誅殺
『蛮族は出ていけ。さもなくば誅殺する』
首に掛けられた板には、そう書かれていた。躯は槍に貫かれ、木に吊るされている。遠巻きに群衆はざわめく。
「さっさと下ろせ。野次馬どもを追い払え」
将兵が叫ぶ。傍らの兵達が躰を抱え、躯から槍を外す。
「丁重に扱え。らしくないな。何を焦っている」
青年の声に将兵は振り返り、「若様」と答える。
「聞いたことがあります。奴らは一人殺されれば、十人見せしめに殺すと。さらにその躯の前でその妻と娘を犯すのだと。此度のような殺され方、これが竜王の目に入りでもしたら、幾人が嬲られることか」
「それは先の竜王オルテムの話であろう。お前の言うことも分からんではないが、もう手遅れだ」
青年が目を向けた先にはハンの兵が並ぶ。兵が立ち止まると隊列は開き、その間隙をハンゾが進む。ハンゾは外套を外して躯に掛け、膝をついて何かを唱える。
「歌の様ですが。これは、呪いか儀式の類でしょうか」
将兵の小声に、青年は顔を前に向けたまま、答える。
「分からんな。だが、まるで絵画の一幕だ。見ろ。森丘の民まで奴らの真似をして手を合わせている。ハンの民と森丘の民、その対立を煽ることが賊の狙いであろうが、これでは形無しだ。役者が違う、と言ったところか。叔父上などでは歯が立たぬ訳だ」
「竜王が事を荒立てぬと言うのであれば、我らと民は命拾いですが」
「そう甘くもない。落とし前は必要だ」
ハンの兵が青年に歩み寄り、言う。
「王都守備長イヴァン。皇帝は言った。森丘の王族は生かして役立てよ、と。即ち、お前がこの王都の守りの務めを全うするならば、皇帝の顔も立つ。民も救われる。竜王もまた、この件の速やかな解決を望んでいる。これはお前の為でもある」
帝国の言葉だが、流暢ではなかった。イヴァンと老兵は頭を下げる。ハンゾと兵の一団が去る。
「ハンゾめ。イザリヤ様を人質に取っておるからといって、我らを良い様に使いおって」
将兵の言にイヴァンは返す。
「人質ではない。将として取り立てて戴いているのだ」
「これは失礼を」
将兵が頭を下げると、イヴァンは顔を変えず「ふん」と小さく笑う。
「真面目に謝るな。誰も妹に将が務まるなどとは思っておらぬ。要は人質、その通りだ。だが、ハンゾに仕えることは悪い話ばかりではない。この先、もしハンゾが帝国全土を手中に収めるようになれば、或いは、な。いずれにしても目下の所は竜王の命に従うよりない。皇帝の為。民の為。竜王の為。我らの為。癪だが、その通りだ」
「しかし賊と言っても、どこから手を付けたらよいものか。正直申し上げて、竜王やハンの民を快く思っていない者など、幾らでもおるのでは」
「そう。幾らでもいる。故に片っ端から捕らえれば良い。竜王やハンに文句を言っている輩を、此度の件に関りがあろうがなかろうが、な。簡単であろう」
「それは、その様に苛烈に進めて良いのですか」
「構わん。寧ろ我らは試されているのだ。手緩い真似は出来ぬと心得よ。捕らえた者は締め上げ、仲間や同調した者の名を吐かせろ」
「承知いたしました。では早速、そのように」
イヴァンは頷き、将兵は一礼して去った。
数日して、守備隊は城外の廃墟を取り囲んでいた。槌で戸口を破り、兵が押し入る。虚を突かれた賊が次々と捕らわれる。一人の賊が短剣を構える。兵が後退る。
「やめておけ」
将兵は賊に言い、剣を抜き、歩み出た。賊の後ろで大きな物音がする。逃げようとしたもう一人の賊が、躓いていた。兵達の視線が物音を向いた刹那、賊の短剣が将兵に向かう。将兵は上体を軽く捩ってこれをかわし、放るように剣を突き出す。
「指。俺の親指が。何処に落ちた。無い」
賊は手から血を流し、喚いた。傍らの兵がその賊を押さえ、縄を掛ける。将兵はもう一人の賊が逃げた奥の部屋へと進む。多くの物音の後、将兵の「待て」という声が響いた。イヴァンは奥の部屋に駆け込み、言う。
「どうした。まさか、斬られたのか」
「イヴァン様、申し訳ありません。一匹、取り逃がしてしまいました」
将兵は脇を押さえ、言った。イヴァンは剣を収め、言う。
「傷は浅いようだが、らしくないな。何があった」
「賊の手が見えたのです。あれは、三つ指者でした」
「先の戦いでハンゾに捕らえられ、指を切られた連中、か。なるほど、奴らを斬るのは気が咎めるか」
「決してそのようなことは。いえ、申し訳ありませぬ。その通りでございました。奴らも元は王家と民を守る為、兵となった者達。それが、斬り合う機会もなく敵の俘虜となり、指を切られるなど。その無念と屈辱は如何ばかりであったかと、思わず考えておりました。しかし斯様な失態の言い訳にはなりませぬ。如何なる処罰もお受けいたします」
イヴァンは笑う。
「馬鹿だな。何を罰すると言うのだ。賊は全て捕らえた」
「しかし、竜王には何と申し開きをするのです」
「諄いぞ。全部捕らえたと報告すれば良いだけだ。賊共は逃げた仲間の話など、敢えてはせぬ。逃げた輩も王都には暫く寄り付かぬだろう」
イヴァンは部屋の入口に立つ兵を睨み、続ける。
「おい、お前。何を突っ立っている。分かっているのだろうな。我らが竜王の為に働くからこそ、民は生かされておるのだ。故に、我らがしくじれば、民がその咎を負うも同じ。故に、我らにしくじりなどない。これまでも、これからもだ。異論があれば言ってみろ」
「異論はございません、守備長」
兵を暫し見据えた後、イヴァンが叫ぶ。
「引き揚げるぞ」
「先日の一件、誅殺などと妄言を書いたのは、こやつらで間違いありませぬ。他にも竜王やハンの民に対する不敬を働いた者共、まとめて捕らえております。」
そう言ったイヴァンの眼前には十名程の賊が縛られ、跪いていた。賊は皆、血と泥で汚れている。ハンゾは言う。
「ご苦労だったな」
「お前が僭王ハンゾか。薄汚い蛮族の娼婦め」
賊の一人が叫ぶ。すぐさま傍らの兵が賊の顔を殴る。ハンゾは無言で賊の顔を見据えた後、背を向けて言う。
「生かしたまま城門に吊るしておけ」
「承知しました。飢えて死ぬまで吊るしておきましょう」
イヴァンの言にハンゾは静かに笑う。
「兵が捨て置くと思うのか。通り掛けに的とするであろう。皆、弓の扱いには長けておる故、急所を狙うことも、外すこともできる」
賊は藻掻き、笑い、喚く。
「お前らに俺は殺せない。覚えておけ。俺の名はヤサン。何度でもお前らを殺す。蛮族の蛆虫共。死ね。死ね」
ハンゾは賊に背を向けたまま、無言で立ち去る。
時が過ぎ、ヤサンと名乗った男には無数の矢が刺さっている。その躰は縄の捩れと風によって揺らめくのみとなった。そしてそれから、幾日も的とされ続けた。




