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第五話 星空

 朝日で目を覚ました。重たい瞼をゆっくりと開けると、見知らぬ天井が見えていた。

 木でできた天井。お世辞にも柔らかいとは言えないベッド。

 さて、ここはどこでしょう。なんてクイズ番組のナレーターが冗談めいて言う幻聴を頭の隅に追いやりながら状況を思い出そうとする。

 昨日、朝起きて、それから銀行行って、何があったんだったっけ。

 そうだ、ATMでお金を下ろして、ロビーに行ったんだ。

 そして待つこと十分。誰かが入ってきて叫んだんだったな。確かナイフを持っていたような。

 そこまで考えて脳細胞がフルスロットルになった。

 そう。そのあと刺されそうになった少女を庇って刺されて、気がついたら森にいた。

 紆余曲折あって夜遅くまで蛮族狩りに勤しんだあと、疲れ切った体でなんとか宿を取って、そしてバタンキュー。


「ああ、そうだった。ここは異世界だったな」


 勝手に一人で納得してベッドから降りる。

 部屋は木造で、小さなスペースにベッドと鏡があるだけの簡易的なものだ。

 状況を把握した途端、お腹が空いてきた。さて、お金も無いしどうしたものかと考えていると、


「龍牙、起きてる?」


 なんて声がした。この声は、と記憶を掘り起こして、たどり着く。


「ああ、今起きた。レッドリー」


 返事をしてドアを開ける。目の前にはレッドリーがいた。


「じゃあ、準備して。ご飯食べにいくから。昨日の集会所、ただでご飯食べれるのよ」

「そりゃあ吉報だ。服はどうすればいいんだ?」

「ああ、それならついでに報酬を受け取ってから買いに行きましょう」






 集会所は朝から盛況だった。屈強な男だらけの光景の中で、その少女──アスーラは一際目立っていた。隣にはブルーガも座っていて、ポトフに似た料理を食べていた。


「おはよう。アスーラ、ブルーガ」


 対面に座って挨拶をし、机の脇に置いてあるメニュー表を手に取る。


「おはよう、龍牙。昨日はよく眠れた?」

「ああ、疲れていたおかげでぐっすりだ」


 アスーラと軽く言葉を交わしながらメニューに目を走らせる。

 朝である事を考えれば肉料理は除外していい。となればパンとスープがいいかもしれない。

 机のベルを鳴らして、注文をする。コーンスープとパンだ。


「龍牙、お前はどこから来たんだ?」


 食事を待っている間に、無機質な声でそう質問したのはブルーガだ。


「どこって、遥か遠い世界から来たとしか言いようがない」

「それは、遠い国から来た、ということか? それとも」

「言葉通り、別の世界から来た人間だ。想像通り、ね」

「そうか。神話は本当だったのか……」


 彼はそう呟いたのち、


「いや、変な質問をしてしまったな。それで、これからどうするつもりだ?」


 これからの事を聞いてきた。


「そうだな……とりあえずわからないことだらけだからな。しばらくの間色々と教えてくれると助かる」

「そうか。アスーラ、どうする?」


 一通り食べ終えたアスーラは顔を上げ、


「うん、いいよ! じゃあ、これからもよろしくね!」

「ああ。よろしく頼む」


 固く握手を交わす。彼女の手は存外小さく、柔らかかった。


「はい、コーンスープとパンです」


 そうしているうちに食事が運ばれてきた。黄色く、トロミのある暖かな液体と丸いパン。

 一口食べて、驚いた。


「こりゃ、うまい……」


 口の中に広がるコーンの甘み。風味豊かで、トウモロコシをそのまま食しているような錯覚さえ覚えるほどだ。

 一切の人工調味料を加えていない味。それこそ、理想的な環境でしっかり育てられたものなのだろう。

 それは、前の世界ではまずあり得ない味だった。

 パンにしてもそうだ。しっかりとした素材を使わなければ出せない味。小麦の優しい風味とバターの味が素晴らしい。

 そういうわけで、あっという間にそれを平らげてしまった。


「はい、こちら報酬の一万ルーンになります」

 受付嬢から昨夜の分の報酬を受け取って、半分と少し……七千ルーン分の紙幣をアスーラに渡した。

「え、こんなには貰えないよ! だって、それは二人で戦った報酬でしょ?」

「だからだ。俺一人じゃどうあっても無理だったし、何より誘ってもらって、おまけに鍛冶屋まで紹介してもらった。それぐらい渡さなけりゃ割りに合わないだろ?ま、それで答えに満足できなけりゃ、ほんの気持ちだと思って受け取ってくれ」


 半ば無理やりに押し付ける。


「え、じゃあ貰っておくけど……次からは半々だからね!」

「わかった。それで? 今日はどうするんだ」

「あー、うん。ねえ、いい仕事有る?」


 アスーラが受付嬢に尋ねた。


「そうですね……あら? 指定任務が出ているわ」

「そう。じゃあそれにする」


 アスーラが間髪入れずに答えた。


「指定任務ってなんだ?」


 隣にいるレッドリーに小声で尋ねる。


「特定の人物に対して依頼される、危険な仕事になるわ。ただ、その代わりに報酬も多額だけれど」

「それがアスーラに?」

「そうよ。彼女の弓の腕は見たでしょう? 彼女には頻繁に指定任務が回されているらしいわ。噂だけどね」


 危険な仕事、それをこなす少女。それを疑問に思わない周囲の大人。そして何よりもそれに対して、一切の躊躇をしないアスーラに腹が立った。

 だから、


「俺も行こう。危険な仕事なら、人手は多いほうがいい」


 躊躇なんて無い。今だけは、目の前の少女を守る為にこの刀を振るうと、決めた。


「危険ですよ。やめておいた方が」

「大丈夫だよ! 龍牙の戦闘力の高さはあたしが保証する」

「そうですか……なら、わかりました」

「これで決まりだね、龍牙!」

「ああ。だが、その前に……」


 あえて少し言い淀んでから、


「服屋を紹介してくれないか?」






 結局、この世界においては極めて一般的だと思われる、布を上から被って腰で縛る服を三着購入した。見た目通りではあるが、だいぶ動きやすい。

 そうした後、ミスリーのお店を訪ねた。


「いらっしゃいませ。あら、龍牙さん」

「おはよう、ミスリーさん。これ、刀の代金。といっても一部だけですけど」

「あら、律儀にどうも。刀の調子はどうですか?」

「ああ、最高ですよ。これなら負ける気がしないって感じです」

「それなら良かったです。でも、定期的に持ってきてくださいね」

「ああ。それではまた」


 これで所持金はゼロ。しかし、特別欲しいものがあるわけでもなし、問題はないだろう。





「任務の内容は、森を抜けた先にある遺跡の調査だ。本来であれば簡単な任務になるが、どうやら未帰還者が続出しているとの事だ」


 時刻はすでに夕暮れ。

 茜色に染まる森の中を歩きながらブルーガが説明してくれている。アスーラは興味なさげに木々から赤い実を摘んで口に放り込んでいる。背中に背負ったリュックサックが揺れていて、可愛らしい。


「そこで、最も強力とされるドラゴンナイトのアスーラにその任務が回ってきた、というわけだ。質問は?」

「無い。レッドリーは?」

「一つだけいいかしら。未帰還者が続出している、という事だけれどまさか、霊骨が確認されている?」

「それについては未確認だが、しかしながら十中八九そうだろうな」

「ちょっと待ってくれ。霊骨ってなんだ?」


 話に割り込んで、疑問を口にする。


「なるほど。それについても知らない、か。であれば説明しよう。霊骨とは、強い残留思念によって動かされる死者の骨だ」


 ブルーガが説明を始める。骨、ゲームで言うところのスケルトン系の敵か。

 ブルーガの説明はなおも続く。


「通常、生命体は死亡するとその意思まで奪われるが、例外的に強い意思を持ったものはこの世界にとどまる。そしてそれがこちらの世界に残された骨に干渉したものが霊骨と呼ばれる奴らだ」

「なるほど。……ん? それだと場合によっては生者に干渉しかねないか?」

「それはあり得ない。彼らが干渉することの出来るものは、命を持たぬものだ。それも、特殊な加工をしたものに限定される」

「つまり、その骨を加工したものがいる、と」

「そうなるな。過去を知ることはできんが、彼らは一種の警備員に近しいものとして使われているようだ」


 なるほど、と返事する。しかし、命を持たぬ敵とはまた、随分冒涜的なのだな、と思う。


「龍牙、君は霊骨相手にどこまでやれると思う?」

「どういう意味だ、ブルーガ」

「なに、自信がなければ対処法を教えて置こうと思ってね」

「やれない事はない、はずだ……」


 少し自信はないが、倒せなくはないはず。


「それは驕りだ。未知の相手をする時は臆病すぎるぐらいがちょうどいい。そうだな、対処法としては、逃げて隠れろ、というのは」

「ブルーガ、ちゃんと戦力になるように説明してあげてよ! ごめんね。ブルーガったら」

「大丈夫だよ、アスーラ。彼の言うことも一理ある。確かに蛮族相手に渡り合えたことで少し調子に乗っていた。ブルーガ、頼めるか」

「まあいいだろう。単純な話だ。骨と骨のつながりを断ち切ればいい」


 それはつまり、物理的にあり得ない動きはできない、ということなのだろう。


「わかった。相手にもよるが、なんとか策は練れそうだ」

「そうか、なら聞かせてもらおう。お前はどう狩る?」

「今は返事できない。そもそも判断材料に欠けている部分がある。とりあえず、現地に着いてから説明するよ」

「考えたものだな。一晩じっくり考えられる、というわけだ」

「まあな。それも、作戦だ」


 嘘、今でっち上げた理由だったりする。


「それで、今日はここで野宿するんだろ?さっさと準備しよう」


 それを誤魔化すように提案する。幸運だったのは、すでにそこが目的のひらけた場所でだったこと、そこで野宿することが決定していたことだった。

 すぐ近く、目に見える位置には小川が流れていて、ちょっとしたキャンプ場にも思える。

 そういうわけで、設営を開始した。






 設営といっても、焚き火を起こして持ち運びの布を敷いて寝るだけの簡素なものだった。

 食事は、焚き火の周囲に耐熱シートを敷いて干し肉を炙ったものだった。いささか獣臭いとは思ったが、奇妙な味がして面白かった。

 そうした後、アスーラとブルーガが先に見張りをするということで、刀を置いて硬い地面に寝転んだのだが──


「ね、寝れん……」


 考えれば当たり前の結果だ。他の人と違って硬い地面で寝ることに慣れていないし、野宿なんて中学校のキャンプ以来だ。

 増してこんな野生生物が支配する森の中で眠ってしまったら、目を覚ました時には胃の中、なんて馬鹿げた空想が脳裏をよぎる。

 仕方がない、と起き上がってアスーラのいるところに向かう。といっても火を超えた反対側にいるのだが。


「眠れないの、龍牙」

「ああ、野宿なんてしたことないからな。少し話し相手になってくれないか」


 接近に近づいたことに気がついたらしいアスーラの声で会話が始まる。

 月明かりに照らされるアスーラの表情は随分と美しく、自分の知る彼女の快活さからは想像もできないほど柔らかかった。

 みんなが寝ているから声を抑えているのだろう。それも彼女の纏う雰囲気を引き立てていた。


「いいよ」


 彼女は少し考えて、


「ねえ龍牙。あなたはどんな世界から来たの?」

「え、ああ。こことは随分と違う世界だ」


 元の世界に想いを馳せる。一つ一つ、はっきりと思い出しながら語る


「こことは違って、明るい場所だった。明るすぎるくらいに。でも、無機質だった」

「無機質だった?」

「ああ。この場所は自然がいっぱいあって、優しい場所だ。でも、あの場所には自然なんてなかった。全てが人工的で、ここと比べたら、死んでいるような場所だ」


 ああ、それでも、と続ける。


「俺の生まれ育った場所で、大切な場所だった。けど、俺はここが好きだ」

「それはどういう?」

「まだこっちに来て二日しか経っていないけれど、この世界は暖かい。見ず知らずの俺に力を貸してくれた人がいて、教えてくれた人がいた」

「それって……」


 呟く少女は俺も言葉を噛みしめるかのように僅かに目をつぶった。


「あたしは、役に立てているのかな......」


 彼女の言葉はらしくない程に弱々しく、不安げだった。


「ああ、俺は君に会えて良かったと思っている。色々教えてくれたし、あの時助けてくれた。多分、一人では蛮族達に殺されていただろう。アスーラ、君は俺にとって恩人だよ」

「良かった……」


 彼女は夜空を見上げた。その目は喜びを語っていて、それが何かひどく歪なものを内包しているように思えた。

 俺も空を見上げる。彼女を見ていると、余計なことまで口走りそうだったから。


「ここは、星が綺麗だな」

「え?」


 夜空には満天の星。一つ一つが煌めいて、宝石箱のようだ。


「前にいた場所では、こんな星空は見えなかった。それに、女の子と一緒に何かを見る、なんてことも無かったしな」

「それって……うん、そうだね。ここは星が綺麗で、それを見ていると救われるような気持ちになるよ」

「救われる?」

「あ、ううん、なんでもないよ。だって……」


 彼女は言葉を切る。俺は、その言葉を追求しようとして、でしゃばりすぎだな、と自制する。

 そうして、二人で肩を並べて無言のまま、夜空を見上げ始めてからどれくらい経ったのだろうか。

 月が真上を通り過ぎて少しした時、アスーラはあくび交じりに言った。


「交代の時間だし、あたしはそろそろ寝るね。龍牙、おやすみ」

「ああ、おやすみ。良い夜を」


 去っていく彼女の背中を見つめる。明日になれば、危険な場所に入る。そこから出た時、あの背中を再び見ることができるのだろうか。


「いかんな。そんな事を考えていちゃ」


 そう、だからこそ誓うんだ。


「俺たちは、絶対に生きて帰る」


 この夜に、誰に聞こえるわけでもない独り言が消えていく。一人つぶやいた、誓いの言葉が。

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