這い寄る水
波打ち際で瓶に入った手帳を見つけた。
瓶に栓はなかったのに手帳は全く濡れていなかった。
その手帳を気まぐれに拾い上げたのは、私も手帳愛用者だから。
アナログの手帳は良い。
一度スマホを水没させてデータを全損させた経験のある身としては、多少水に濡れたところで読むことのできる手帳は非常に心強い。
でもこの手帳は濡れていない。
もしかして浜に打ち上げられて、蹴飛ばされた拍子に栓が外れたのかな。
というか瓶自体もいつの間にかなくなっている。
ガラスとはちょっと違う感触の瓶だったけれど、私もうっかり蹴飛ばしてしまったのだろうか。
まあ何にせよ、今の世の中で数少ない同志のものであろうこの手帳はしっかりと保護させていただきましたよ。
そもそも持ち主さんはどうしてこの手帳を瓶に入れて海に投げたりしたのかって方が気になる。
でも意図的と決めつけるのも良くないか。うっかり落としたのかもしれないし。
高級感漂う黒革の表紙にそっと触れる。
なめらかな手触り。それだけで胸が高鳴る――だけじゃなく、背中にもゾクリと何かを感じた。
もしかして、遺品だったりして。
いやいやいや。私には霊感などないはず。
考えすぎは良くないな。
肩をすくめて改めて手帳を見る。
まだ真新しい。
ふふふ。君も早く使い込まれて、私の手帳のように味のある手帳に育つのだぞ。
ついつい友人の子供を見るような目になってしまう。
となると余計に思い入れが強くなる。
この素敵な手帳を、是非とも持ち主まで届けてあげたいという気持ちも湧く。
これはあくまでも人助けのため――他人の手帳の中身を勝手に覗く罪悪感や下卑た好奇心を、誰のものか特定できなければ返すことができないという自己正当化で無理やり塗り潰して、えいやと最初の一頁を開いた。
中は綺麗だった。
最初の十数頁には何も記入されていない。
まさか新品か、と思ったそのとき、ようやく最初の書き込みを見つけた。
四月一日に。
『入社式。8:10梅田改札前』
改札というからには待ち合わせだろうか。
友人か、それとも入社前に知り合いになった同期か、まさか先輩ということはないだろう。
それに梅田と一口に言っても阪急と阪神と御堂筋線とがある。場合によっては東梅田や西梅田もあるし、どの梅田かが特定できたとしても、それぞれの梅田駅に改札は一つというわけではない。
もしかして梅田初心者だろうか。
なんという初々しさ。書いてある内容からも間違いなく新社会人だろう。
それなら旧年度中の予定には何も書いていないのも肯ける。
新社会人の新生活の第一歩をこの手帳の使い初めにするつもりだったんだ。
自分の手帳を初めて使い初めたときのことを思い出して胸が熱くなる。
それなのにその大事な手帳を落としちゃうなんて、本当にうっかりさんだなぁ。
透けて見える人物像に思わず頬がほころんだ。
だから四月第一週以降の頁にも何の書き込みもなかったことを特に気に留めたりはしなかった。
さらにパラパラと頁をめくる。
場所が特定できるなら、届けてあげるという手段を取れなくもない。
でも梅田の改札前はあまりにもアバウト過ぎる。
せめてもう少し手がかりが――ふと目に入った頁を、反射的に閉じた。
何か見てはいけないものを見てしまった気がして。
その頁は、ほとんど真っ黒だった。
それもボールペンらしき筆圧が幾重にも重なり、平面なはずの紙面に立体を感じたほど。
病的なまでの凹凸。
いったん深呼吸してから再び手帳を開く。
さっき見た頁まで静かにめくる。
それは、罫線のないフリーページ部分。
本能的に感じる生理的嫌悪をぐっと堪え、筆の跡をじっくり見つめる。
んん?
これは、何だ?
何か一つの絵を描こうとしたのではなく、一つの絵が、その絵のモデルが、ずっと動き続ける様を描き留めようとした?
もしくは何度も描き直している?
あれ?
ところどころに文字も書かれている。
『ハイカイ』
カタカナで。
この雰囲気だと「俳諧」ってことはないだろう。じゃあ「徘徊」?
そんな予想をすぐに正解だと感じてしまったのは、その近くにあった文字が読めたせい。
『にげられない』
よくよく見れば他にも短い言葉が幾つも書いてある。
『みたらダメ』
『みてたら目ができる』
『目があうとおってくる』
『人のかたちマネる』
真似る?
幾重にも重ねられた線の中に、それらの言葉が表すナニカを探そうとして、決定的な一文を見つけてしまった。
『山下がくわれた』
再び背筋に悪寒が走る。
食われた?
他に当てはまりそうな漢字が思いつかない。
ということは生物?
この、得体の知れない黒く何度も描き直された線は、何かの生物を表している?
イタズラかも――そう思おうとしたが、この頁から伝わってくる迫力を、必死さを、どうしても虚構だと切り捨てられない自分も居る。
ドッキリであって欲しい。これほどリアルで心が揺さぶられるドッキリならば、かけられたこちらがお金を払ってもいいくらい。そう、新しいタイプのお化け屋敷とか。
非現実的な内容を現実の枠に押し込めようと思考であがく。
この手帳が何かの小道具である確証を得たくて、次の頁をめくる。
想像通り前頁の筆圧の影響で波打っていたそこに、震えた筆跡でこう書いてあった。
『とうとうしゃべった』
それとほぼ同時だった。
「てちょう」
そんな言葉を耳にしたのは。
背筋が凍った。
さっきのゾクリとは比べ物にならないほどの――それほど悍ましい声だった。
人の声によく似ているけれど根本的に違うと感じたのは、人には出せなさそうな音を幾つも重ねて無理やり「人の声」を合成したように聞こえたから。
いやそれよりも、すぐ近くから発せられた音ということが。
反射的に飛び退った。音がした方向とは反対方向へ――そのさなか、視界の端に見えたモノ。
人のかたちをマネている、と思った。
ただそのかたちをしているだけ。
晴れた日に海を覗き込んで見える青い色をしたゲル状の塊が、表面張力で人の形に保とうとしているような。
しかもその青は、透明感があるにも関わらず、光が全く反射していない。
吸い込まれそうな青。
その奥の青は濃く見える。深海を想起させる濃い深い青。
突然の出来事に私は一瞬、動きを止めた。眼前の理解できない光景を脳内で処理できなくて。
その隙を突かれた。
ソレの青い手がすーっと伸びた。人の形を大きく超えて文字通り本当に伸びた。
私の左手に、というか手帳に。
そして私の手首から先ごと手帳を包みこんだ。
「握る」に似ていたが違う。「包み込む」に近い。
捕食という言葉が頭に浮かんだのは、私の手の甲から幾筋もの赤いものが青い手の中へと流れ込むのが見えるから。
痺れるような痛み。真冬の冷たい水に手を突っ込んだときのように。
青い手の中に流れ込んだ赤は、やがて「赤い水」として青い人のかたちの外側へと分離する。
腸のようにモコモコとした形状を次第に膨らませながら、青い人の形の頭部を取り囲むように巻き付いてゆく。ライオンのたてがみ、いや、この生々しい脈動感は、臓物以外のナニモノにも見えないか。
その赤い部分に唐突に、幾つもの目が開かれたとき、あの手帳に書かれていたことを思い出した。
『みたらダメ』
『みてたら目ができる』
だがこの謎のナニカの前で目を閉じることはできなかった。
野生動物じゃないけれど、後ろを向いた途端に襲われそうな不安のせいで。
見つめないように視線を外し、でも完全に視界の外に出すのも怖くて。
そこでようやく手帳を持っていた手を思い切り引き抜いた。
あっさりと引き抜けた。手帳を放したからだろうか。
私の手の表面には火傷のような跡が――そんなのは後でいい。逃げなきゃ。
逃げ――たい、はずなのに、膝に力が入らない。
いまだに痺れている左手からは、なぜかまだ私の生命を抜かれ続けているような気がする。
手の表面はいまだにねっとりと何かに覆われている。
もう嫌だ――あれ。なんで視界が暗くなる?
自分の意識が遠くなってゆく瞬間を、やけにゆっくりと感じていた。
こうじゃないのに。失神なんていう現実逃避なんかじゃなく、物理的にここから逃げたいのに。
意識が暗い海の底へ、沈んで、ゆく。
そのとき大きな声が近づいてきた。
犬の激しい吠え声が。
さっきの合成された音じゃない。本物の犬の、声。
ああ、最期に聞くのが、ナニカが人をマネた音じゃなくて、良かった。
意識が戻ったのは病室だった。
犬の散歩をしていたご夫婦が、砂浜で倒れる私を目撃して通報してくださったらしい。
左手には包帯が巻かれていたがなんとか動くようだ。
看護師が説明してくれたのは、手の傷は薬品か何かで爛れたのかもしれないということ。
それでいい。
説明したって信じてもらえないだろうし、もうあのこと自体思い出したくもない。
それに。
アレを見てしまったからわかる。
万博のあのキャラクターをデザインしたのは、間違いなくアレを知っている者なのだろうと。
ということは、自治体や国がアレの側に立っている恐れもあるということ。
もう一つの懸念。
それはアレに触られてわかったこと。
最初に手に持ったときに瓶だと感じたのは間違っていた。
今思えばアレの冷たい感触と同じだった。
ということは、アレは、姿を変えることができて、そしてあのサイズから人間大まで自在に大きさも変えられるということ。
私のすぐ近くに潜んでいるかもしれない。
この点滴だって信用できない。
もしかして私がこの病院に運び込まれたのだって――。
私は逃げ延びてみせる。
ただ、私のこの失踪が失敗に終わってしまったときのために、この私の実話体験談を世の中へ広めてほしい。
そして気を付けてほしい。
生き延びてほしい。
私の、そしてこれを読んでくれたあなた(がた)の、幸運を祈る。
そんな文章がびっしりと書き込まれた緑色の古びた革の手帳を、都内のネカフェで拾った。
<終>