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第六話 遺跡

 朝。暗く沈む森に一つの大きな光が差し込まれ、太陽がゆっくりと昇り始める。それを見て、一つため息をつく。

 そういえば、と一つ思い出す。前の世界ではこんな光景を見ることなんてなかったな、と。

 結局一睡もしなかったわけだが、不思議と眠気はなかった。


「っと、のんびりと見つめてばっかりもいられない」


 耐熱シートの上に肉を並べて、焚き火の熱で焼く。焼いている間に身支度を済ませる。

 川の水を手にとって顔を軽く洗い、刀を腰に差し込む。


「ちょうど良い感じだな」


 耐熱シートごと熱源から肉を引き離す。一つ口の中に入れると、野生的な味がして奇妙な味わいだ。


「おはよう、龍牙」


 そうやっているうちにレッドリーが戻ってくる。昨夜アスーラが寝に行ったのとほぼ同時のタイミングでブルーガと交代していたらしい。

 彼女は肉を一つ口に運ぶと、


「いい焼き加減ね。どこかで経験が」

「ああ、一人暮らししていたからな。そろそろアスーラを起こさないと」


 アスーラの元まで歩く。徒歩で五歩。

 気持ちよさそうに寝息を立て、眠っている彼女はあどけない少女の面影を残していた。

 こうしてみると、どこにでもいる普通の少女だ。本来ならば当たり前のように平穏を享受しているべき存在だと、そう思う。なんで彼女が戦うのか、その理由がわからない。


「アスーラ、朝だぞ。起きろ」


 肩を軽く叩いてやる。


「ん……」


 彼女がゆっくりと体を起こしてこちらを見つめる。


「おはよ、龍牙……」


 彼女はまだ寝たりないと言わんばかりの欠伸を一つ。俺は川を指差し、


「おはよう、アスーラ。顔、洗ってきな」

「うん、そうする……



 眼を擦りながら彼女は川に向かった。不思議な気持ちだ。

 あちらの世界では、こうやって過ごす仲間はいなかった。だが、今はこうして野宿をする仲間がいる。


「っと、ブルーガも起きろ。朝だぞ」

「起きているさ、龍牙」


 起き上がるブルーガ。そこで俺は、寝息が一つしかなかったことに気がついた。


「さて、私も顔を洗ってくる。食事をしたらすぐ出発だ。準備しておけ」

「ああ、任せろ」






 森を抜け、さらに進んだ先にその遺跡はあった。苔に包まれたそれは、しかしながら圧倒的な威圧感を持って俺たちを迎え入れた。

 荷物を遺跡の入り口に置いて、隠す。幸いなことに、盗られたとしても問題はないものばかりだ。


「ここからは、命がけの戦場だと理解しているかね。二人とも」


 ブルーガが目を見据えて聞いてくる。わかっている、と目で訴える。


「よし、であれば行こう。人手は多いほうがいい。戦闘になるまでは四人で動こう」


 遺跡の中に入り込む。入ってすぐ、右側の石壁の大きめで真四角なレンガのうちの一つに複雑な模様があるのが見えた。


「ちょっと待ってくれ」

「なんだ、怖気付いたか」

「ブルーガ、そんなわけないだろ。これを見てくれ」


 それは文字のようにも見えた。いくつもの統一された、それでいて自由な模様が規則正しく横十列縦四列に記されている。


「これは、古代文字ね。私は解読できないけど……あら? これ外せるわよ」


 レッドリーがそう言ってレンガに手をかけ、引っ張った。すると、その部分だけが綺麗に外れた。


「ねえ、邪魔じゃない? あとで回収しようよ」


 アスーラの助言はもっともだ。それを理解した様子でレッドリーはレンガを戻した。


「とりあえず奥に行こ!」


 アスーラが奥に歩いていく。心なしか少し早い気がした。


「ほら、早く、早く!」


 一息吐いて追いかける。どうやら、俺のよく知る元気な彼女だ。昨夜の彼女は夜だったからなのだろうか。


「まあ、さっさと進んだほうがいいよな。正直長居したくないし」


 遺跡の中は埃臭く、薄暗かった。侵食してきた木の根っこが所々床を盛り上げていて、歩きづらい。

 道は下に進む坂道でこそあれ、まっすぐだった。ずっと進んでみても分岐点は見当たらない。

 それに……


「妙だな、随分と構造が簡単だ。こんな場所、我々が出張る必要もなかろうに」


 ブルーガが呟いた。だが、彼の表情は雄弁に物語っていた。

 遺跡の奥に進むにつれて臭う、嫌な雰囲気を感じ取っていることを。

 脳裏によぎるのは昨日の小屋の中。その中に充満していたモノ。


「龍牙、この遺跡の奥に何かあるわ。とてつもなく嫌なモノが」


 つまり、死がそこにある。






 遺跡の終着点は広間だった。ドーム状のだだっ広い空間に、見えないほど高い天井。だが、そういったことは重要ではなかった。

 巨大な翼と禍々しい脚。爛れた皮膚にも見える鱗。持ち上げられた頭部には全てを喰らう鋭い牙があって、その眼は憎悪に染まっているようにも見える。

 あまりにも巨大な石像。無機物であるはずのソレは圧倒的な威圧感を持って俺たちを歓迎していた。


「これは、起源龍か……」


 ブルーガが呟く。


「起源龍ってなんだ」

「字の如く始まりの龍だ。暇があれば資料室で文献を漁るといい」


 ブルーガが返事をしながら石像に触れる。


「しかし、何故ここにその石像があるのか、そこが問題ね」

「ああ、レッドリー。この地に起源龍と関係のある伝承は存在しないはずだ。となれば、おそらく宗教的な意味合いで作られた、と考えるのが自然か。それとも……」

「何かしらの隠蔽を目的としている?」

「ああ。この中に何かあるのかもしれない」

「仮にそうだとして、どうやってそれを観測するの?」

「わからんな。それは学術調査班を編成してもらうより他ないだろう」


 俺とアスーラを無視してヒートアップする龍達。ため息混じりにアスーラの姿を探すと、


「見て! すっごく高いよ!」


 いつのまにか彼女は石像の頭によじ登っていた。


「それに、不思議な模様が床に書かれているよ!」

「なんだと!? 本当か!」


 反射的に叫んで、地面を見つめる。なるほど、確かにこれは模様を描いていそうだ。

 地面はわずかに削れていた。上から見なければ、まず間違いなく気がつかないと思われるほどの浅い溝が床一面に蜘蛛の巣のように存在していた。


「アスーラ、上から線を模写できるか?」

「やってみる!」

「よし、俺たちは地上からそれを調べるぞ!」


 指示を出して、しゃがみこむ。溝に触れると、茶色がかった黒い塗料で内部が塗られていることがわかった。


「これは……血だ。この遺跡は一体……」


 ブルーガが呟いたのを聞いて、においを嗅いでみる。時間が経ちすぎているらしく、においは感じられなかった。

 だが、茶色がかった黒、というものは限られている。それに加えて、触った感覚が少し粘力のある液体が乾燥したものだった。


「なんらかの儀式があったのかもしれないわね」

「なるほど、確かにあり得る話だ」


 まただ、あの龍たちはどうやら話に夢中になると周りが見えなくなるらしい。儀式だの生贄だのと言った言葉が飛び交い出した。


「龍牙、こんな感じだったよ」


 呆れていると、まるで最初からそこにいたかのように、後ろからアスーラが声をかけてくる。


「いつの間に降りてきたんだ。ありがとう」


 彼女から模写した紙を受け取って、確認する。


「これは……ああ、そういう事か」


 基本骨子となる図形は円形。ドーム全体に広がるそれに重なって、真四角になるように小さな円が四つ。

 それぞれがそこから中央に向かって一筋の線が出ていて、それが分かれて規則的な幾何学模様を描いている。そしてその線は中央にある石像に直結している。

 有り体に言ってしまえば魔法陣だ。

 やはり魔法がある世界なのか、と勘ぐってしまう。


「アスーラ、この世界に魔法ってあるのか?」

「魔法、ってなんのこと?」

「だったら、魔術とか聞いたことない?」

「無いよ。魔法とか、魔術とか、どういうものなの?」

「ああ、一瞬で怪我を治したり、何もないところから火や水を出したり、瞬間移動ってのもあるな」

「なにそれ! そんなの使えたら、あたしだって……」


 なにかに耐えるように、アスーラが目を伏せた。すごく辛そうに見えて、それがどうしようもなく小さな姿に感じられた。


「どうした?」

「あ、ううん。なんでもないよ」

「なんでもないなんて事はないだろ。すごく辛そうだったぞ」

「なんでもないってば!」


 突然、アスーラが叫んだ。俺はただ、それに威圧されていた。


「っ! ごめん……なんでもないから……」


 失敗した。悔いる気持ちが湧き上がる。

 それは、明確な拒絶。彼女の過去になにがあったのか、それを想起させてしまったらしい。


「そう……か……悪かった。少し深入りしすぎたな。すまない」

「なんで謝るの……悪いのはあたしなのに」

「それはおかしい。アスーラは、何にも悪くないんだから、素直に受け取っておけ」


 ああ、彼女が謝る道理は無いんだ。それを、彼女は自分のせいにしようとしている。それは間違いでしかない。


「さ、調査を続けよう。な?」

「うん。そうだね」


 さて、僅かに靄が残るが、今は調査に専念しよう。

 魔法陣は中心の石像に直結している。となれば、それに何かあるのだろう。

 石像に触れると、内部で何かが蠢いているのがわかった。恐らくは、血流のようなもの。

 その流れに意識を集中させる。

 非常にゆったりとした流れ。ほとんど止まっているような流れに、自身の意識を乗せる。


「同調開始」


 無意識のうちにつぶやいていた。それと同時に、その流れに自身が溶けゆく感覚がする。

 手足が消え、腹部が消え、首も頭も消え、残った意識だけが流れに乗り、流れの終着点に向かっていく。

 強い力を感じる。巨大な渦がすぐそばにあって、あるいはそれは自身をすでに飲み込んでいるのかもしれない。

 心地よさのなかで、その渦に無いはずの手を伸ばそうとした時──


「っ!」


 意識が現実に引き戻される。弾かれたのだ。渦に、流れに弾かれ、体に意識が通る。

 周囲を見渡すと、等身大の骨の集団が現れていた。理科室の人体模型が動いている錯覚が起きる。

 それぞれが手に棍棒や剣を持っていて、数による威圧感を放っている。


「霊骨!? 龍牙、私を身に!」

「アスーラ、早く!」


 レッドリーも、ブルーガも叫んだ。迷う事なく刀を抜いて、それを叫ぶ


「ああ! 汝、血の盟約に従い我が鎧となりて身を守れ!」

「うん! 汝、血の盟約に従い水流の弓を顕現させよ!」


 レッドリーが身に纏われる。新しく出現した血流──彼女の血流の自らの血流を同調させる。

 今度は瞬間的にできた。


「もうコツを掴んだのね、龍牙。あなた天才かもしれないわ」

「レッドリー、俺を天才だと認めるにはまだ早い。アスーラ、さっさとこの状況を突破するぞ!」

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