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偽書『愚帝と僭王、畜生と議長』  作者: 宿木マコト
大敗のアルバリウス
20/74

夜戦

「笑えないな」

クロードは呟く。夕暮れ時、王都に雷鳴のような音が響いた。クロードと友は崩れかけの城壁の上から王都の外を眺める。友は遠くを指差し、言う。

「あいつらの投石機械、本当に遠くからでも届くんだな。あの森の向こうからだぞ。全く、こんな時間に仕掛けてくるなんて、頭おかしいだろ」

「攻めに行ったら着く頃には真っ暗だな。どうせ王都の半分はもう瓦礫だ。夜戦の危うさを考えれば夜明けまで辛抱する手もある」

「いやいや、放っておいたら、俺達は一晩中、岩が落ちてくる音を聞きながら寝ることになるだろ。それはないわ」

「それが狙いだろうな。挑発、嫌がらせ、そんなところか」

「しかし、どうすんだ、これ」

「攻めと辛抱、どちらを選んでも碌でもない。だが将軍は選んだようだな」

太鼓が鳴り響く。城壁の外に帝国の兵が次々と集まり、隊列が形を成す。

「俺達も行くぞ」

歩き出したクロードを友は追う。

「行くって、攻めに行く気か。殿下の所に戻るんじゃないのかよ」

「弓矢ならまだしも、相手が岩ではな。横にいたところで護ってやれる訳でもない」

「だからって攻めに加わるなんて、お前、変なとこ真面目だよな」


 幾つもの歩兵の隊列が森へ差し掛かり、方陣は解けていく。日は沈み、辺りはまだ微かな明るさを残していたが、森の中は暗く、既に見渡せなくなっていた。兵は散らばり、松明を手に木々の間へと分け入る。

「しまった。松明は持ってこなかったな」

「無い方がいい時もある」

友の言にクロードは返し、森の奥へと進む。


 帝国の軍勢が森に入り、地平の仄かな明るさも失われた頃、兵達は口々に叫んでいだ。

「弓兵がいるぞ」

「松明の明かりが狙い撃ちにされている。火を消せ」

「怯むな。明かりを消すな。突撃しろ」

悲鳴、鎧が擦れる音、雄叫び。無数の音が入り混じる。大きな叫びが聞こえた。

「竜だ」

前から走ってきた帝国兵がクロードの友の肩に当たり、そのまま通り過ぎて逃げる。辺りに異様な絶叫が響く。その音が収まると、低く、獣が喉を鳴らす音が聞こえた。クロードとその友が身をかわしたすぐ横を、獣の影が掠める。目の前の暗闇から兵の叫びと、何かを叩くような音がする。やがてその獣の気配は去り、遠くで兵が悲鳴を上げる。また別の場所から獣の呻きが聞こえた。

「一匹じゃないな。それに」

クロードが斧を振り上げ、甲高い音が響く。折れた剣を持つ兵が立っていた。クロードは兵の首を掴み、体を持ち上げて地面に叩きつける。折れた剣を奪い、倒れた兵の首に刺す。地面に転がる松明が兵の死体を照らすと、それは帝国の鎧を着ていた。

「おい、そいつ味方じゃないのかよ」

友の言にクロードは返す。

「よく見ろ。顔つきが違う。持っている弓もハンのものだ。奴ら、帝国兵の格好をして俺達を混乱させるつもりだ。まずいな。只でさえ、竜から逃げた奴らは後続の兵と正面から向かい合うことになる。互いの顔も分からない状態でな。おまけにこいつらだ」

「まさか、味方同士の殺し合いになっちまうのか」

「恐らくな。だが分かったところで、どうしようもない。せいぜい俺達にできるのは引き返さないことぐらいだ。後ろの混乱に巻き込まれないようにな」

クロードと友の後背では、人と獣の呻きが混ざり合う。友は言う。

「じゃあ前に進むとして、あれの相手なんてできんのか」

目の前で兵が獣に喰われている。兵の手から落ちた松明が草むらに燃え移る。炎に照らされ、巨大な獣と、それに跨る騎手の輪郭が浮かぶ。獣の目が光り、クロードを向く。獣は跳躍し前脚を振り上げる。獣の爪を避けたクロードに、すかさず騎手は身を乗り出して斬り掛かる。クロードはそれをかわし、斧で斬り返す。騎手は身を捩り、それをかわす。ほとんど獣からは落ちているように見えたが、時を巻き戻したかのように獣の背中へ戻る。クロードの頬を細く血が伝う。友が獣に槍を突き立てるが、先端だけが浅く刺さり、槍は折れた。獣は傍らの兵に飛び掛かり、貪る。クロードと友が騎手の背中から襲い掛かると、獣は身を翻し、クロードと友は転ぶ。クロードらが追撃を受けることはなかったが、代わりにまた一人、傍らの兵が喰われた。応酬を繰り返し、辺りは餌食となった者達の悲鳴で溢れる。唐突に鋭い笛のような音が二度、辺りに響いた。獣の騎手も笛のような音を二度繰り返す。そして獣は身を翻し、闇に消えた。


「将軍」

将軍は腕組みをして、燃える大きな柱を眺めていた。クロードの友が声をかけると振り返り、言う。

「何だお前達、殿下を御守りしていたのではないのか」

クロードは返す。

「飛んでくる岩が相手ではな。元から絶たねば御守りも何もないだろう」

友は言う。

「しかし将軍は馬で奇襲されたのですね。これはあれですか。森に向かった歩兵は囮の捨て駒ということになるんですかね」

将軍は静かに笑う。

「結果はそうだな。だが奴らの布陣如何では、捨て駒は我ら、騎兵の方だったかもしれん」

将軍は地面を指差す。

「見ろ。あの地面の窪み。奴らの投石機械が置かれていた跡だ。そしてもう一つの機械は今、我らの目前で燃えている。これも途中までは解体した形跡がある。奴らもできれば持ち帰りたかったのであろうが、間に合わず燃やした。そして逃げ遅れた連中は我らに殺された」

「責めるつもりはない。だが大勢が竜に喰われ、暗闇の中で味方同士が殺し合った。犠牲が割に合ったのかは気になる」

クロードの言に将軍は返す。

「そうだな。今は割に合ってはおるまい。逃げ遅れた敵を少し、わざと逃がして斥候に後を追わせた。これで奴らの野営地が分かれば割に合うかもしれぬが、これも所詮は賭けだ」

将軍は静かに笑い、続ける。

「いつも思う。もっと増しな手はなかったものかと。だがそんなことを言って時を無駄にすればその分だけ事態は悪くなる。だから決断は急がねばならぬ。そしてわたしはいつも、面白くもない、泥臭い手を選ぶ。それが一番確実だからだ。ハンゾと言ったか。奴は、きっと違う。どこかで戦を楽しんでおる。そういう輩は好かぬ。生かしておいても禍にしかならぬ。刺し違えてでも、殺さねばなるまい」

投石機械は焼け落ち、金具が地面に当たって大きな音を立てた。

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