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偽書『愚帝と僭王、畜生と議長』  作者: 宿木マコト
大敗のアルバリウス
12/74

畜肉

「今日の夜はこの街か。国境の街、だったか。俺達の街に負けない田舎だが、随分と物乞いが多いな」

友の言にクロードは返す。

「只の物乞いじゃない。ハンから逃れてきた流民だろう」


「少し面倒な事になりました。どうやらこの街へ左軍が先に来たようなのです。街の食料も既に徴発されておりますので、どうしたものかと」

将軍の言にアルバリウスは返す。

「こんなところにまで、もうハンが来ているというのか」

「いえ、この街までハンが来たわけではありませぬ。ただ、近くの街は襲われたようで、それを左軍が追いかけているようなのです」

「しかしそれでは左軍がこの街まで徴発に来る理由にはなっておるまい。左軍の進軍と我らの進軍は交錯せぬ予定であろう」

「殿下のおっしゃる通りなのでございますが。斥候を出しております故、今暫く御辛抱を」

街の領主が言う。

「アルバリウス殿下、ご尊顔を奉り、真に光栄にございます。この街には幾日程の逗留をご予定されておりましょうか。粗末な所ではございますが、心ばかりの持て成しをさせて下さいませ」

「世話になる。だが事情は聞いておる故、無理をすることはない。斥候を待つ間のみ故、この街への逗留も長くはならぬであろう。将軍」

「はい。長くとも四日でございますな。それまでに戻らねば出立する旨、斥候にも伝えております」

「四日でございますか。承知仕りました」


「衛兵」

アルバリウスの呼びかけに近衛兵が答える。

「はい、殿下」

「領主に夕食の礼を伝えてくれ。見事な料理であった。しかし我は牛の肉を貰うためにこの街に立ち寄ったのではない。明日は質素なもので良いと。先に左軍が通ったのであれば街の蓄えも多くはないであろう」

「殿下のお言葉、確かに承りました」

近衛兵は部屋を出て、雑兵を呼ぶ。

「おい、そこの守備兵」

呼ばれたのはクロードとその友であった。

「殿下からのお言葉である。この街の領主へ伝えよ。夕食に肉は無くても良い故、倹約せよとのことだ」

「はい」

クロードは答え、友と二人で領主の部屋へ向かう。

「失礼する。殿下からのお言伝を預かってきた」

クロードの言に領主が答える。

「どうぞ、お入りを」

「殿下からのお言葉ですが」

クロードが切り出すと、友は割って入った。

「肉なんぞ要らねえってさ」

クロードは友の首を後ろから掴み、引く。

「失礼を。節約に努めよ、とのお達しです」

「左様でございましたか。承知いたしました」


 斥候は戻らぬまま、次の夜を迎えた。運ばれる食事を見た近衛兵が言う。

「おい使用人、止まれ。この料理、昨日と変わらぬではないか。そこの守備兵。お前達は殿下のお言葉を正しく伝えたのであろうな」

「俺達を疑うのかよ。ちゃんと伝えたっつうの」

クロードは友の首を後ろから掴み、引く。

「確かにお伝えした。領主殿は『承知しました』と」

近衛兵は頭を抱える。

「とにかく、領主を呼んで来い」

クロードと友が領主の部屋に着くと、扉が半分開いていた。中では領主が首を吊っていた。

「俺はここを調べる。お前は帝都の兵に伝えろ。おい、聞いてるのか」

クロードの言に友は黙って頷き、部屋を出る。


 暫くして、友がクロードの元に戻る。近衛兵、使用人、そしてアルバリウスもいた。

「争った跡も、荒らされている様子もない。領主殿が自ら命を絶ったものかと」

クロードは報告したが、沈黙が続く。使用人は顔を覆う。

「なぜだ」

アルバリウスが呟くと、使用人は言う。

「昨日、旦那様のご命令で牛を殺したのです。殿下は四日ほどのご滞在故、牛一頭使えば何とかお持て成しできるであろうと。しかし今日になって旦那様が突然、牛の他に何かないのかと。野菜屑と臭いのついた小麦しか残っていないとお答えしましたら、溜息をつかれて、昨日と同じで良い、と」

「質素にせよなどと言われても、他に出すものなど無かったと。そういうことか。しかし、それだけで死なずとも良いではないか。せめて我に一言、何か申してくれれば良かったではないか」

アルバリウスは頭を抱える。クロードは領主の躯を下ろし、傍らにあった布を掛け、言う。

「殿下は行軍とは何であるか、ご存じではないようだ」

近衛兵は「おい」と身を乗り出すが、アルバリウスが手をかざしてそれを止める。

「言いたいことがあれば申してみよ」

「こんな風に考えたことはないか。あんたらは歩く厄災だ。力なき民は嵐が通り過ぎるのを震えながら待っている。実際、あんたの連れている兵はこの街でも民の家を荒らしている。徴発と称して、こんな貧乏な街ですら、だ。故にこの領主も何か言ったところであんたらが聞き入れるなどとは思わなかった」

近衛兵は兜を床に叩きつける。

「無礼にも程がある。そもそも兵の悪事を見ていたならば、お前が止めればよかったではないか」

「味方を斬っても良いならば、そうするが」

近衛兵は歯軋りをしてクロードを睨む。アルバリウスは言う。

「厄災か。そのように考えたことなどなかった。我らは敵と戦う前から臣民を苦しめ、死なせているというのか」

アルバリウスはしばし俯く。

「だが今ここで引き返す訳にはいかぬ」

顔を上げてクロードとその友を向いた。

「これもそなたらには厄災の類であろうが。この行軍の間、我の従者を務めよ」

翌朝に斥候は戻り、軍勢は街を後にする。アルバリウスが馬車の窓から街を振り返ると、一筋の煙が見えた。


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