表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
偽書『愚帝と僭王、畜生と議長』  作者: 宿木マコト
大敗のアルバリウス
19/74

道化

 玉座に縛られた老人は血と汚物に塗れ、その頭には冠が載せられていた。冠は宝石を抜き取られ、歪んでいた。

「森丘の王よ。ここで何があったのです」

将軍の問いかけに老人は口を動かすが、言葉は出ない。クロードが老人の体を支え、友が縄を切る。クロードは言う。

「王都もこの哀れな老人と同じだ。抜き取られて何も残っていない」

アルバリウスは頭を抱える。

「他の王族の者達はどうしたのだ」

将軍が答える。

「この様子では攫われたか、殺されたかでしょうな」

王城を出ると、煙に霞む王都の街並みが見えた。城壁は至る所が崩れている。


「ハンの奴らは手当たり次第でございました。わたくしも、息子の形見だけは奴らにはくれてやるまいと、この剣を抱えていたところ、ハンの男を怒らせてしまい、斬りつけられてしまいました。最早これまでかと思ったそのとき、ハンの姫君が現れたのでございます。姫君は男の腕を掴み、何か言うと、男は去りました。そして何と、その姫君は帝国の言葉で、わたくしに語りかけて来たのでございます。男の非礼を詫び、お召し物の裾を割いて私の傷に巻いてくださいました。それから、わざわざ医者の所まで連れて行ってくださいました。診療所は既に怪我人で溢れておりましたが、あれは妹君だったのでしょうか、姫が連れていた年端もいかぬような娘御が、骨が飛び出た酷い怪我人でも躊躇うことなく手当てをし、医者を手伝ったのでございます。さらに姫も、人を出すと申し入れておりました。確かにハンの兵どもは粗暴でございましたが、あの姫君は、正しく、女神のようなお方でございました」

老人の話を聞き、クロードが問う。

「その剣、見せてもらっても良いか」

老人は剣を差し出す。クロードは剣を鞘から半分ほど抜く。刀身はすっかり錆びていた。クロードは老人に剣を返す。

「手間を取らせたな、ご老人」

クロードは老人に銅貨を渡し、その場を後にする。

「姫君って、まさかハンゾのことなのか」

友の言にクロードは返す。

「悪い冗談だと思っていたが、それよりさらに質が悪い。本心で慈悲の女神だと思っている奴らがいるのだからな」

「この分だと帝国の力攻めの所為で街が焼けたと思ってる奴ら、いるんじゃないのか」

「ありそうな話だ」


「殿下、これ以上は近づかぬ方が。危険でございます」

兵はアルバリウスを止める。アルバリウスの眼前の城壁は根元の地面を抉られ、代わりに木で支えが組まれている。木は半分程、焦げている。

「このようにして城壁を崩すのか」

アルバリウスの言に、将軍は笑う。

「木で支えを作りながら壁の下に穴を掘り、そしてその木を焼けば壁は一気に崩れます。城攻めの手としてはよく知られておりますが、これを内側からやるとは。小賢しい臆病者どもですな」

「笑い事ではあるまい。奴らに好き放題やられておるではないか。小賢しいなどという言葉では済まされぬ」

アルバリウスは身を翻し、立ち去ろうとする。将軍は咳払いをする。振り返ったアルバリウスに、将軍は言う。

「恐れながら、殿下にお願いがございます」

「何だ」

「ここは一つ、笑って戴けますかな」

「急に何を言い出すかと思えば。何も可笑しくはないぞ。何故笑わねばならん」

「今や殿下は王都を解放した英雄。勝者としての尊大なる態度を以って、敵の小細工など笑い飛ばして戴かねばなりますまい」

アルバリウスは溜息をつく。

「将軍ともあろうお方が、何を言っておる。ハンゾの慈悲とやらの所為で、通りは怪我人で溢れておったではないか。これを勝ったなどと言って、浮かれている場合ではない。寧ろ我らは負かされておるのであろう」

「では一つお尋ねしたい。殿下は戦に負けるとは、どのような事であるとお考えですかな」

「敵に兵や民を殺され、土地を奪われる。或いは国を滅ぼされる。ここも概ねそのような有様であろう」

「確かに、森丘の国はハンに敗れたのかもしれませぬな。しかしその理屈であれば帝国は敗れておりませぬな。帝国の兵は殆ど死んでおりませぬ。土地に関して言えばハンの奴らから王都を取り返しております。そして帝国は全く滅んでおりませぬ」

「それはそうかもしれぬが」

アルバリウスは言葉に詰まる。将軍は続ける。

「詰まらぬ小競り合いやら、賊の退治やら、色々見て参りましたが、戦の勝ち負けなどというものは、実に曖昧なものです。勝ったのは自分だと互いに譲らぬ領主らもおりましたし、根城を焼かれても、涼しい顔で悪事を繰り返す賊もおりました。結局、勝ったと思う者が多ければ勝ち、負けたと思う者が多ければ負け、突き詰めればその程度の話でしかありませぬ。しかし、この心持一つの話が、実に厄介なのです。負けると思えば兵は敵を余計に恐れ、押せば勝てるという所で逃げ出してしまう。或いはもっと悪辣に、不利と思えば味方を売って敵に寝返る者もおりましょう。つまり、皆が負けると思えば、それだけで真に負けてしまうのです。故に君主たる者、軽々しく自分は負けたなど口にしてはなりませぬ。負けたような顔をすることも、よろしくありませぬな。敵に対しても、味方に対してもです」

アルバリウスはしばし沈黙し、笑う。

「君主とは、飛んだ道化であるな」

将軍も笑った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ