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偽書『愚帝と僭王、畜生と議長』  作者: 宿木マコト
大敗のアルバリウス
15/74

取引

 小高い丘の上に移ると、王都が見えた。将軍は言う。

「殿下、やはり王都は敵の手に落ちております。先遣隊が近づいても城門は開かず、矢を射かけられたとのことです」

アルバリウスは頭を抱える。

「王都に城攻めを仕掛けねばならんというのか」

将軍は答える。

「今は壁の向こうにどれほど敵がおるのかも分からぬのです。安易に攻めを仕掛けてよいのかも定かではありませぬ。しかし仮に、力ずくでも王都を取り返すというのであれば、城攻めの機械をここで組み立てるより他ありませぬな。工兵はおりますし、木は辺りの森から幾らでも集められましょう。しかしさすがに城攻めになるとは考えていなかった故、支度には時間がかかりますな」

「致し方あるまい」

アルバリウスの後ろで多くの兵らが荷を運び、櫓と幕舎を組み立てる。クロードと友もその中にいる。後方の隊列の方から、立ち上る煙が見えた。

「もう飯の支度してんのかよ。あいつら気が早えな」

友の言にクロードは返す。

「違う。奴らだ」

一つ、また一つと黒い煙が上がる。近衛兵が叫ぶ。

「円陣を組め。殿下を御守りしろ」

「殿下を任せるぞ」

将軍は馬上からクロードらにそう告げると、騎兵を集め、煙へと向かう。奇声とどよめきが次第にアルバリウスらに近づく。いつの間にか、辺りも薄っすら霞んでいた。一人の兵が叫び、倒れる。矢を受けていた。アルバリウスは煙の中からハンの騎兵が飛び出すのを見た。それと同時に、クロードの斧が馬の首を斬り飛ばす。馬から落ちて地面を転がる敵に詰め寄り、その心臓に剣を突き立てる。敵の弓矢を拾い、構えると、もう一騎へ放つ。頭を射抜かれた馬が崩れ、震える。クロードは倒れた敵の曲刀を奪う。アルバリウスは叫ぶ。

「生きたまま捕らえよ」

曲刀は喉元で止まった。クロードは刀を捨て、敵の腕を掴み、脚を絡める。鈍い音に続いて、腕を折られた男の叫びが響いた。


 夕暮れ時となったが、煙はまだ漂っている。将軍がアルバリウスの元へ戻った。

「奴らめ、ここまで来ておったとは。お怪我はございませぬか、殿下」

「ああ、怪我はない。そちらはどうであったか」

「偵察を兼ねた陽動か、或いは先程の逃亡兵を追ってきたのか。いずれにしましても奴ら、大した数は来ておりませぬ。少し荷を焼かれましたが、大事には至っておりませぬ。しかし荷を守るにも、火を消すにも、水を使ってしまいましたからな。どこかで水を確保せねばなりますまい」

「そうか。しかし戦場とは、何と言ったら良いのであろうか。我はまだ手が震えておる」

「無理もございませぬ。わたしも初めて戦場に立った日の夜、一睡もできなかったのを覚えております」

「二騎ともクロードが瞬く間に倒したのだ。その様が我の目に焼き付いておる。他の者は助太刀する暇もなかったのだぞ」

「ほう、あの者が一人で。して、そのクロードは何処に」

アルバリウスは笑う。

「ああ、殺した馬を商人に売ると言って、友と二人で荷車を曳いていったぞ」


「奴らやっぱり持ってたな」

「ああ」

「幾らになるんだろうな」

「ハンの字は読めんからな。商人の言い値だな」

「お前は夢がないな。戦利品と言えば一攫千金だろ」

クロードと友に気づいた商人が声をかける。

「これはお二方。それはもしや、先程の騒ぎを起こした敵の馬でございますか」

クロードは返す。

「商人、あんたも無事で何よりだ。貴重な食糧を持ってきた。高く買ってくれ」

「ええ、それは勿論でございます」

「本題はこっちだけどな」

そう言って友は紙束を見せる。

「おお、配分票ですか。見せて戴けますかな」

クロードらは樽を囲み、商人は配分票をめくりながら指を折る。

「これは驚きました。いったい何人倒されたのでございますか」

「二人だ」

「なるほど、兵にこれだけ与えられるからこそ、ハンゾはハンゾなのでございましょうな」

「それで、幾らになるんだよ」

「ハンの治める街へ行けば、馬五十頭程にはなりましょう」

「本当かよ。すげえ。もう適当な理由つけて帰ろうぜ。馬五十頭だぞ。御館様も喜ぶぞ」

友は燥ぐ。

「お待ちくださいませ。わたくしは『ハンの治める街へ行けば』と申し上げました。そして、ここはハンの治める街ではございませぬ。ですからこの紙束は、ここでは銅貨一枚の値打ちもないのでございますよ」

「いやいや、そんな馬鹿な。馬五十頭が何でそうなるんだよ」

「では先程の馬の死体、わたくしが対価を配分票でお支払いしたら、どう思われますかな」

「いや、それは、流石に困るが」

友は渋々認める。商人は続ける。

「実際ここからハンの治める街へ向かい、配分票を馬五十頭と引き換え、無事にここまで戻るというのは至難の業でございます。道中には険しい山も、賊の出る森も、迷えば生きて帰れぬ砂の海もあるのでございますよ。その労力と危うさの対価が、馬五十頭で済みますかな」

商人の言にクロードは返す。

「それでも、あんたはこの紙切れが欲しいはずだ。金に換える手筈を知っているのだからな。だからここでの値を付けることもできる。幾らだ」

商人は笑う。

「では馬一頭でいかがでございましょう。好きな馬を選んで戴いて構いませぬよ」

クロードは返す。

「二頭だ。二人いるんだから、二頭でいいだろ」

商人は更に笑い、頷く。

「いやはや、なかなかに商いの才覚を持っておられる。もし兵士をお辞めになることがあれば、商売を手伝って戴きたいものでございますよ」

「ところで聞くが、何故初めから馬二頭分の値打ちしかないと言わなかった。ハンの字が読めぬ俺達は嘘でも信じるより他ないのだぞ」

商人は配分票を一枚つまむ。

「考えてもみてくださいませ。只の紙切れでございますよ。それに値打ちがあるのは、この紙を作った竜王ハンゾが信用を得ておるからでございましょう。信用とは、金になるものなのでございます。現にお二方が品を売りに来たことも、わたくしをそれなりには信用してくださったからでございましょう。ですからわたくしも、知る限りの本当の値打ちをお伝えしたのでございます。真っ当に商いをしておれば、嘘をつかねばならぬ機会など、存外、多くはないものでございますよ。まあ、せいぜい、二度のうち一度程でございましょうか」

クロードは笑う。

「食えぬ奴だ」

商人と別れ、馬上で友がクロードに呟く。

「損したのか得したのか、よく分かんねえな」

「損はしてないだろ。馬も紙切れも、元々拾い物だ」


「なるほど、死んだ馬と生きた馬を変えてもらったという訳か。確かに肉を切って売るだけならば、死んだ馬の方が寧ろ手間も省けるということか。生きた馬の値打ちの方が高いものとばかり思っていたが、商いというのは実に面白いものであるのだな、将軍」

アルバリウスの言に、クロードと友は笑いを堪える。アルバリウスは首を傾げる。友は言う。

「殿下、仔細は中で話しますよ」


「お前達、本来ならば戦利品の着服は重罪であるのだぞ」

将軍の言にクロードの友が返す。

「着服はしてないだろ。こうして話した訳だし、なあ」

クロードは静かに笑う。

「さっき笑わなければ、着服できたな」

アルバリウスは手で顔を覆い、笑う。

「将軍もまあ、良いではないか。この者らはそれだけの働きをしたのだ。我が褒美を出せばどの道、同じことであろう。それにしても、すっかり感心しておったのに、感心して損をしたぞ」

友は言う。

「次に馬の死体が手に入ったら殿下の理屈が商人に通じるか、試してみますよ」

アルバリウスとクロードは更に笑う。将軍は言う。

「笑い事ではございませぬぞ、殿下。配分票を使うということは、奴らの掠奪を認めるということではありませぬか。安易に許しては帝国の威信が揺らぎますぞ」

「ならばいつもどうしている。奴らを殺せばこの紙切れを持っているのだろう」

クロードは配分票を机に置く。アルバリウスはそれを拾う。将軍は言う。

「見つけ次第、燃やしておる。当然であろう」

「勿体な」

そう言った友を将軍は睨む。アルバリウスは紙片を見つめ、呟く。

「我がこれを使い、直接ハンゾに分け前を要求したらどうなるのであろうな」

友は言う。

「普通に分け前をくれるんじゃないですかね。その紙切れには竜王の信用が掛かってるんでしょう」

クロードは言う。

「敵の癖に分け前をよこせ、とはな。俺がハンゾなら、そんなふざけた奴は殺す」

将軍は言う。

「その紙切れに価値を認めるならば、奴らの権威と支配を認めるということではありませぬか。金銀や馬と引き換えることができたとして、それは森丘の国を対価としておるのと同じにございますぞ」

アルバリウスはずっと紙片を見ている。

「対価か。取引とは、何なのであろうな」

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