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第七話 霊骨

 無数に存在する敵。ところどころ茶色に腐敗した骨は、しかしながら確かに地を踏みしめて、こちらを見据えている。

 幸い、こちらが背を向けているのは出口だ。なら、なんとかなる。

 抜刀して、刀の状態を確認する。赤い光は二日前と同じだ。

 彼らはジリジリと近づいてくる。


「アスーラ、後ろに飛んで、通路まで逃げるぞ。誘い込めば戦力を削げるし、外に出れば逃げ切れるかもしれない!」

「了解!」


 踵を返して、一気に駆け抜ける。良いとは言えない足場をしっかり踏みしめ、蹴り上げて走る。

 そうして、通路まで戻った時、あってはならないことになっていた。


「龍牙、通路の形状が変わっているわ」

「わかっている!」


 脳内に響く声。レッドリーが言う通り、一本道で、ただの一つも曲がっているところがなかった通路が、曲がりくねった道に変わっていた。


「龍牙、前!」


 アスーラが前方に青い矢を飛ばす。それが貫いたのは、迫り来る骨のうちの一体だった。その一体は、頭蓋を粉砕されて、後ろに吹っ飛びながらバラバラになった。

 それで終わっていればよかったのだが、そうもいかない。前方からも骨の大群が押し寄せてきていた。


「ああ、最悪だ!」


 足は止められない。止まったら追いつかれる。しかし、止まらなければ目の前の骨たちによって、ミンチにされるだろう。

 俺の選択は──


「道を切り開く! 脅威になるヤツだけ、貫いてくれ!」

「任せて!」


 さらに加速する。こちらからは手を出せない相手が、青い光で殲滅されていく。

 俺は、最前の三体を、腰の部分を横に斬りはらうことで片付ける。

 そのわずか後ろにいる敵が次から次へと剣や棍棒を振り下ろしてくる。

 

「──ッ!」


 その中の致命傷になるものだけをいなして、体の軸をずらす。骨と骨の間に滑り込んで、体ごと刀を一回転させる。

 その一瞬で、僅かな間だけ敵が消える。その一瞬のうちに足元に転がっている足の骨を一本広い、左手に構える。


「即興の二刀流、てな!」


 手に持った骨で振り下ろされた棍棒を受け止め、右手の刀で頭蓋骨を吹き飛ばす。そのまま骨を全力で胴体にぶつける。


「折れた!? 脆すぎるだろ!」


 無残な姿になってしまった、手に持った骨を放り投げて次の敵へ。全くもって使えない。

 目の前の敵をバラした直後、後ろから振りかぶる音が聞こえた。いなすのは間に合わない。だけど──


「龍牙、今のうちに!」


 青い光の筋が直撃寸前の剣を中心からへし折ると同時に、あえて勢いが残るように刀で切断。

 地面を蹴って、体を回転させる。刀の勢いも手伝って、近くの敵が吹き飛ばされ、その方向の敵が一気に消滅する。


「全く、あなたは無茶をするわね」

「酔ったか? 三半規管を鍛えな!」

「そうじゃなくて──龍牙、前!」


 剣が突き出されていた。それを峰で軌道をずらして、刃を返して左腕を吹き飛ばす。そのまま流れるように腰を切って次に向かう。


「数が多すぎる! これじゃ、全く先に進めんぞ!」

「しかたないかな……龍牙! 飛んで!」

「え? あ、ああ!」

 

 アスーラの指示通りに、体をバネにするイメージで飛び上がる。


「水龍一射!」


 彼女の叫びと共に、今までとは比較にならないほどの青い光が通路を包んだ。

 光が消えた通路にわんさかいた骨は、一掃されていた。


「すごいじゃないか、切り札ってわけだな!」

「はぁ......はぁ......まあ、ね。でも、後ろからの奴らは消えていないよ」

「だな。確かにこれは並大抵の奴は生きて帰れないな」


 走るのを再開する。後ろから迫りくる大群にだけ気を配ればいい、というのはありがたい。


「とはいえ、キツイことに変わりはねぇんだけど、な!」






「龍牙、そろそろ出口になるはずよ。距離が一緒ならね」


 レッドリーが、極めて冷静な口調で言った。


「そうは言ってもな、全くもって先が見えないんだが」


 一体どれだけの距離を全力疾走したのだろうか。長距離走一位間違いなしの速度で走り続けた。

 アドレナリンが出ているのか、疲れはなかった。汗は出ているものの、支障はない。

 アスーラも疲れは見せていなかった。長い間戦っているから当たり前ではあるが。

 目の前に曲がり角が現れる。最短距離、内側の壁にぶつかるギリギリを走り抜ける。

 そうして、


「嘘......だろ?」


 絶望を知った。






 その場所は広い空間だった。円形の空間には何もなかった。そう、走り抜けた通路以外、出口はなかった。


「龍牙、ここは……」

「レッドリー、こんな言葉がある。ここが終着駅ってな」


 舌打ち交じりに言って、


「アスーラ、引き返して通路でやりあうのと、ここで迎撃するの、どっちがいいと思う」

「ここで迎え撃つしかないんじゃない? あれに突っ込むよりは、バラけさせられるここがいい気がする」

「さっきの火力を使えないか?」

「それは無理。負担が大きすぎるから」

「そうか。なら後ろにいて、援護を頼む」

「わかった。死なせないから、安心して!」


 ああ、と頷いて戦略を立て始める。幸いにも彼らは歩行速度が遅いらしく、追いつかれていない。さて、どうするか。

 突っ込むのは論外。とはいえうまく分散させられなければそうなるか。


「ってか、こんな床と屋根しかない空間なだけに作戦もへったくれもねえよな!」


 腹をくくる。あとは、なるようになれ作戦だ。


「っと、レッドリー。俺たちもさっきのアスーラみたいな技、使えないか?」

「そうね……刀身を熱することが出来れば、あるいは……刀身に集中してもらえるかしら」

「ああ、わかった」


 意識を内に向ける。意識を手のひらに向けると、異物との繋がりがあることがわかった。


「これが刀との繋がりなのか?」


 血流から分岐した繋がり──血液が通る道に意識を移動させる。すると、蓋がされているかのように弾かれた。

 まずはこいつをなんとかしないと。血流をそちらに流そうとした時、


「龍牙、戻ってきて!」


 レッドリーの焦った声で引き戻された。






「奴さん、もう来たっていうのか!」

「ええ、構えて」


 抜刀して、入り口に目を向ける。そこにいたのは、あまりにも多すぎる骨の群れ。アスーラが矢を放って分散させようとしているが、彼らは気にしていなかった。


「何かが変だわ。彼ら、こちらを見ていない」


 レッドリーの言う通りだった。彼らはこちらに向かってくるわけでもなく、全ての個体が規則的ば動きで中央に集まっていた。


「何をするつもりなんだ……アスーラ!」

「もうやってる! けど、全く削れないの!」


 アスーラが一足先に矢を放っているけれど、それは精々一体か二体を倒すにとどまっていた。

 そして骨は、山のように積み上がっていった。


「まさか……!」


 最悪のパターンが脳裏をよぎる。そんな馬鹿な、ありえない。彼らにそんな知性は感じられない。そう信じるしかない。

 そんな願いとは裏腹に、彼らは複雑に絡み合い始めた。すぐにそれは、足になり、腕になり、頭になり、剣になった。

 骨でできた、巨大な人間。最悪の事態として想定していたけれども、本当にそうなってしまうとは。


「最悪だ。アスーラ、援護を」


 真っ白な巨人と化した骨が、声も無しに巨大な剣──それも同様に白い──を振り下ろしてくる。


「あれはいなせないな!」


 側転で避ける。床の石が吹き飛ばされて、土が顔をのぞかせた。


「破壊力抜群、ってか! でもなぁ、そんな鈍い剣じゃ俺は潰せないんだよ!」


 苦し紛れに口を開く。自己暗示、と呼ばれるものだ。人間単純なもので、それだけである程度やれるようになるのだ。

 とは言ったものの、


「結構ギリギリなんだよな……」


 左右に避けながら呟く。相手の剣はその実思ったより速い。アスーラも剣に向かって矢を放っているが、効果は認められなかった。


「なるほどね。確かにこれは、並大抵の人間じゃ対処しきれないわ」


 忌々しげにレッドリーが呟いた。地面はすでにボロボロで、確かにまともに打ち合えばどんな人間でも木っ端微塵だろう。

 突然、左頬に鋭い痛みが走った。飛び散った鋭い破片の一つが掠めたのだ。それは仮面を穿ち、内部の皮膚にまで到達していた。


「破片だけでこれかよ……直撃したら跡形もなく消えているかもしれんな」


 瞬時に仮面が修復される。痛みは熱に変わったが、すぐに消えていった。分泌され続けるアドレナリンが痛覚を感じなくさせたらしい。


「──ッ!」


 嫌という程繰り返される剣戟、その一つが今までとは比較にならない速さで、叩き潰さんとばかりに薙ぎ払われた。


「龍牙!」


 時間がスローになる。一瞬先の未来が脳裏によぎる。

 あれが直撃したらそれこそ壁のシミになるか、床のシミになるかしてしまう。

 つまり、死。

 脳細胞が活性化する。ギアが入って、思考が、肉体が加速する。

 避けることができる方向を思考する。前後は不可能。上下も隙が大きいし、剣の方に飛ぶなんて問題外。

 それでも、死ぬなんてのは、


「冗談じゃ、ねぇぞゴラァ!」


 残された方向、剣の行く先に跳躍する。直後、全身を衝撃が襲った。胴体に剣が当たったせいだ。骨格が軋みをあげる。

 それでも、空中に逃げたのは正解である、という手応えだけはしっかりと掴んでいた。

 体を回転させて、最低限の衝撃で地面に転がり込む。


「全く。本当に無茶するのね、龍牙」

「空中なら叩きつけられた時の運動エネルギーが逃げる。最善の選択だと思うがね」

「そうかもしれないわ。それより、気がついてる?」

「ああ、間違いない」


 距離ができて冷静になった頭は、ある一つの答えを導き出していた。


「あいつ、学習していやがる」


 だが、骨の塊であるあの巨人は走れない。あの重さを支えながら走ったら、おそらく自壊する。


「なら、勝機はある」


 息を整える。


「レッドリー、無茶をするぞ」

「問題ないわ。勝機があるなら掴んでみせて」

「ああ!」


 相手が剣を振り下ろすギリギリまで引きつける。

 そして、剣が突き出されたその時──


「ここだ!」


 思いっきり地面を蹴った。体をひねって、相手の剣スレスレのところをすり抜ける。剣は鎧をわずかに削りながら空ぶった。


「くっ!」


 レッドリーが小さな悲鳴をあげる。だが、これならいける、と確信を得た。

 着地して背後を──敵を見据える。


「さあこいよ、幽霊!」

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