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第四話 蛮族

「レッドリー、行くぞ……」

「えっ? ええ。もちろん」


 深呼吸。ワン、ツー。吸って、吐く。

 足に力を込める。体を低くして、走り出そうとしてとっさに横に跳躍した。

 後ろの木に矢が刺さる。奥に居る一体が放ち終わった弓を構えていた。


「やばい見つかった! アスーラどうする!」


 思わず叫ぶ。それが悪手だと気がついたのはその直後だった。


「作戦通りに突っ込んで! 援護するから!」


 なんて無茶。しかしやるしかない。一息ついて、刀を抜く。持ち手が赤く染まっていて、刀身に一筋、切っ先まで赤く光るラインが引かれている。レッドリーの力が回っているのだろう。

 足に力を込めて前方の空間に跳躍する。着地すると目の前には棍棒を持った醜悪な蛮族。顔は豚のようだが、醜く太っていて、色は青黒い。豚の方がはるかに可愛げのある見た目だ。

 空気が叩きつけられる。わずかに遅れて薄茶色の棍棒が迫る。

 それを右に避けながら刀の峰でいなす。直後に刃を反転させて上に斬り上げる。

 直後、後ろから振り下ろす音。


「後ろか!」


 側転してかわす。かわした先に一体の蛮族。棍棒を振り下ろさんとしている腕に刀を振るって斬り落とす。

 直後、鋭く空気を切り裂く音が背後から聞こえた。振り向くと、一筋の青い光が後ろに迫っていた蛮族の頭を貫いて、消滅した。

 次いでもう一線。奥の敵が貫かれた。それで気がついて、それを放った犯人──アスーラの方を向いた。


「よそ見しないで!」


 それに気がついたのか、彼女は矢を放ちながら注意してきた。

 驚いたのは彼女の後ろだ。澄んだ青の龍がその背後に見えた事だ。光に包まれながら放たれた矢がまるでそれから放たれたかのように錯覚してしまう。


「と……危ねぇ!」


 背後の音に反応して右足を軸に半回転。そのまま蛮族の足を斬り裂いたのと、青い光が頭を貫いたのは僅かなズレもなく同時だった。


「龍牙、ここはアスーラにまかせて小屋まで」

「あ、ああ。任せられるか?」

「任せて! 行くよ、ブルーガ!」


 その目はどこまでも真っ直ぐで、残酷に見えた。彼女なら全滅させるのは容易いだろう。

 なら、俺は俺のやれる事をやらないと。

 それで完璧にギアが入った。

 小屋を見る限り、仮に敵がいた場合、弓はその真価を発揮できない。

 地面を蹴る。体全体がバネになり、身は地面を這い、最高速最短距離で小屋まで突っ走る。

 周囲に青い光が降り注ぐ。それはアスーラが放ち、俺に棍棒を振り下ろさんとする敵を貫く必殺の矢だ。

 目の前に半ば絶叫に近い叫びを上げて棍棒を掲げている蛮族がいる。どうやら視界に入っていなかったようだ。

 振り下ろされる。既に加速しきった体では止まれない。

 頭が潰されるまであと一秒。

 さらに加速する。足が悲鳴をあげる。だが、このままでは死ぬ。

 僅かに軌道を修正。右にずれながら刀を左下に構え、勢いに乗せて斬りつける。


「邪魔だ!」


 刀身が燃える。自分の背後に真っ赤な龍が現れる錯覚。

 燃える刀身は無慈悲に蛮族の胴体を切断した。

 そうして、到着した。木製の小屋の前に。






 ドアを開けて中に入った瞬間、得体の知れない感覚に襲われた。

 内部を見渡しても、特に異常は見当たらない。せいぜい壊れかけの家具程度だ。

 しかし、この違和感は一体何なんだろうか。

 ギアが抜けていく。得体の知れなさから脳細胞がありとあらゆる感覚を殺せと命令してくる。

 そこで思い当たった。これは、紛れもなく、


「死の匂いだ……」


 根拠のない、直感。未だに殲滅の音が続く外と比較してあまりにも静寂すぎる建物の中。


「レッドリー、何か気がついたら些細の事でも教えてくれないか」

「わかったわ。とはいえ、見たところ制圧済み以外変わった──っ!」

「どうした?」

「あれ……右奥の倒れた棚の下」


 目を向けると、人の足らしきものが見えた。

 警戒しながら接近して棚を退けると、死亡した人間が押しつぶされていた。見たところ死後二、三日といったところだろうか。服は着ていない。

 一際目を引いたのは死体の腹部だった。引き裂かれ、その中を晒しているが、その中にあるべきものがすっぽりと抜け落ちていた。

 それが意味する事に思い立って、吐いた。死体を見るのは初めてだったし、それが腐敗の始まった死体ならなおさらだ。

 幸運だったのは仮面の口の部分が開閉できる構造だったことだ。


「最悪だ……」


 深呼吸、落ち着いて遺体を観察する。死因は何だろうか、と観察するうち、頭部の横、左のこめかみの辺りに小さな穴が空いていることに気がついた。

 古今東西ありとあらゆる映画作品で嫌という程見てきたそれは、


「銃創?」


 遺体を裏返して観察すると、背中にも三つ、同程度の穴があった。

 周囲を見渡してあるものを探す。はたしてそれは、あった。

 刃渡り十センチあるかないかぐらいの小さなナイフ。木製の柄に鈍い銀のそれは、目的に最も適していた。

 床に落ちていたナイフを拾い上げて背中の穴を中心に切開する。


「ちょ、ちょっと龍牙」


 レッドリーが困惑した声を上げるが、無視する。

 開いた場所に左右の人差し指を入れて広げると、思った通りそれはあった。

 直径一センチも無いぐらいの筒状のもの、血に濡れて、色はわからないがおそらく金色だろう。

 特徴的なものは片方の先端尖っている事だ。

 何が起こったのか想像される。

 この被害者は背中に三発、ありえない武器で撃たれ、トドメに頭を撃ち抜かれたに違いないだろう。あるいは死体撃ちされたか、だ。


「胸糞悪い話だな、クソッ。レッドリー、この世界にこの国より大きな国はあるか?」

「人の暮らす国でここより大きい国はないわ。どうしたの?」

「じゃあ、弓以上に弾速があって、狙いやすい武器はあるか?」

「それこそありえないわ。弓以外の遠距離武器は存在しない。まさかあなた、そんなものが存在するっていうの?」


 考える。ありえない武器で殺された人、蛮族がそんなものを持って、なおかつ使いこなせるとは思えない。

 少なくとも流通するのなら人間社会から、だ。


「ここには他に何もなさそうだな。戻るか」






 結局、数時間探したものの使われたらしき銃器も見当たらず、撤退することにした。

 外に出るとすでに暗くなっていて、暇を持て余していたアスーラが寝転がっていた。傍らにはブルーガが座っている。


「遅い。何をしていた?」


 僅かな沈黙の後、口を開いたのはブルーガだった。


「中に敵はいなかった。ただ……」


 銃で撃たれていた、と言いかけて思い留まる。この事実は今は黙していたほうがいい。いたずらに恐怖心を煽るメリットはない。


「思ったよりひどい遺体でね。埋葬していた」


 嘘ではなかった。裏手に出て土葬したからだ。


「あ、龍牙! お腹空いちゃったし早く帰ろうよ!」


 アスーラが元気よく言った。それで少し、気持ちが明るくなれた。


「うん、龍牙はそっちの顔のがいいよ。さっきまで酷い顔だったから」


 なんて、大きな笑みを浮かべるものだから、釣られて笑顔になっていくのがわかる。


「ああ、帰ろう。明日からも色々あるだろうし」


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