序文
百万の兵を率いて五千の敵に敗れた『愚帝』アルバリウス。
竜と騎馬を率いて愚帝を破った『僭王』ハンゾ。
裏切り者にして共和国最大の敵、『畜生』クロード。
帝国を打倒し、共和国を誕生させた革命の英雄、『議長』ヤサン。
原著『愚帝と僭王、畜生と議長』は、共和国政府の解体後に学術院で編纂されたものであり、中世から近代に至る出来事を歴史小説の体裁で綴ったものである。アルバリウス自身が著作に関わったという説もあるが、定説となるには至っていない。共和国時代の文明刷新運動により、中世以前の文書はその多くが焼失したため、原著は中世の帝国の様子が垣間見える貴重な資料と見做されている。一方で盛んに研究の対象とされたこともあって、記述の信憑性に関しては議論となっている箇所も多い。
議論の顕著な例として、文中に現れる『竜』の解釈が挙げられる。竜の原義は獣や悪魔、あるいは神秘的な存在を指し示す語でもあるとして、空想上の生物を脚色として登場させたとする説がある一方、象や駱駝など、当時の帝国市民にとって物珍しい動物を竜と呼称したとする説、あるいは単に希少な馬の品種を表しているに過ぎないという説もある。しかし民間の伝承などから、少なくとも馬よりは大型の、肉食または雑食性の動物であろうという解釈が一般的であり、本書の訳もこれに倣った。