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調教マン

「ダーシャ! ダーシャ!!」


 ウォリー達は森の中で叫び続ける。彼らが眠りから覚めて1時間。未だにダーシャを見つけられず森の中を探し回っていた。


「キシャシャシャシャ!!!」


 突如巨大なカマキリ型のモンスターが茂みの中から飛び出して2人に襲いかかって来た。


 ウォリーは剣を抜いて、振り下ろされる鎌を受け流す。その後も素早い動きで次々と飛んでくる鎌。ウォリーは剣でそれを受けている間も頭の中にはダーシャの事ばかりが浮かんでいた。


(こんな事してる場合じゃない。もしダーシャの身に何かあったら……)


 リリはその場で何も出来ず立っているしか無かった。彼女は遠距離から飛んでくる攻撃は防壁で止められるが、今のように近接での斬り合いの場合は防壁を張るスペースが無い。サポートタイプの彼女は防御重視で攻撃手段は殆ど持っていなかった。


 ウォリーの顔めがけて横から鎌が振られる。それを彼はしゃがんで躱すと、カマキリの懐に飛び込んだ。そのまま柔らかい腹に剣を突き刺し、腹から胸へ一気に切り裂いた。

 緑色の血が飛び散り、カマキリは動かなくなった。


 敵を倒しはしたがウォリーの心は落ち着かない。何処にいるかもわからないダーシャに声が届くように必死で彼女の名を叫んでいたが、それが結局モンスターを呼び寄せる事に繋がってしまう。Aランクのレビヤタンが苦労する訳だ。モンスター撃退と人探し。両方やり遂げるのは想像以上に骨が折れる。


 それからしばらくモンスターを倒しつつダーシャを探し続けたが、それでも彼女は見つからない。何処へ移動しても周囲には土の地面と生い茂る木々という同じ景色が広がるだけだった。


「ウォリーさん、少し休みましょう」


 リリがそう声をかけた。


「でもダーシャが……」

「このままじゃ私達の方が体力を消耗して倒れてしまいます。ある程度の体力を残しておけば、ギルドへ戻って捜索依頼を出す事も出来る。ここで私達が倒れたら誰がダーシャを助けるんですか」


 体力を温存するのはあくまでダーシャの為。そう言ったのはリリなりの気遣いだった。ウォリーは自分の身が危険になってもダーシャを探し続けるような性格だと知っていたからであった。


「そうだね、少しだけ、座ろうか」


 そう言って彼は腰を下ろして木に寄りかかった。


 リリも冷静でいるように見えて、内心は彼女の名を叫びながら森中を走り回りたい気分だった。こうしている間にダーシャが酷い目に遭っていたらと思うと落ち着く事は出来なかった。

 彼女は焦りながら周囲の木々の隙間に視線を走らせる。すると、一箇所に妙な影を発見する。


「ウォリーさん! モンスターです!!」


 リリが叫ぶと同時にウォリーは剣を構えて立ち上がった。彼がリリの指差した方向へ目をやると、そこには4本足の獣が立っていた。

 それを確認すると、ウォリーはゆっくりと剣を下ろした。


「リリ、大丈夫。あれは野犬だよ」

「え?」


 言われてリリがよく獣を観察すると、そこに居たのは1匹の大型犬だった。


「わ、ワンちゃんって事ですか?」


 リリの表情が少しだけ明るくなった。


「私、ワンちゃんは好きなんですよ」


 そう言いながら彼女は野犬に近づいて行く。


「グルルルル……」

「きゃああああ!!」


 野犬が顔に皺を寄せ牙を剥き出して威嚇したので、彼女は猛スピードでウォリーの背後に身を隠した。


「リリ、野犬は人間がペットで飼っている犬とは違うよ。野生だから簡単に人には懐かないし人を襲う事もある」

「ひええ……」

「でも僕達に接近してこない所を見ると、武器を持った人間の危険性を分かってるんだろう。賢い動物だよ」



≪お助けスキル『調教マン』の取得が可能になりました≫



 突然なった音声にウォリーは目を見開いた。



≪調教マン≫


≪動物に触れ、「調教マン」と唱える事でその動物を従える事が出来る。取得の為に必要なお助けポイント:55000ポイント≫



(動物を……従える?)


 ウォリーはポイント残高を開く。リリを助けた時にポイントが10万近く増えたが、その後ステータスアップに使った分を差し引いて現在の残高は155300ポイントだった。

 彼の経験上、お助けスキルはすぐに取得して損は無い。ウォリーはポイントを支払いお助けスキルを取得した。


(動物を従える為には、まず触れなきゃ駄目なんだよな……)


 ウォリーはじっと野犬を見つめる。


(でも、近づいたら逃げちゃうよなぁ)


 突然固まって考え事を始めたウォリーを、リリは不思議そうに眺めている。


「リリ、頼みがあるんだ。あの犬を捕まえたいんだよ。しばらく犬の視線を引きつけておいてくれないかな?僕は背後にまわって捕まえるから」

「え? 犬を捕まえてどうするんです?」

「ちょっと試したい事があって……」


 リリは怪訝そうに承諾し、野犬の前に歩み寄って行った。野犬は先程と同じように威嚇をする。

 ウォリーは木々の影に身を隠しながら盗賊マンで気配を消し、大きく周って野犬の背後まで移動する。

 少しずつ野犬に向かって歩を進めていき、尻尾が目の前まで来たところでウォリーは一気に飛びついた。

 突然の事で野犬は暴れ出すが、それは一瞬の間だけだった。

 ウォリーが野犬の腰を掴みながら「調教マン」と唱えると、すぐに野犬は暴れるのをやめ、尻尾を振ってウォリーにじゃれつき始めた。


「わわっ! 急に犬が大人しくなりましたよ!?」


 リリは目の前の光景が理解できず目を丸くする。


「はは……動物を従えるスキルを使ってみたんだ」

「え!? ウォリーさんってテイマーさんだったんですか!?」

「いや、そういう訳じゃ無いんだけど……」


 ウォリーは野犬の頭を撫でながら、言った。


「私も触っていいですか?」


 リリの問いにウォリーが頷くと、彼女は恐る恐る野犬の頭から背中を撫でた。野犬は気持ちよさそうに目を閉じる。


「むふっ」


 リリから思わず声を漏らしてしまう。ダーシャの事で不安だらけだった心が、少し癒された気がした。


(さて、成功したは良いがどうしよう……このタイミングでスキル取得が出たという事は、このスキルにダーシャを見つける緒があると思ったんだけど……)


 犬を撫で回すリリを見下ろしながらウォリーは考えを巡らす。


「犬……人探し……そうか!」


 ウォリーが叫んだのでリリは驚いて彼を見上げた。


「リリ、この子にダーシャを探してもらおう! 犬の嗅覚は人間より遥かに高いらしい。ダーシャの臭いを辿っていけば彼女を見つけられるかも!」

「なるほど! その為に犬を捕まえたんですね!」


 ようやく可能性を見出したリリの表情は一段と明るくなった。ひとまずウォリー達は自分達が眠らされた場所まで戻って行った。




「ダーシャさんの臭いを辿らせるにはまず彼女の臭いを憶えさせないといけませんよね?」

「うん、でもダーシャは荷物ごと消えてしまったからなぁ……」


 何かないだろうかとウォリーが鞄を開ける。すぐにある物に目が行き、彼はそれを取り出した。


「これがあった! ダーシャがくれたおにぎり!」


 手拭いを開いて3つ並んだおにぎりを取り出す。


「おにぎりって手で握るでしょ? だからダーシャの臭いが付いてるかも」


 そう言ってウォリーは野犬の目の前におにぎりを差し出した。が、野犬はおにぎりにかぶりついてペロリと食べてしまった。


「わわわ! 違う! 違うって!!!」

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