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偽書『愚帝と僭王、畜生と議長』  作者: 宿木マコト
大敗のアルバリウス
16/74

虜囚

「お早いお目覚めでございますな、殿下」

将軍は上を向いて話す。アルバリウスは櫓の上にいる。

「いや将軍、そなたの言った通りであった。昨夜は一睡もできなかったぞ」

「それは何とも。しかし我らも今すぐに打って出ることはできませぬ。せめて今日はゆっくり休むのがよろしいのではないかと」

「とてもそんな悠長な心持にはなれぬ。全く。王都は目と鼻の先だというのに」

「無理は続きませぬぞ」

将軍は笑う。アルバリウスは櫓を降りて言う。

「ここからの首尾は何とする。両翼の軍はどうしているのだ」

「左軍も右軍も敵と戦っておると申しております。すぐにこちらに向かわせるのは難しいかと」

「ならば我らだけで王都を包囲するのか」

「確かに、本来ならば王都を完全に取り囲み、降伏を迫りたいところですが、もし外から敵が来れば、横に伸びて薄くなった我らの兵が挟み撃ちにされますからな。敵の数と居場所が分からぬうちは危ういかと。しかも此度は食料に余裕がございませぬ故、王都を取り囲んだところで、どちらが兵糧攻めにされておるのか分からぬことになります」

「敵の数と居場所、と言えば、クロードが捕らえた敵兵は口を割ったのか」

将軍は笑う。

「口を割るも何も、まだ話も通じておりませぬ。嘗て学術院で学んだという工兵がおったので、話をさせてはみたものの、相手が何を言っておるのか見当もつかぬと。本人もハンの者と実際に話したことはないと申しておったので、致し方ありますまいが、いやはや、何とも」

「先生がいてくれればよかったのだが。確か昔、ハンの土地で暮らしたことがあると言っておった」

「殿下の教師を務めておる、あの者ですな。学術院の世捨て人どもは、戦も政も、我関せずと徹底しておりますからな」

アルバリウスは笑う。

「世捨て人か。確かに出陣の前、武運を祈るとは言わぬ、そう申しておった」

「それは流石に学術院の者とは言え、なんと不遜な」

「いや、我や帝国に仇なすような事を言っていたのではない。武勲など要らぬから、無事で帰ってこい、と言うのだ」

将軍は笑う。

「そういうことでありましたか。しかしそれはそれで、何とも世捨て人らしからぬ物言い。その者、まるで母親のようなことを申すのですな」

「そう言えば先生から家族の話を聞いたことはなかったな」

アルバリウスは遠くを見る。そして唐突に「あっ」と声を上げる。

「いかがされましたか、殿下」

「商人がおるではないか」


「お前たちの軍勢の数と布陣を話せ」

アルバリウスの言を商人が虜囚に伝えると、虜囚は笑う。しばし商人と虜囚は話す。将軍は言う。

「何と言っておるのだ」

商人は笑う。

「未開の辺境人は言葉も知らぬのかと思ったなどと、軽口を叩いておりますよ。それと、金をやるからここから逃がせ、とも申しております。しかしこの者、わたくしを買収しようにも、そこのお二方の所為で今は一文無しの様でございますからな」

商人はそう言ってクロードらを見る。友は笑う。

「そりゃあ悪いことしたなあ。商人、可哀そうだし、返してやったらどうだ」

商人は笑う。

「お戯れを」

将軍が合図すると、クロードは虜囚に近づき、腕を蹴る。虜囚は悲鳴を上げる。将軍は言う。

「もう片方も折って欲しいか。さっさと真面目に答えよ」

虜囚は腕を押さえて呻く。将軍は舌打ちをする。そこに兵が走ってくる。

「殿下、捕虜となっていた王都の兵が解放され、こちらに向かっております」

アルバリウスは首を傾げる。

「また女神の慈悲とやらなのか。しかし流石に兵を解放するというのは、どうなのだ」

「それが、解放された兵は皆、手の指を切られておるのです。中には更に酷い有様の者もおります」

将軍は虜囚を蹴り、声を荒げる。

「奴ら、どこまでふざけておる」

アルバリウスは言う。

「商人、今の話をこの者にも伝えよ。お前はハンゾの慈悲をどう思うのだ」

商人の言に虜囚はしばし沈黙した後、何かを話す。

「自分には兵力も布陣も分からぬが、万人長がいたので二万はおるのではないかと。それよりお前達、水は足りておるのかと、こちらの心配をしておりますよ」

将軍は「ふん」と鼻で笑い、言う。

「急に口を割りおって、そんなに指が大事か。まあ馬上で弓を扱えぬとなれば、ハンの中ではとんだ生き恥なのであろうな」

アルバリウスは言う。

「我は脅しのつもりではなかった。ハンの者どもが何を考えておるのかと思ったのだが」

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