城門
「どうした。なぜ止まる。敵か」
アルバリウスは馬車の窓から問う。隊列の前方から馬が駆けてくる。下馬した兵が言う。
「森丘の国の敗残兵がおりました」
将軍は返す。
「沢山おるのか」
「いいえ、一人です」
「領内の集落がハンに荒らされているとの知らせを受け、王は兵を送りました。しかし過去の掠奪とは敵の規模がまるで違うと分かったので、兵は引き返し、王は籠城を決めました。そして幾日か、籠城の支度で慌ただしくしていると、突然、雷のような音がしたのです。初めは皆、何事か分からずにおりましたが、それが敵の城攻めの始まりでした。ハンの奴らは何やら大きな機械で岩を投げているようなのですが、こちらが王都の城壁に据えた機械で岩や槍を飛ばしても、敵陣まで半分も届かぬのです。これは最早、こちらから打って出るしかないと皆で敵陣に向かいましたが、全く歯が立たず、敗れました。わたしも敵陣へ向かいましたが、必死で戦ううちに味方とはぐれ、こうしてここまで辿り着いた次第です」
森丘の兵の言に将軍は返す。
「敵は王都のどちら側に布陣しておるのだ」
「王都の東に布陣しておりました」
「するとお前は一人で王都の反対側まで来てしまったことになるな」
「それは、とにかく必死でしたので」
将軍は兵を睨む。
「お前、逃亡兵ではあるまいな」
皆しばし沈黙する。アルバリウスは言う。
「今正直に全ての顛末を話すのであれば罪は問わぬ。だが後になって、その言に偽りがあったと知れれば、我らを欺いた罪も加わる故、厳しく罰せねばならぬ」
兵は平伏する。
「恐れながら、王都の兵が敵陣に向かったのは真だと思うのですが、実際には見ておりません。わたしは西の城門の守りを任されておりました。味方の兵が敵陣に向かったらしいという話を聞いた後も、王都には昼も夜も絶え間なく岩が降り続いていたのです。皆、次は自分の頭の上に岩が落ちてくるのではと怯え、正気ではありませんでした。そして次第に、城門へ人々が集まってきたのです。誰かが『王都はもう終わりだ』と叫んでいました。その時、わたしはきっと敵陣に向かった味方が敗れたのだと思いました。どんどん人が押し寄せ、わたしは押し潰されそうになりました。すると誰かが閂を外し、城門が開きました。わたしは押し出されるようにして城外に出ました。そしてわたしも人々の流れに飲まれ、逃げるような形となってしまいました。そこにハンの騎兵が現れ、逃げ出した人々は次々に殺されていきました。そして、わたしはそこから、ただ、ただ、必死で」
話の途中から兵は泣いていた。将軍は顔を赤くして沈黙する。そして徐に兵に歩み寄り、蹴り飛ばす。
「外に開く城門など、聞いたこともないわ。城門は内開きで造るものだ。内側から民が押しかけた勢いで開く訳がない。下らぬ作り話で取り繕うのは、お前が民よりも先に逃げようとしたからであろう。城門を守備兵が自ら開けるとはな」
兵は地面に頭を擦り付け、喚く。
「わたしではございません。わたしが閂を外した訳では。決して、わたしでは」
将軍が合図し、森丘の兵は帝都の兵に引きずられて行く。将軍はアルバリウスを向く。
「これでは王都は既に落とされていてもおかしくない、ということになりますな」
アルバリウスは返す。
「あの者も哀れだ。だがもし、これ程までに早く王都が落ちるというならば、流民となった城外の民は一体何のために犠牲を払ったというのだ」