水場
「こういうことか」
将軍は呟いた後、兵に向かって叫ぶ。
「全て片付けよ」
兵は鼻と口を覆う。陣の近くの小川には、夥しい死体が横たわっていた。
「夏場は人も馬も水を多く欲する。そして死体も早く腐る。理に適っておりますが、鬼畜の所業ですな」
将軍の言にアルバリウスは言葉を失う。
「いや、殿下にお見せするようなものではありませんでしたな。お前達、殿下を幕舎までお送りしろ」
アルバリウスは口を押さえ、言う。
「いや、このようなものこそ、我は目に焼き付けねばならぬのであろう」
「殊勝な心掛けだと褒めてやりたいが。死体運びは嫌な仕事だ。見ているだけの者が長居をしても良くは思われない」
クロードの言に、アルバリウスは身を乗り出し、声を荒げる。
「ならば我も死体運びをすればよいのであろう」
友は立ち塞がり、アルバリウスを止める。
「いやいやいや。流石にそれは」
クロードは言う。
「殿下は全く懲りておらぬようだ。殿下が死体運びをすると言えばどうなるか。まず我ら下賤の者は、殿下に運ばせても差しさわりのない、増しな死体を探すことになる。場合によっては運び終わった死体の中から探すのかもしれない。そしてこう言う、『恐れ入りますが殿下、こちらに手を貸しては戴けないでしょうか』。殿下には、綺麗な死人の顔を眺めながら感傷にでも浸って戴く。それであんたは下々の民の気持ちを分かった気になって、満足して帰る」
アルバリウスは顔を赤くし、拳を握り締める。
「そなたの言う通りなのかもしれぬ。だが、本当に腹が立つ」
声は震えていた。アルバリウスは身を翻し、足早に去る。クロードの友はその後を追う。将軍は腕を組み、黙ってクロードを見ている。
「言い過ぎたか」
クロードの問いに将軍は「ふん」と鼻で笑い、答える。
「よくもあんな口が利けるものだと感心しておった。だがお前の言うことの筋は通っておるし、何より、耳障りの悪い諫言は殿下自身が望まれたことだ。お前達を従者にしたというのは、そういうことであろう。ならばわたしが咎める筋合いなどない。言いたいことは申せばよい。だが、付け上がるなよ」
「心得ている」
クロードは死体の転がる川辺へ向かった。
一夜が明ける。
「何故死体が残っておる。このぐらい昨日の内に片付けてしまえばよかったであろうが」
将軍は声を荒げる。兵らは唖然としている。クロードが言う。
「ここは確かに昨日片づけた。これは俺達が片付けた後で捨てられたものだ」
将軍は歯軋りをする。
「櫓を建てて見張りを付けろ。斥候、辺りにハンの奴らが潜んでおる。探せ」
また一夜が明ける。
「ふざけた真似を。さっさと片付けろ」
将軍が睨みつける先には、身包みを剝がされた帝国兵の死体が転がる。櫓は焼け落ち、燻っている。
「お前はこれをどう見る」
将軍の問いにクロードは答える。
「食う物は何日か我慢できても、水なしでは数日と持たない。しかも夏場だ。俺達は水の確保を後回しにはできない。だが森丘の国そのものは、水に困るような土地ではない。解放されたこの国の兵に水場を案内させることもできる。だから、いくらハンの奴らでも、この先も俺達が水を手に入れられないようにするのは無理だ。とすれば、これは只の嫌がらせと時間稼ぎでしかない」
将軍は頷く。
「だが我らはその時間稼ぎにまんまと付き合わされておる。王都を攻めるとなれば、少なくとも梯子ぐらいは揃えねばならんが、水の確保に兵を割かれた所為で支度が遅れておる。この隙に、今頃奴らは王都の守りを固めているのであろうな」
その夜、水場にハンの兵は現れなかった。