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偽書『愚帝と僭王、畜生と議長』  作者: 宿木マコト
帝国の内なる厄災
38/74

不実

「農地の整備は粛々と進んでおります」

大臣の言にアルバリウスは返す。

「見せてみよ」

傍らの文官が大臣の顔色を伺う。大臣は暫し頭に指をあて、やがて頷く。文官の差し出した書面を、アルバリウスは見る。紙を幾度か捲り、声を荒げる。

「何なのだ、これは。始めの話の半分にも遠く及ばぬではないか」

大臣は頭を下げ、言う。

「帝国の財務を考えれば、これ以上の性急な出費は避けねばなりませぬ。先の戦には多大な金がかかっております。まずは兵や武器の支払いを済ませねばなりませぬし、武功の有った者には報いねばなりませぬ。しかし守りの戦であった故、我らは領土を得た訳でも戦利品があった訳でもなく、ただこれまでの貯えを切り崩して支払いに充てておるのです」

アルバリウスは暫し目を閉じた後、言う。

「大臣。そなたの忠義と才覚は疑っておらぬ。なればこそ、この有様では得心がいかぬ。今一度、もっと手を尽くしてもらいたい。今この時にも民は飢えておるのだぞ」

大臣は頭を下げ、「はい」と答える。

「では運河の大公とハンの争いはどうなっておる」

アルバリウスの言に大臣は返す。

「睨み合いや小競り合いばかりで、大きな動きはございませぬ」

アルバリウスは頭を抱え、言う。

「やはり大公は引き揚げぬのだな」

「はい」

「全く、大公は何を考えているのだ。先の戦いでは森丘の国に兵を進めるだけ進めてまともに働きもせず、今度はそのまま居座り、それで所領を掠め取ろうなどと、不実にも程がある。大公がしていることは先の戦いで命を落とした者達への冒涜であろう」

「今暫くは様子見となりましょう」

「何を暢気なことを言っておる。兵を遣わして大公を捕らえ、帝都まで引きずってでも連れて来いと申したではないか」

アルバリウスの言に大臣は返す。

「陛下、どうか落ち着いてくださいますよう。今、大公を咎めるのは得策とは言えませぬ」

「大臣は大公の肩を持つのか」

「正しく、そこが問題なのです。大公を責めれば、皇帝は帝国の臣民ではなく、蛮族の肩を持つのかと、謗る者が出て参ります。今でさえ、和睦の後にも小競り合いが続いておることこそ、ハンの者共が信ずるに足らぬ野蛮人たる証であり、禍の元凶たるハンゾこそを討つべしと息巻いている者達が少なくないのです」

アルバリウスは頭を抱える。

「大臣は我を嘘吐きにするつもりか。我は森丘の国を竜王ハンゾに任せるという条件で戦を収めたのだ。その森丘の国が大公によって切り取られておるのでは、我はハンゾを騙したことになる。ハンゾとその民を怒らせればどうなるのか、よもや戦場に来ていないから分からぬなどと申すのではあるまいな」

少し間を開けて大臣は答える。

「陛下と竜王の言い分は尤もです。しかし一方、大公の言い分はこうです。帝国の為、外敵に奪われる土地を少しでも減らすべく務めを果たしておると。詭弁とも言えますが、一理あるとも言えます。現に、運河の国は帝都に今年の税を収めておりますが、森丘の国は収めておりませぬ。今は戦が終わったばかりで無理だなどと申すのでしょうが、この先も果たしてどうかは分かりませぬ」

「ならば大臣、この事態をどう収めるつもりか、申してみよ」

「大公の肩を持てば、竜王が怒る。これは陛下の仰る通りでしょう。しかし竜王の肩を持てば、古くからの臣民が怒る。これもまた避けられませぬ。故にここは、見て見ぬ振りが上策かと」

「馬鹿な。何もせぬと言うのか」

「はい。元々の国境までハンの者どもが攻め入るようなことがあれば、その時分に介入して事を収めればよろしいかと」

「ではもし仮に、大公の方が勝てば何とする」

「大公にそこまでのことが出来るとも思えませぬが、帝国からハンを追い出せると言うならば、寧ろ我らにとって都合がよろしいかと」

アルバリウスは玉座を叩きつけ、叫ぶ。

「ふざけるな」


「陛下は酷く怒っておられましたな、大臣殿」

廊下に出た大臣に参謀が声をかけた。

「盗み聞きか、参謀」

大臣は歩みを止めずに答えた。参謀は小さく笑う。

「たまたま通りがかっただけです。それに陛下のお声は廊下に響いておりました。立ち聞きなど、するまでもない。それにしても大臣殿も大変なご様子。陛下が無理難題を言っておられるのでしょう」

「声を荒げるのは、民を想うが故であろう」

「ええ、そうなのでしょう」

「陛下は聡明で、政の才覚もお持ちだ。戦が終わり、野盗となるやもしれぬ者共を使って畑仕事をさせ、行軍で疲弊した辺境の街を再興する。策の筋は通っている」

「ええ、そうなのでしょう。ところで、わたしも陛下から弩の調達と配備を仰せつかっております。蛮族が再び猛威を振るう日に備えるため、或いは先の戦いで失った戦力を補うため、練兵の手間が掛からぬ弩に目を付けるとは。これまた、考えの筋としてはよろしいかと。更には、学術院の者を使って新しい武具の開発を進めているとも聞きます。先を見越した備えもまた、大変結構なことです。しかし、どれも金がかかる。殊に軍備と開墾を一度に進めるとなれば、武具と農具で鉄の取り合いにもなります。ますます鉄の値も上がり、金策はさらに厳しくなる。良策の積み重ねが時として愚策になるとは、皮肉なものです。わたしも若い時分には、そのような事にまで考えが及びませんでした」

参謀の言に大臣は立ち止まり、言う。

「参謀。わたしがそんな話に頷くとでも思っておるのか。貴君の陛下への不敬を咎める程に暇ではないが、巻き込まないで戴きたい」

「不敬だなどと、滅相もない。わたしが話しているのは、あくまで政の一般論です。そしてこれもまた、一般論に基づく仮定の話ですが、もし陛下が政に関心をお持ちでなかったとしたら。或いは我らの如き臣下に政を一任される方であったとしたら。蛮族が闊歩する、この国難とも言える状況において、寧ろその方が、政は円滑に進むのではないか。そのように考えてみたりもするのです」

大臣は参謀を一瞥した後、何も言わずに去った。


「概ね、大臣閣下の仰る通りでございましょう。今年の予算は使い切り、来年の収支も見通しが明るいとは言えませぬ」

商人の言にアルバリウスは顔に手を当て、言う。

「そうか。手間をかけたな」

商人は頭を下げ、言う。

「わたくしどもの手間など大したことではございませぬ。しかし陛下、このようなことをして、よろしかったのでございましょうか。わたくしの如き商人に帝国の帳簿を改めさせたなどと知れば、大臣閣下も面白くないのではございませぬか」

「構わぬ。そもそも民より先に大臣の顔色を思い浮かべるようでは、真っ当な政などできまい」

商人は更に頭を下げる。学師が口を開く。

「恐れながら、商人殿は陛下の身を案じているのではありません。大臣閣下の怒りの矛先が己に向かう懸念を申し上げているのです」

アルバリウスは静かに頷く。

「先生の言う通りなのであろう。だが商人、そなたは金の為に動くのが己の本分であると、はっきりと申した。ならば此度の手間と未来の危うさの対価に何を求めておるか、申してみよ」

アルバリウスの言に、商人は頭を下げたまま、返す。

「何時もながら陛下の聡明さには敬服いたします。さて、率直に言って帝国には金がない、と言う話でございましたが、その金はどこへ行ったのでございましょうか。金は霧のように消える物ではございませぬ。帝国が金を使ったのであれば、その金は誰かが持っておるのでございます」

「それは商人であろう。無論、兵にも金を払っておるが、その兵もそなたらの用意した糧食の為に金を使った筈であろう」

商人は頷く。

「故に、商人が金を使うように仕向けるのが上策かと存じます。そして商人が金を使うのは、先の儲けが見込まれるときでございます。例えば、開墾に投資した商人は、その土地の権利を得ることが出来る、などと言ったことでございます」

アルバリウスは暫し考え、言う。

「悪い話ではないように思えるが、先生の意見を聞かせて欲しい」

学師も暫し考え、言う。

「わたしは政には直接関知いたしません。申し上げるのはあくまで理の話です。まず、金がない、と言っても国家と商人では事情が異なります。何故なら国家には権威があるからです。故に金がない国家に商人が望むものとは権威であり、それを商人に切り売りすると言うことは、国家と商人を隔てる壁が薄まると言うことです。そして投資した者が見返りを得るという仕組みは、投資を行う元手、即ち金を持つ者ほど有利であると言うことです。故にこれは富める者と貧しき者を隔てる策となり得るでしょう。そして、これらの代償と、民の飢えとを天秤にかけるのが政です。ここから先は、わたしの領分ではありません」

アルバリウスは頷く。

「なるほど。では他にも何か、天秤に乗せられる物はあるだろうか」

「帝都の民に更に税を課すこともできます」

学師の言に、アルバリウスは返す。

「大臣が言っておった。戦の前にも税を課しておる故、これ以上は反発が大きいであろう、と」

「或いは民に労役を課すこともできましょう」

学師の言に、アルバリウスは返す。

「飢えた民に只働きさせるのでは話が可笑しい。それに元は戦が終わって行き場のない傭兵達に職を与えるという話でもあったのだ。前提が変わってしまう」

「竜王ハンゾからの借財も考えられます」

学師の言に、アルバリウスは返す。

「それが出来れば話は早いが、姉上の望む物を我らが差し出せるかが問題であろう。只でさえ、大公の件があると言うのに」

「或いは臣下の領地を召し上げることも財源にはなります。特に、先の戦いで処刑された将軍の所領でしたら」

学師の言をアルバリウスは遮る。

「そのような話は止めよ。如何に理屈の上の話とはいえ、如何に表向きは逆臣として処刑されたとはいえ、我と帝国に命を捧げた将軍とその身内に対し、不実な物言いは許さぬ」

学師と商人は頭を下げた。


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