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偽書『愚帝と僭王、畜生と議長』  作者: 宿木マコト
帝国の内なる厄災
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書庫

 ハンゾは、わたしを商人から買ったのだという。驚くことにその頃、ハンゾは既に帝国の言葉を理解していた。『何故帝国の言葉が分かるのか』と、わたしが問うと、ハンゾは『奴隷と商人から教わった。まだ難しい言葉や言い回しは分からぬ』と答えた。続けて『文字も彼らが教えたのか』と問うと、ハンゾは意味深げな笑みを浮かべ、『見せたいものがある』と言う。連れられた先には大きな幕舎があった。それには車輪がついており、百頭もの牛に曳かせて動かすのだという。その荘厳な外見にも驚いたが、わたしは中へと入り、更に驚いた。幕舎の中は書物で埋め尽くされていた。数で言えば学術院の書庫には及ばないが、そこにはあらゆる国々の文字があり、見たこともない書物で溢れていた。ハンゾは言った。『近頃は西の国の書物が多く手に入ったのでな。実は、ここを任せられる者を探している。馬鹿では当然務まるまいが、そもそも書物が好きな者でなくてはな』と。それはつまり、これらの書物もわたしと同じように掠奪によって集められたということなのであろうが、そんなことはどうでもよかった。わたしの中で書物への愛着と知識への渇望が鮮やかに蘇り、胸が高鳴った。


 ハンゾにはシウという幼い妹がいて、わたしは時折、その遊び相手を務めた。わたしはシウの為、掌から少し溢れるぐらいの小さな機械を作った。それは書物に書かれていた古の機械で、良い玩具になると思ったのだ。わたしが期待した通り、シウは機械で小石を飛ばす度、無邪気に笑った。暫くしてシウが飽き始めた頃、ハンゾが現れた。そして言った。『これを大きく作ることはできるのか』と。その言葉を聞き、わたしは見上げる程の大きな機械が躍動する様を思い浮かべて高揚し、『はい』と答えた。それが何に使われるのか、考えれば直ぐに分かることであったのに、わたしの心は都合よく盲目を装っていた。

 数日の後、ハンゾが幾人か兵を連れてきた。『この者達と力を合わせ、機械を作れ』などと言う。始めは力仕事の手伝いに人を寄こしたのかと思ったが、そうではなかった。大工道具の扱いに長けた者。手先の器用な者。木や鉄の扱いに秀でた者。皆それぞれに才能と学があった。彼らはわたしの話をよく聞き、わたしもまた彼らの話を聞いた。時には夜を徹して語り合った。知識を得る喜びを分かち合える仲間と出会えて、わたしは嬉しかったのだ。それは時に、わたしが嘗て過ごした学術院での日々を思い起こさせた。


 水では消せぬ炎。この意味の言葉が、各地の書物の中で繰り返し現れる。どうやら古には秘伝の油か薬があり、それに火を着けると水では消せないということらしい。しかし、どうすればその様な物が作れるのか、どの書物にも記されていない。この話にはわたし以上にハンゾが興味を持ち、『何としてでも作って見せろ』と言う。そして各地を征服する度に珍しい薬や鉱石をわたしの所に持って来た。わたしは仲間と共に毎日のようにそれらの配合を試し、火を着けて燃やした。研究に行き詰まると、『そろそろ竜王が新しい薬を手に入れているのではないか』などとよく冗談を言ったものだ。何時しか、わたしはハンゾの戦利品を心待ちにするようになっていた。

或る日、ハンゾが様子を見に来た。試作した薬に火を着けると、暫く燃えた後、思いがけず勢いよく爆ぜた。破片が飛び、離れて見ていたハンゾの顔に当たり、血が流れた。皆が一斉にハンゾの元へ駆け寄った。竜王の顔に傷を負わせるなどとは。わたしは自分の顔から血の気が引くのが分かった。だがハンゾは笑っていた。『これは凄い。使えそうだな』ハンゾは言った。わたしは暫く唖然としていたが、我に返り『血が出ている故、どうか手当を』と言った。その言葉を聞いても、ハンゾはずっと笑っていた。


-- 或る学師の手記



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