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もう遅い

 ウォリー達がマロンに会いに行った日から4日が経った。

 いよいよ明日、ポセイドンはAランク昇格試験に挑戦する。


「はい、こちらが注文の品だよ」

「ありがとうございます」


 ウォリーは街の武具屋に来ていた。

 クラーケンドラゴンとの戦いに備えて、装備も優れたものを揃えておきたかった。

 ウォリーが店主から受け取ったのは特注の剣。

 今までウォリーが使っていたものと比べれば遥かに斬れ味の良い品だ。

 かなり値段が張ったが、試験に合格する為には金を惜しむつもりはなかった。


 ウォリーは店を出てから道場へ行き、新しい剣の試し切りを行った。

 剣は、木材の標的に吸い込まれるように入り込んでいく。

 凄まじい斬れ味がウォリーの手元に伝わって来た。

 Aランクモンスターの素材を用いて作られたこの剣が、相当な優れものである事をウォリーは改めて実感した。

 しかしこれ程優れた剣をもってしても、クラーケンドラゴンに大きなダメージは与えられないだろうとウォリーは思った。

 あの圧倒的な防御力を崩す為には、頭の角を破壊しなければならない。

 角は1本。しかし、斬っても再生する触手の猛攻を潜り抜けて角を破壊するのは容易ではないだろう。

 結局はどのように立ち回るかがものを言う。上質な武具を揃える事は気休め程度にしかならなかった。



 ウォリーが道場を出て自宅へ向かって歩いていると、正面から見知った人物が来るのが見えた。

 その人物を見てウォリーは足を止めた。一瞬にして顔が強張る。

 相手もウォリーに気付いた様子だった。


「あら? あらららら〜? ウォリーじゃ〜ん」


 その人物、ミリアは大袈裟に両手を広げて笑顔を浮かべた。


「いや〜奇遇だねぇ。何してんの?」

「ちょっと買い物だよ、ミリア」


 ミリアはぐるりと囲むように歩きながら、ウォリーを観察した。


「高そうな剣だねぇ、もしかして新品かな〜?」


 ニヤニヤとした笑顔のままミリアはウォリーの装備を見つめる。


「あ、そうだそうだっ、聞いたよぉ〜今度Aランク昇格試験を受けるんだって? すごいじゃん、流石はウォリーだ、うんうん」


 一見喜んでいるように見えるミリアだが、それが本心ではない事をウォリーは分かっていた。明るく振る舞うその裏で、彼女は何かしらの闇を抱えている。


「でも相手はあのクラーケンドラゴンでしょ? 困ったねぇ〜、いくらウォリーでも難しいんじゃないかな〜」

「ミリア、教えてくれ」

「ん〜? どうしたの」

「僕は明日、試験を受ける。でもその前にはっきりさせておきたいんだ。ミリアの目的は一体何なの?」


 ウォリーをレビヤタンから追放したのはジャックだが、そのきっかけを作ったのはミリアだ。そして今もミリアはウォリーに対して敵意を向けている。

 ウォリーはなぜミリアがそうまでするのかを知りたかった。


「僕達は小さい頃から一緒に冒険者を目指して頑張ってきた仲じゃないか。何でこんな事をするんだよ」


 ミリアはしばらく黙ってウォリーを見つめていた。先程までの笑顔は消え去っている。

 そして、ミリアはゆっくりとウォリーとの距離を詰めて行った。

 鼻と鼻がぶつかるかというくらいまでミリアが近づいてくる。

 ウォリーの視界いっぱいに、怒りの表情のミリアの顔が広がった。


「そりゃあ、お前の事が嫌いだからだよ」


 先程の笑顔で陽気に振る舞う彼女とは違う、その裏に隠された本物のミリアが姿を現した。


「ウォリー、お前は幼くして人並み外れた魔力を有していた。周りの大人達からは神童と言われ将来を期待されていた。それに比べて私は、お前と同年代というだけでいつも比較対象にされていた。私がどれだけ頑張っても、いつもお前と比べられる」


 ミリアの口からギリギリと歯を食いしばる音が鳴った。


「私の扱いがさらに酷くなったのはあの日……私のスキルが目覚めた日だ。『チェス名人』……効果はチェスが上手くなるだけ。ダンジョンでは何の役にも立たないゴミスキルだと、散々馬鹿にされた。あの時はまだ私自身もスキルの真価に気付いていなかった。神はなんと不公平なんだと絶望したよ」


 ミリアは悔しそうな表情のまま腰に装備している剣を撫でた。


「魔力ではお前に敵わない。スキルはゴミスキル。ならば、せめて剣を極めようと、私は必死に剣術の訓練に励んだ。お前が周りの大人達にちやほやとされている裏で、私は血の滲む努力をしてきたんだ!」


 ウォリーはショックだった。ミリアが必死に努力していたのは知っている。しかしそこにある彼女の思いには、気づく事が出来ていなかった。


「その後私は自分のスキルの真の能力を見出し、Aランクまで成り上がった! だがな、まだ私は満足していない! お前よりも上に立たなければ、散々比較対象にされてきたお前よりも上に立っていなければならない! 私がそこに居ることで、初めてあの頃の自分を慰めてやる事が出来るんだ!」


 ミリアの怒気に圧倒され言葉が出なかったウォリーは、震える唇を何とかこじ開けようとした。


「……ごめん」


 ようやく絞り出したのはその3文字だった。長い間一緒に居ながら、彼女の苦しみに気付いてあげられなかった。その罪悪感がウォリーを襲っていた。


「ごめんだと? 今さら謝ってももう遅い! 私を敵に回したらどうなるか、明日はっきりと思い知らせてやる」


 そう言ったのを最後に、ミリアの顔から怒りの表情が消えた。にっこりとした笑顔が張り付いた、いつものミリアに戻っていた。


「ま、そういう事だから。試験、頑張ってねぇ〜。まぁ無理だと思うけど〜」


 明るくそう言い残して、ミリアは去って行った。

 残されたウォリーはしばらく呆然と立ち尽くしていた。


 ミリアが望むのなら、明日の試験は辞退してもいい。


 過去のウォリーならばそう思っていたかもしれない。しかし、今は違う。

 ダーシャ、リリ、ハナ。

 自分を頼ってくれている仲間達がいる。

 ミリアの為ではなく、仲間達の為に冒険者でいる事を決心していた。

 ウォリーは拳を固く握ると再び歩き出した。



 明日、クラーケンドラゴンとの対決の日。

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