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第一話 転生

 ぼくのしょうらいのゆめはヒーローになることです。

 子供の頃、作文にそう書いた。

 ああ、なんだってこんな死の間際にそんな下らないことを思い出すかな。

 そういえば人間は死ぬ瞬間に過去の出来事を思い出すという。

 つまり、これは走馬灯なのだろう。

 なぜそう思ったのか。その理由はすでに忘れていた。

 体を鍛えようとも、技術を身につけようとも、社会はそんなことは許さなかった。人類は守に値しない、と彼ら自身がそう言ったから。

 だから、そんな夢はとうの昔に捨て去っていたはずだった。

 後に残ったのは無意味な人生。浪費するだけのそれも悪くないと思っていた。

 なのに、今この瞬間俺は確かに助けたいと思った。

 強盗に刺されそうになっている少女を助けなければ長生きできただろう。それでも、助けたいと思ってしまった。

 そして思い出した。夢を。

 せめて、目の前の不幸を終わらせることができたのなら、この無意味な人生にも意味があったのかもしれない。

 そう思いながら俺は意識を手放した。








 鼻をくすぐる匂い。

 柔らかな森の匂い。

 ああ、ここが死後の世界なのかなんて漠然と思う。

 待て、死後の世界だって。

 人間の意識は死んだら無に還る。死後の世界なんてありえない。

 つまり、俺は生きている。少なくとも脳は生きている。

 だが、幻覚にしてはかなりはっきりした匂いだ。

 ゆっくりと目を開ける。柔らかな陽の光が視界を包む。

 上体を起こして刺された腹部をさする。べったりと血が付着しているが、出血はすでにない。


「何が起きているんだ」


 見たこともない光景。生い茂る木々が構成する自然の森。

 少なくとも日本ではありえない光景だろう。

 思考の海に引きずり込まれそうになる。しかし、それを引き留めるものが現れた。

 金属が擦れる音に合わせて、森の奥から男が現れた。

 無機質。

 その男に感じたことはそれだった。

 銀色の髪も、その瞳も、腰にぶら下げている剣も、皮膚でさえ無機質に感じられた。

 唯一有機的なのは身にまとっている服だけだった。最低限の布切れに過ぎないが。

 


「生き残りがいたとはな。奇抜な服装だ。どこで手に入れた?」


 ヤバイ。

 本能が警告する。

 ニゲロ。


「オシャレに気を使うタイプには見えないがな」


 バカ、何を煽っているんだ!


「失礼な奴だ。俺は意外とオシャレ好きでな。まあ、よい。お前を殺して手に入れる」

「それはいいアイディアだ。出来るなら、って前提付きではあるけどな!」


 叫んで走り出す。とにかく逃げる。それ以外の思考は置いてきた。

 とにかく遠くに、少しでも引き離さないと。

 しかし──


「ぐぁ!」


 視界が落ちた。

 最悪だ。何かにつまずいて転んでしまうなんて。


「運が悪かったな。そんなモノにつまずくなんて。死ぬがよい」


 障害物を見る。

 死体だ。それもまだ新鮮な死体だ。一太刀で仕留められたのが見て取れる。

 俺もこうなるのか。

 訳の分からない場所で、訳の分からないまま殺される。

「じょおおおおおおだんじゃない!」

 そう叫んでもどうにもならない。殺される。


「はぁっ!」


 しかし、そんな俺の運命を変えるものが現れた。


「ッ!」


 灰色のローブで顔を隠した人。声で女性とわかる。その人が俺の前に躍り出て男を斬りつけたのだ。

 男は後ろに飛んで距離を取る。


「ギンリュウよ。無関係な人間をやらせはしない!」

「見られたからには殺すまでよ。それが我らギンリュウのやり方。知っておるだろう。コウリュウの女よ。それよりも、だ。契約者なきリュウがこの俺に勝てるとでも」

「もちろん勝つわ。ギンリュウ如きに私が遅れをとることはない!」


 コウリュウと呼ばれた女性が叫ぶと同時に斬りかかる。ギンリュウと呼ばれた男は剣を抜いてそれを受け止める。

 甲高い音を立てて剣が火花を散らす。女性が剣を下から斬りあげるが、男がそれを受け止めて力任せに振り切る。


「くっ!」


 女性が吹き飛び、受け身をとって地面に着地する。衝撃で土がわずかにえぐれた。

 フードが取れる。長く、赤い髪を後ろで束ねている。

 俺はたまらず後ろに後ずさる。

 小さな音と共に足に何か当たった。目を落とすと、その正体は死体が持っていたであろう剣だった。

 たまらず剣を手に取る。ずっしりとした剣は本物だと実感させられる。騎士が使うような両刃の剣だ。好みではないけれど、選り好みはしていられない。

 落ち着け、冷静に。やれるはずだ。

 自分に言い聞かせて体をギリギリまで地面に近づける。

 足に力を入れて走り出す。


「あなた、何を!?」

「この野郎!」


 あえて声を出す。牽制の効果を考えれば女性の声が有難い。


「ふん!」


 声に気がついたのか、気づいていたのか。男が剣を振り下ろす。それを剣でいなした。


「ぐぅ!」


 軋む腕を抑えて刃を返し、斬りつける。


「やった! ……!?」


 剣が弾かれる。男は鎧を付けていない。間違いなく体に当たったはずだ。じゃあ、なぜ弾かれる。

 混乱する思考は男の蹴りで引き戻される。体が吹き飛び、背中を打ちつけながら女性の横に墜落する。

 幸い、腐葉土なのか柔らかいおかげで痛みは少ない。


「やっぱり勝てないわよね……あなた、名前は?」

「千川龍牙だ」

「龍牙、変わった名前ね。私はレッドリー。もしこの状況から起死回生の一手を打てるとしたら、僅かな可能性でも賭ける気ある?」

「変わった名前はそっちじゃないか。だが……乗った。どうすればいい」

「私と契約して。もしドラゴンナイトの資格があるならこの状況を打破できるわ。ただし、資格がなければ共倒れ。私の言葉に続いて」


 レッドリーと名乗った女性がが問いかけて、手を差し出してくる。俺は手を合わせて指を絡める。


「テストも無しで契約か、面白い。やってみろ!」

「汝、我と血の盟約を結べ」


 繰り返す。


「汝、我と血の盟約を結べ」


 脳裏に文章が浮かぶ。次に言うべき言葉が手に取るようだ。


「汝、血の盟約を受けるのならばその力を我に貸し与えよ」

「我が力、血の盟約に従い汝にその力を貸し与えよう」

「我、血の盟約によりその力借り受ける」


 左腕に痛みが走る。だが、耐えなければいけないと思い、歯をくいしばる。


「我、その契約を受け入れよう」


 声が合う。体に彼女の力が満ち、彼女の体そのものが鎧となって身を包む。

 体が燃えるように熱い。しかしそれは危機を感じるそれではなく、力強さの表れだった。


「まさか、契約を完了させるとはな。かなりの素質があったようだ。惜しいことをした」


 男が剣を構える。


「今なら負ける気がしねぇな!」


 赤い装飾に変化した剣を握りなおし、突っ込む。振り下ろされる剣をいなし、刃を返して斬る。

 今度は確かに当たったようで、手応えがあった。

 そのまま再び刃を返して振り下ろす。男が数歩下がったところを踏み込んで横に薙ぎ払った。


「ぐぅ! 貴様の剣、我流か?」

「そうだ。お前のような奴には負けない。そのための剣だ」


 しっかりと目を合わせ、力強く答える。


「ククク、ハハハハハハ!」

「何がおかしい!?」

「いや、お前ほどの剣士と相まみえることが出来るのが嬉しくてな。だが、互いに本調子じゃない。だろ?」

「よくわかったな。俺の剣技にこの剣は相性が悪い」

「面白い。いずれ、本気でやり合える時に会おう!」


 男は大きく跳躍して見えなくなった。その姿は木々に紛れ、見えなくなった。


「追わないと」


 レッドリーの声が脳に響く。一体化しているからなのか、それは体内で反響する。


「いや、もう遅い。完全に見失った。それで、どうすれば戻れる?」

「私に意識を預けて。一瞬だけね」


 彼女の言う通りにする。すると目の前にレッドリーが現れた。まるで最初からそこに立っていたかのようだ。

 理屈はわからないが、それは今考えるべきことではない。

 今思考するべきなのは、ただ一つ。


「奴はどこに行ったんだ?」

「わからないわ。けど、しばらくここには近寄らないはず」

「なんでだ?」

「あなたと決着をつけるまでは遭遇を避けるためよ。彼は恐らく、戦闘を楽しんでいる。あなたがより強くなるまで、姿を現さないと思うわ」

「なるほどね」

「それより問題はあなたよ。色々聞きたいことがあるわ。街に行くわよ」

「おい、ちょっと待てよ。何がどうなっているんだ」

「それもついてから説明するわ」


 全くもってわけがわからない。しかし、街があるのなら情報も得やすいだろう。とにかくついて行くことに決めた。

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