」
守役は頷く。
「なるほど。片や御嬢様の方は、女だから、女の癖に、などと言われることを一番嫌っております。仮にクロード様がそれをお察しになられた上で、敢えてあのように言い返されたのであれば、なかなかにお人が悪い」
「それを黙って見ているあんたはどうなんだ、じじい」
「わたくしの如き年寄りが口を挟むところではありますまい。まあ、御嬢様は見聞を広めるお年頃でございますから、多少の口喧嘩ならば時にはよろしいでしょう。とはいえ、どうか今後は、お手柔らかにお願いいたします」
「何が見聞を広める年頃だ。遠回しに言ったところで、要するに世間知らずだろう。ハンゾのような腹の底の読めぬ相手に心酔するとは、おめでたい」
クロードの言に守役は笑みを浮かべながら頷き、返す。
「御嬢様には御嬢様なりの見識がございます。平民はとかく、貴族が世間知らずだと思いたがるようですが、それはお互い様です。平民も貴族も、互いの本当の苦楽は知らぬのですから。しかしまあ、わたくし個人としましては、クロード様があまり竜王に傾倒していないご様子で、少し安心いたしました」
「何を言っている。肝心のお前の御嬢様が随分とハンゾに傾倒しているだろうが」
「御嬢様は、良いのです」
クロードは「ふん」と鼻で笑い、守役を睨み、言う。
「まあいい。それより、あんたには言っておくことがある。フランツのことだ」
「ああ、先程すれ違った若者でございますね」
「見ただろう。あいつはまだ人を殺せない。かといって臆病者でも怠け者でもない。そんな奴を無理に戦場に引きずり出せば、敵を殺す代わりに捨て身で味方を庇って勇気を示す。それで命を落とすようなことになれば、どうするつもりだ。若者の将来だとか、偉そうなことを言うならそこまで考えてもらいたかったものだ」
クロードの言に守役は何度も頷き、返す。
「ええ、ええ、それは承知しております。あの若者は身を挺し、必ずや御嬢様を護ってくださることでしょう」
クロードは低い声で「じじい」と言い、守役を睨む。そして俯いて額に手を当て、言う。
「俺の仲間に何かあったら、殺す」
守役は薄く笑みを浮かべ、頭を下げた。




