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脱退届

「ちょっとダーシャさん! 大変ですよ!」

 他の冒険者と会話中だったダーシャの所に、リリが慌てた様子で割り込んで来る。

「ん? どうした」

「ウォリーさんとハナさんが何か怪しいんですよ!」

「と……言うと?」

「さっき見てしまったんです! ハナさんがウォリーさんに声をかけて、2人して店の外へ出ていくのを‼」

 言われてダーシャが店内を見渡すと、確かに2人の姿は無い。

「何か……内密な話でもあるんじゃないか?」

「あーもう! 分かってないですね! これはアレに決まってるじゃないですか!」

「アレ……とは?」

 ダーシャはきょとんとしてリリを見つめる。

「告白ですよ告白! ハナさんはウォリーさんに愛の告白をしようとしてるんですよ!」

 そこまで言われてダーシャはっとして顔を赤くする。

「そ、そ、そんな訳ないだろう! リリは考えすぎだ!」

「いいですか、ウォリーさんはマロンさんの恩人なんですよ? そりゃあ惚れたって不思議じゃないでしょう!」

「そ、そうだったとしても、2人の問題だしそっとしておいた方が……」

 リリは大きくため息を吐き首を振った。

「じゃあ、ダーシャさんはウォリーさんを取られてしまってもいいんですね?」

 その言葉にダーシャの顔が一層赤くなる。

「お、おい! 別に私はそういうのじゃ……」

「ふーん、そうですか。じゃあ2人の事は放っておいていいんですね? あぁ……こうしている間にもウォリーさんとハナさんは……」

「うぅ~」

 ダーシャは少しの間俯いて唸っていたが、やがて飲み物の容器をダンッと音を立ててテーブルに置き、立ち上がった。

「ちょっと見てくる」

「ふふ、やっぱりウォリーさんが気になりますか?」

「き、気になるとかでは……内緒話されるのが嫌なだけだ!」


 店の外は心地よい夜風が吹いていた。店内からは宴会の声が漏れ聞こえてくる。

ウォリーとハナは人の少ない店の裏路地で向かい合っていた。

「ハナ、どうしたの急に?」

「えっと、まずあんたに言っておく事があるわね……」

 ハナは気まずそうにそう言った後、勢いよく頭を下げた。

「そのっ……ごめんなさい‼」

「……え?」

 突然のハナの行動にウォリーは困惑する。

「レビヤタンに居た時、いろいろあんたに酷い事しちゃったでしょ? だから……謝罪よ!」

「そんな……頭上げてよ」

「あんたにはマロンも助けてもらったし、ちゃんと言っておかないとね」

 ハナは鞄を開くと中から書類を1枚取り出した。

「こっからが本題なんだけど……」

 彼女はその書類をウォリーに手渡す。そこに書かれている文章を見てウォリーは強張った。

「パーティ……脱退届⁉」

「ええ、私はこのパーティを抜けるわ」

 ハナは暗い顔で俯いた。

「どうして⁉ ようやくAランクに上がれたっていうのに」

「私は元々ミリアの命令であなた達のパーティに潜入したのよ。あなた達を裏切ろうとしておいて、そのまま仲間になるなんて虫のいい話だわ。私はここに居る資格なんてないのよ」

「でも、もうミリアに従う必要もない! これからは仲間としてやっていけるじゃないか」

 必死に止めようとするウォリーに対して、ハナはにこりと笑顔を返した。

「ごめんね。私自身がここに居る事を納得できないの。これは私なりのけじめなのよ」

 ハナは背を向けてその場をゆっくりと離れていく。

「さよなら、ウォリー。ありがとうね……」

 そう言って去っていく彼女を、ウォリーは寂しそうに見つめていた。

 その時、彼女の進路の先に2つの人影が現れた。

「はぁ……この前のハーレム作戦の時といい、またリリの勘違いか」

「うぅ、すいません」

 突然現れたダーシャとリリを前に、ハナは驚いて後ずさった。

「何よあんた達、聞いてたの?」

ハナの問いには答えず、ダーシャはウォリーの元へ歩いていく。そして彼が手にしている書類を受け取りまじまじと見つめた。

「ふん、脱退届だと?」

彼女は鼻で笑うと、書類をびりびりと破り捨てた。

「ちょっと! 何すんのよ!」

「おいハナ、まさかこの私から逃げようとでも思ってるんじゃないだろうな」

「はぁ?」

「逃がしはしないぞ。まだ私との勝負は決着していなんだからな!」

「何の事よ⁉」

「オークの大量討伐の時に約束しただろう! 次は絶対にお前より沢山討伐してやるってな。忘れたとは言わせないぞ」

「あんな事、まだ根に持ってるなんて……」

 ハナが呆れた様子で言う。

「けじめと言うのなら私との約束は果たしてもらおう! まぁこの私から尻尾を巻いて逃げたいと言うのなら、仕方がないがな」

「そうですよ~私達に黙って消えようなんて卑怯ですよ」

 リリもダーシャに同調して言った。

「あんた達って奴らは……」

 唖然とするハナの肩に、ウォリーが手を置いた。

「ハナ、ダーシャは素直じゃないからああ言ってるけど、要はハナに行かないで欲しいって事だよ」

「あっ、ウォリー、余計な事を……っ」

ダーシャが怒り交じりに言うが、ウォリーは構わず続ける。

「皆もうハナの事を仲間だって認めてるんだよ。これまで何度も一緒に戦ってきたじゃないか、それにハナの協力なしにクラーケンドラゴンは倒せなかった」

 彼はハナの前に手を差し出した。

「だからハナ、あらためて僕達のパーティに加わって欲しい」

 彼女は差し出された手を見ながら、躊躇した様子でその場に立ち尽くしている。

「行くな、ハナ」

 ダーシャが声をかけた。

「お前が居ないと、その……張り合いがない」

 ハナはしばらく黙っていたが、やがて肩の力を抜いて大きく息を吐いた。

「仕方ないわね、勝負の約束もしちゃったし……もう少しだけ付き合ってあげるっ」

 彼女は呆れた様に笑うと、ウォリーの手を握った。


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