嫌疑
「何か申し開くことはあるか」
将軍は黒く汚れた棒を商人の前に投げ捨てる。金属の音が鈍く響く。
「恐れながら、一体何を申し開くと言うのでございましょうか」
商人の言にアルバリウスは返す。
「そなたがハンと内通していると疑う者達がおる」
「なんと。それは全く思いも及ばぬことにございます。何故にそのような話になっておられるのでございますか」
将軍は「ふん」と笑う。
「とぼけるか。これはハンの機械に使われていたものだ。見覚えがあるであろう。刃がついておらぬというだけで、太さ、長さ、重さ、どれもお前が献上した鉄槍そのものだ」
商人は顎に手を置き、しばし俯く。そして顔を上げ、言う。
「なるほど、そういうことでございましたか。確かにわたくしは槍を売りました。装飾は一切不要、柄は全て鋼で造れ、長さと太さはこうせよなどと、随分と事細かに指図する、不思議な注文でございましたので、よく覚えております。そのような槍をどうするのかと尋ねると、その者は竜を殺せる槍が欲しい、などと言うのでございます。竜を殺すなどと、ハンの者であれば軽々しく口にすることはできませぬ。何故ならそれは竜王に仇なすということ。しかしその者は身なりも顔立ちも帝国の者ではございませんでした。ですからわたくしはハンに国を滅ぼされた者どもが復讐を企てておるか、或いはハンの王族に関わる者同士が諍いを起こしておるのだと思ったのでございます。いずれにしましてもハンの内輪揉めであれば、殊更に止める必要もございませぬから、わたくしは北の地の鍛冶屋を使って鉄槍を揃え、その者に納めました。その時の金払いが良かったもので、鍛冶屋は調子に乗って、その後も随分と鉄槍を作ったのでございますが、ご存じの通り、あの鉄槍は重過ぎて普通に使うには全くもって不便でございます。そうして売れずに残った鉄槍をわたくしがまた引き取り、陛下に献上した次第でございます。いやはや、その鉄槍の片割れがハンゾの所で投石機械になっておったとは、何とも因果なものでございます」
将軍は言う。
「その話、順序が逆ではないのか。わたしは『機械に使われていた』としか言っておらぬ。しかしお前は『投石機械』と言ったな。弩砲も破城槌も機械と呼べるであろうに。これは何に使われるか知っておったということになるではないか。つまり、お前は投石機械の金物を売った後、その金物の残りを使って槍を拵えた」
「恐れながら、先日の夕刻の投石騒ぎは王都にいた者ならば皆、知っておりましょう。あの騒ぎの後でハンの機械、と言われれば、自ずと投石機械のことであろうと誰しもが思い浮かべるでありましょう。それにそもそもでございますが、仮にわたくしが投石機械の一部になると知った上でハンに品を売ったのだとして、何故それが内通となるのでございましょうか」
「城攻めの機械は戦の趨勢を左右する重要なものだ。それに使われると知ってハンに品を売るとなれば、甚だしい利敵行為であろう。ハンと通じておると疑われても、致し方あるまい」
「なるほど、しかしそのようにハンとの商いを根拠に咎めると言われるのでございましたら、帝国の騎兵は概ね、下馬せねばならなくなりましょう。帝国の馬など、本を正せば殆どがハンから買い受けたものなのでございますよ」
「帝国の為にハンから馬を買うならば、それは良かろう。だが、此度そなたが売ったものはそこらの剣や弓とは、訳が違う」
「わたくしが売ったのはあくまで槍でございます。それも相手がハンの者だったかどうかも定かではございませぬ。帝国の民の身なりには見えなかった。それだけでございます」
アルバリウスが口を開く。
「もうよい」
少しの沈黙の後、続ける。
「商人、我が問いに答えてくれ。そなたは誰よりも早く、森丘の国にハンが攻めてきたと知らせてくれた。何故そのようなことができたのか、今一度聞かせてほしい」
「その件でございましたら、以前にも申し上げました通り、知らせを受けたのでございます。それはハンが攻めてきたという知らせではなく、品の流れやら相場の動きやらが怪しいという話でございました。大きな戦の前には、そのようなことがよく起こるものでございます。しかし、わたくしのことでございますから、きっとあの時は街に敵が押し寄せているだの、竜が出ただの、申し上げてしまったのでございましょうな。話が早くなるようにと、ついつい大袈裟に話してしまうのはわたくしども商人の性とでも申しますか、悪い癖でございます。仔細の誤りにつきましては、どうか何卒、ご容赦くださいませ」
商人の言に将軍は呟く。
「ますます怪しいものだ」
アルバリウスは言う。
「では商人、もう一つ聞かせてほしい。そなたは帝国の為と金の為、選ばねばならぬとなれば、どちらを選ぶのか」
商人は静かに笑みを浮かべ、頭を下げる。
「殿下がそう問われるのであれば帝国の為と答えるより他、ございますまい。しかしそれをお分かりになった上で、敢えて問われたというのでございましたら、建前ではなく、本音でお答えいたしましょう。不謹慎ではございますが、帝国のない世で商う己は想像できても、商いのない世で帝国に尽くす己は、想像出来兼ねるのでございます。故にわたくしの場合、どちらかと言われるのであれば、金の方を選ばねばならぬかと存じます」
アルバリウスは小さく笑う。
「大臣が言っていた。商人は金の為に動く限り信頼に足る、と。些か、商人には礼を欠いた言い草かもしれぬが、何故か今はしっくりくる言葉に思える。商人、この先、帝国の金払いに不服があればすぐ我に伝えよ。これからも金の為に尽くすがよい。我はそなたを信じよう」
商人は深く頭を下げる。
「おお、殿下は何と聡明であらせられることか。すっかり感服いたしました。殿下がこの先もご健勝であられるならば、わたくしの如き不埒な者でも儲けを忘れて帝国に尽くす日が訪れるのかもしれませぬ」
将軍は「ふん」と笑い、言う。
「変な媚を売るな。全く。真にそうなれば、信頼に足らぬ商人となるではないか」




