第八話 烈火斬
勇ましく叫んだが、やることは変わらない。とどのつまり、相手の剣をギリギリで回避することだ。ただし、大袈裟なほどに飛んで、距離を取りながら。
相手は相手で、突き、振り下ろし、薙ぎ払ってくる。それでも、なんとか避け続けることはできていた。
そして、その時は来た。
「いまだ!」
薙ぎ払われた剣を相手の懐に飛び込むことで回避する。そして、左手で相手の胴体を掴み急制動をかけると、そこを軸にして自らの体を回転させる。
ありったけの力で背中を蹴り飛ばして、着地すると同時に相手に向かって走る。
相手にできた一瞬の隙。背後からの衝撃に対して、前方に揺らいだわずかな隙をつく。
刀で右足を斬りつけるが──
「っ! 効いてないのか!?」
それは、表面のいくつかの骨を剥がしただけだった。
絶望が思考を支配する。刃が届かない。そんな相手を打ち倒すことはできない。
少しずつ削れば。そんな馬鹿げた思考が脳裏をよぎる。そんなもの、真っ先に刀がなまくらとなってしまう。
相手の剣が振り下ろされた。死を宣言する断頭台のように、それは少しずつ近づいてくる。
ああ、心底悔しい。レッドリーだってこのままだと死んでしまう。分離だって間に合わない。
アスーラはどうなる。弓ではまず倒せない。つまりは、彼女も殺される。
自分の無力を呪い、せめてもの足掻きに剣をにらんだその時──
「お願い、届いて! 水龍一射!」
その声と同時に、青い光の筋が剣を砕いた。
「アスーラ!」
その青い光で、希望を見出した少女の方を見てしまう。
そして、自分がどれだけ愚かなのかを思い知った。
肩で息をしていたし、顔には汗がにじみ出ていた。おまけに、表情は苦痛に耐えている。
それでも、その眼だけは何があっても諦めない、と強く言っていた。
「なんだ。年下の少女が頑張っているのに、あんな燃え盛るような瞳をしているのに、なんてザマだよ」
自傷気味に笑う。ああ、なんて情けなさなんだ。
脳のギアが再び入る。目の前の巨人は、自身の身を削って剣を生成していた。
何か手は、アスーラが繋いでくれたチャンスを、モノにできる手は──
「あった……」
自身の内部に潜り込む。つい先ほど潜っていた場所──手に意識を集中させて、刀との間にある蓋に有りっ丈の血流を流し込む。
「同調開始」
自身に語り聞かせるように呟く。強くイメージしながら、工程を丁寧に、それでいて迅速に進めていく。
「刀身の隙間に血液を流し込んで、強化。自身の血流をより強く、より深くまで浸透させる。刀身は血液の熱で炎の刀と変化させる」
刀身が真紅に染まる。視界だって、真っ赤だ。
「よし」
息を吐く。巨人も剣を完成させたようで、それを振り下ろした。
それを今度は小さく横に避ける。そして──
「烈火斬!」
叫びと共に剣を持つ腕を斬り落とした。
「まだまだ!」
再生しようとすると相手に対して、再び斬りつける。今度は右足の付け根だ。大きく跳躍して切断すると、巨人は大きな音を立てて崩れた。
「これで、トドメだ!」
そして、首を切断して、それで完全に終わった。
「同調、終了」
自身の肉体からレッドリーを分離させる。刀身がに流し込んでいた血液が行き場を失って、地面に溢れる。その血を刀を振って落とすと、鞘に収めた。
「ぐっ!」
右の手のひらがえらく痛む。広げて確認すると、血塗れだった。それに加えて、心臓がバクバクと大きな音を立てて動いている。
「全く、あなたは無茶をするわね。自らの血液を刀身に流し込んで強化するなんて。おまけに加熱するって。加減を間違えたらあなた、死んでいたわよ」
「悪い、レッドリー。でも、お陰で倒せただろう?」
「まあ、そうだけれども」
「ならそれで良いじゃないか」
大きな地響きがする。壁が開いて、部屋の奥に通路ができてゆく。その先には太陽の光が見えた。
「ああ、そういう仕組みだったのか。随分と凝ってやがるな。さあ、帰ろう。アスーラ」
後ろにいるアスーラに近づく。
「あたしたち、勝ったんだね」
「ああ。アスーラのおかげだ」
アスーラの一撃が、チャンスを生み出したのだから。
「ああ、よかった……」
フラリ、と彼女がこちらに倒れる。
「アスーラ?」
それを優しく受け止める。彼女は小さく、安らかに寝息を立てていた。
「おつかれ、アスーラ」
呟いて、彼女を抱きかかえる。彼女の体は、やけに軽かった。
「レッドリー、すまないが荷物を頼めるかな?」
「わかったわ」
奥の通路に入ると、すぐに出口が見えた。外に出ると、日が頂点に達していた。
「思っていたよりも、短い時間だったのね」
「ああ、そうだな。わずか数時間なのに、随分と疲れちまった」
レッドリーが文字の書かれたレンガを取り外しながら語りかけてくる。
「龍牙、手を見せて」
彼女はシートを引いて、ガレキで抑えた。アスーラをそこに寝かせて、血濡れの手を見せる。
「ああ、しまった。彼女の服が血塗れになっちまった」
後悔する。それならばレッドリーに抱えてもらったほうがよかったか。
「そうね、っと。やっぱり、無理にこじ開けた結果ね」
レッドリーがカバンから包帯とガーゼ、液体の入ったボトルを取り出した。鼻をつくアルコール臭に嫌な予感がする。
「ちょっと染みるけど、我慢して」
「ああ、やっぱり」
歯を食いしばって、目でやってくれと訴える。
次の瞬間、手のひら全体に発生する激痛。内部から瞬間的に広がったそれに耐える。
ついで彼女は手のひらにかけられたアルコール臭のする液体──消毒液を拭き取ってガーゼを当て、その上から包帯で固定した。
「ちょっとキツすぎないか?」
「止血のためよ。我慢して」
「そうか、なら仕方ないな」
まだ少し痛む手のひらを見つめる。手際は鮮やかなもので、この分ならすぐに血も止まるだろう。
「でも、手のひらだけでよかったわ。最悪腕全体が壊死していたかもしれないもの」
荷物をまとめながら彼女が言う。
「初めて刀身に強く流し込んだ、それも無理矢理にね。だからこうなったけれど、線は出来たから次からは意識するだけで使えるはずよ」
「今回限りの結果、てわけか。なら問題はないな?」
「いいえ、そうとも言い切れない。血流をそこに流し込んでいるから、連続して使えばそれだけリスクも増えるわ。覚えておいて」
「わかった」
レッドリーが荷物を持って外に出る。俺も、アスーラを抱えると外に出た。
「あ、ごめん。シートだけ回収してくるわね」
シートをたたむレッドリーを見ながら空を見上げる。陽の光は、俺たちの勝利を祝福しているようにも思えた。
「そうとも、俺たちの勝利だ」
そう、呟いた。