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偽書『愚帝と僭王、畜生と議長』  作者: 宿木マコト
大敗のアルバリウス
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乱心

「ひでえな。ここもハンに荒らされちまったのか」

山裾の街は、蹲る人々と倒れたまま動かない人影で溢れていた。友の呟きにクロードは返す。

「いや、建物の様子はこの前とあまり変わっていない。飢えだろうな」

「それはそれで不味いじゃねえか。こんな状況の街に大軍で居座って大丈夫なのか」

「大丈夫な訳がない。だが王都もあと半月すれば同じ状況になる。王都に留まるのが得策だった訳でもない」

騎兵が将軍に駆け寄る。

「将軍、殿下と本隊もつい先程、到着されております」

将軍は頷き、馬を走らせる。遅れてクロードと友も後を追う。


「殿下、何をされているのです」

将軍が叫ぶと同時に、アルバリウスは剣を振り下ろす。斬りつけられた眼前の馬は後ろ脚で立ち上がり、嘶く。アルバリウスは転ぶ。クロードは友から槍を奪い、投げる。槍は馬の頭を貫く。馬は地面に崩れ、何度か震えた。血と砂埃に塗れたアルバリウスに、クロードと友は駆け寄る。アルバリウスは起き上がりながらクロードを見て、言う。

「そなたのようには行かぬな」

「急に何してるんですか」

そう言って友はアルバリウスの服の埃を払う。アルバリウスは返す。

「見たであろう、民の窮状を。最早、悠長に馬車になど乗ってはおれぬ。我の馬など一頭おればよい。残りの馬は民の糧食とする」

クロードは溜息をつき、周りを見渡す。兵が何人か遠巻きに見ていたが、クロードに視線を向けられると目を逸らした。将軍は言う。

「畏れ多くて殿下の馬など斬れぬだとか、兵は申したのでございましょうな。それで殿下は自ら剣を振るわれたと。殿下の心意気そのものは名君のそれでございますが、事情も知らず遠巻きに見た者は、殿下が乱心されたと勘違いするかもしれませぬ。どうか今後はご自重ください」

アルバリウスは言う。

「我の思慮が足らなかった。すまぬ。だがもうこの馬は殺してしまった。捌いて民に振舞う段取りは頼めるだろうか」

「ご命令とあらばやるのは構わんが、どうしたものかな。流民の数が多過ぎて全員には行き渡らない。良かれと思って施しても、喰えなかった奴らからは逆に恨まれるかもしれない」

クロードの言にアルバリウスは返す。

「それでも構わぬ。我は人気取りがしたくてやっているのではない」

クロードはしばし沈黙した後、言う。

「清廉な名君だと褒めてやりたいが、生憎、世の中はそんなに甘くない。誠実に努めれば民は分かってくれる筈だとか、思っているのだろう。そんなことは絶対にない。民は君主の善意になぞ、興味はない。自分にとって損か得か、それだけだ。民が名君と呼ぶのは、隣の奴が飯を貰った時じゃない。自分が貰った時だけだ。それもせいぜい、二、三日のこと。一度施しを受ければ、何故また貰えないのかと不平を漏らす。俺達下賤の者は、そういう哀れな生き物だ」

将軍と友は黙ってアルバリウスを見ている。アルバリウスは返す。

「ではそなたならば、この馬はどうするのだ」

クロードの顔は笑っていない。

「兵の飯にする。現実的だし、俺の腹も膨れる。下賤の者らしい発想だろう。ついでに言えば俺ならまだ残りの馬は殺さない。この先、もっと飢えるかもしれないからな」

アルバリウスはしばらくクロードの顔を見据えた後、口を開く。

「空腹の兵を使い、民に食を配るなど、虫の良過ぎる話であった。この馬は兵達に振舞って欲しい。そしてその後は我が恨まれることになっても構わぬ。この先の飢えも覚悟しよう。だからそこの二頭も殺し、それは民に配ってくれ。そなたならば畏れ多くて斬れぬなどとは言わぬであろう」

「承知した。覚悟あってのことであれば、これ以上は言わん」

クロードは二頭の馬の首を刎ねた。

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