表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/46

第三話 ブルーガ

その武器屋は建物から十分ぐらいの場所にあった。奥行きのある建物で、例に漏れず石造りだ。


「ミスリー、客連れてきたわよ!」


 アスーラに引っ張られたまま店内に放り込まれる。


「ふぁ……アスーラ、うるさい」


 奥からおっとりとした声が聞こえる。眠たいと主張してもいるその声の主を見る。

 肩まで伸びているクリーム色の髪の毛、ふんわりしていて気持ち良さそうだ。

 服装は半袖の民族服で、着古されている。

 俺が驚いたのはその腕だった。雰囲気とは裏腹に、鍛えられていると一目でわかる。


「見かけない人だね……新人さん? わたしはミスリー。よろしくね」

「あ、ああ。新人の千川龍牙だ。よろしく」

「ごめん。ちょっと待っててもらっていい? 眠気だけ取ってくるわ」


 ミスリーと名乗った女性は慌てて奥に引っ込んで行く。その間に店内を見渡す。

 ガラス棚が左右に五個ずつ並んでいて、その中には剣やら槍やら弓やらが陳列されている。


「おまたせ。それで、どの武器を使うの?」

「剣だ。色々と持ってみたいのだが、いいか?」

「もちろんよ。命を預けるものだもの。しっかり吟味してね」


 ミスリーが棚を開けて一本の両刃の剣を取り出した。


「これとかどう? わたしの自信作」


 受け取って感覚を確かめる。


「使い勝手は良さそうだ。しかしいささか重すぎる」

「じゃあこれは?」


 短剣を手渡される。


「悪くはない。護身用としては最適だ。だけど短すぎるな」


 ふむ、と棚を見て回る。そして最後の棚に来た時、これしかないと思えるものに出会えた。


「これを試したい」

「え、でもそれは……」

「ちょ、ちょっと待って龍牙! それはとてつもなく扱いが難しい剣だよ!」


 アスーラが大声で咎める。


「いいんだ。これしかない」

「わかったわ……」


ミスリーが渋々といった感じでそれを手渡してくる。


「一応、最も出来のいいものを選んだけど......」


 鞘に入ったそれを受け取る。

 僅かに反った鞘から刃を抜くと、鋭い銀色が光を反射する。

 鋭い切っ先、片方だけ存在する刃。鞘に合わせて僅かに反った薄い刀身。

 自然と口角が上がる。前世で鍛錬に使っていた物をそのまま刃物に変えたかのように手に馴染む。


「日本刀……」


 誰にも聞こえないほど小さい声でつぶやく。


「これを貰おう。ただ……」


 そこである事に気がついた。


「代金ならいいわ。餞別よ」

「そう言うわけにもいかない。素晴らしい刀だ。相応の報酬を受け取る権利がある」

「じゃあ、出世払いでお願いしようかしら。どのみち今は払えないと思うから」

「助かる。報酬が入り次第支払いに伺わせてもらう」


 深くお辞儀をする。正直にいってすごくありがたく感じる。


「気をつけてね。剣を受けたら」

「折れる、か。わかっているから大丈夫。うまくいなすさ」


 鞘に戻しながら言う。実際、力よりも技が重要になる。


「重ねて礼を言わせてもらいたい。おかげで心強い物を得ることができた」

「ええ。気をつけて。メンテナンスならいつでも受けるから。アスーラ。彼の事、お願いね」

「わかってるって! ドラゴンナイトアスーラの名にかけてしっかりと鍛えるから!」


 アスーラが自信たっぷりと言わんばかりに胸を張る。そんな彼女の様子を見てから俺は店を出た。






「レッドリー、おまたせ」


 アスーラと共に集会所に戻って、レッドリーに話しかける。


「待ってはいないわ。ちょうど手続きが終わったところよ」

「それは良かった」

「それで武器は……やっぱりそれになるのね」

「反対しないのか? みんな扱いづらいからやめろ、と言うんだが」

「確かに扱いずらいわ。けど、一体化して戦ったからわかる。あなたの戦いはそれに特化していた、とね。むしろそれ以外を選んでいたら選び直させていたわ」


 彼女が小さく笑う。彼女は小さく笑うのがとても似合っていると感じて、しばし見ほれてしまう。


「どうしたのよ?」

「あ、いや。ちょっと物思いにふけっていた」


 あわててごまかす。恥ずかしくて言えるもんか。


「戦場でそんな事にならないようにね。はいこれ」


 彼女が銀色のプレートを手渡してくる。銀の輪に付いたもので、二枚セットだ。


「ドッグタグ?」

「所属証明タグよ。それがあればいろいろなサービスが受けられるわ。飲食店で安くなったり、新聞代が国持ちになったりね」

「そりゃあいい」


 首からかける。重さは感じさせない。いい作りだ。


「それで、アスーラ。あなたの契約龍を紹介してもらえるかしら」


 彼女がアスーラに向き直る。


「そうだね……あ、いた!」


 彼女が空間を見渡して、手を振る。それに気がついたらしい一人の男がこちらに歩いて来る。


「紹介するね。彼があたしの契約龍」

「青龍のブルーガだ。君は見たことないが、新人のドラゴンナイトか」


 青年は淡々と名乗る。

 青い髪と瞳、いかにも好青年ですと言わんばかりの顔は、しかし厳しかった。


「ああ、成り行きでそうなった。千川龍牙だ。よろしく頼む」

「ああ、こちらこそ頼む。しかし、申し訳ない。アスーラが強引に引き込んだのだろう」

「いささか強引だったことは否定しないが、こちらとしてもありがたい申し出だったんだ。謝らないでもらいたい」

「そうか。いや、それを聞けて何よりだ。しかし新人とはいえ戦場に出る身、それを忘れないように」


 握手をする。ゴツゴツした手は、彼が強き者であることを物語っていた。


「それで、そろそろ任務の説明をしてもいい?」


 アスーラが割って入る。


「ああ、頼む」






 町を出て北に二キロのところにある森。

 普段は林業で賑わっているらしいその場所に住み着いた蛮族の討伐。

 それが俺の初任務だった。


「アスーラとは長いのか?」


 すでに茜色に染まった光を浴びる森の中を歩きながらブルーガに聞いてみる。


「彼女とはもう五年になる。最初に会った時はまだ初々しい戦士の卵だったが、成長したものだ」

「そうか。五年前となると、おおよそ十歳か?」

「十三歳の時だな。アスーラは今十八だ」

「へぇ、随分と小柄なんだな」

「そうだな。彼女は少し肉体の成長が遅い。だがまあ、気にすることはないとおもうが」

「そうなのか……」


 少し考える。栄養不足なのか、と考えたがそれは無さそうだ。服の上からしか見ていないが、アスーラの体格は健康的な人間のそれだった。

 とすれば、だ。もとより小柄だったのかもしれない。珍しいことではない。


「考え込んでいるところ悪いが、そろそろ戦地だ。気を引きしめろ」

「あ、ああ」


 意識を戻すと、眼前にはひらけた場所があって、木でできた小屋が奥の方に建っていた。

 小屋を守るようにして醜い豚を人型にしたような蛮族が十体見える。大体は棍棒だが、二体弓を持っている。

 一歩踏み出したらそこは戦場。そう直感した。心臓が跳ね上がる。

 深く息を吸い込んだ。落ち着け、と自分に言い聞かせる。


「龍牙、あたしが援護するから前に出てもらえる?」


 アスーラが指示を出してくる。彼女の目はすでに活発な少女から戦士のそれに変わった。

「ああ。わかった」

「汝、血の盟約に従い水流の弓を顕現させよ」


 アスーラがつぶやく。と同時にブルーガが光を放って消えた。アスーラを見ると、彼女の持つ弓に青い装飾が施されていた。


「龍牙、私たちも」


 隣に並んだレッドリーが言う。が、


「やり方を知らないのだが」

「そう。じゃあこれを読み上げて。頻繁に使うから記憶して」

「なに? 汝、血の盟約に従い我が鎧となりて身を守れ」


 手渡された紙に書かれた文字を読み上げる。どうにも恥ずかしくなるような文だが、やがてなれるだろう。

 隣から光が放たれる。それがレッドリーからのものだと気がついたときには体が燃え始めていた。

 燃えている、というのはあくまで錯覚。つい先ほど感じた感覚だ。そういえば、あれからどれほどの時間が経ったのだろうか。

 感覚としては目覚めたのが朝、そして今が夕方なのだろう。


「龍牙、集中して。血流を合わせるイメージを持つの」


 言われて意識を内に向ける。心臓から流れる血流にもう一つ、存在してはならない血流が存在していて、それが今にも血管を乗っ取ってしまいそうだ。

 それに自らの血流を寄せていく。心拍数を上げて一定に保ち、少しずつ融合させる。

 落ち着け、と自分に言い聞かせながら血流を混ぜ合わせる。

 やがて全身が燃え上がるような錯覚に襲われ、感覚が外に戻った。手のひらを見つめると、そこには深紅の鎧を纏った手があった。

 それを見て自分の中で何かが変わった。意識が、わずかだが戦闘用に切り替わったように思う。

 もっとも、気のせいかもしれないが。


「レッドリー、行くぞ……」


 そして、自らに宿る彼女に向けてそう呟いた


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ