ある異世界の王国が滅んだ理由
気晴らしで書きました。
前から思っていたこんな話あったらいいなぁと思って書いたやつです。
ターリキ王国のホーガン王太子は非常にイラついていた。
以前使っていた勇者が死に、さらには奴隷の聖女まで病で死んだせいだった。
「ええい! さっさと次の奴隷を喚べ! 俺の時間をこれ以上浪費させるな!」
異世界から召喚する際には立ち会わなければならないために仕方なくだがホーガン王太子は召喚の間で待たざるを得なくなっていた。
召喚の間は地下にあり、中央に描かれた魔法陣の中に召喚された犠牲者が現れる仕組みとなっている。
「何度もやってきたことだ! いつまでグズグズしている!」
そう、この世界では何度も勇者や聖女を召喚している。
この世界には定期的に魔王が現れ人類に牙をむいてくる。魔王は世界の淀みが形になるもので勇者でしか倒せず、淀みが形にならずとも世界に蔓延すれば多くの者が死に至る。淀みを晴らすことが出来るのは聖女だけだった。
本来は勇者も聖女も探せばこの世界に存在しているはずだった。事実四百年以上前はそうしていたのだから。しかし、二百年前にどうしても勇者も聖女も見つからない時があり、哀れんだ女神によって一度きりの約束で異世界から勇者と聖女が召喚されたのだ。
世界は救われたが、異世界から召喚された勇者と聖女はこの世界の勇者と聖女よりもはるかに強大な力を持っていたために世界はおかしな方へと狂っていく。
強い兵器として勇者が呼ばれ、優秀な子を残すために花嫁として聖女が呼ばれるようになっていったのだ。しかも最悪なことにある王国が作り上げた隷属させる魔術のせいで逆らうことも出来なくなった異世界人達は利用され、使い潰されることが当たり前となっていった。
ホーガン王太子の剣幕に押され急いで準備を終えた魔術師たちは召喚の儀に取り掛かる。
「「「yatterarenn、konnnaburakkuna、kannkyoudematomona、seikatudekirumonnka、yameteyaru!!」」」
詠唱が始まれば後は出てくるおもちゃを待つだけでしかない。ホーガン王太子は次のおもちゃを想像していやらしい笑みを浮かべていた。
やがて魔法陣に光が走り目を開けていられないほどの強い光が発せられる。ゆっくりと光が収まった後そこにあったのは一枚の紙きれだった。
「……紙切れだと? どういうことだ! 説明しろ!」
「お、お待ちください! 術は成功したのです。ですからこれは何かの間違いではないかと」
一人の魔術師が慌てて言い訳をするがホーガン王太子は聞くつもりは無かった。床に落ちている紙を拾い上げてみると何やら書かれているようだった。
「異世界召喚を行おうとしているあなたへ。異世界召喚は紛れもない拉致行為です。また当世界からあなたの世界へ無条件に人材を提供する理由もありません。今後は二度と異世界召喚などなされぬようにお願い申し上げます。なお、再度異世界召喚を行われた場合は報復措置を取らせていただきますのでご了承ください……だと! なんだこれは!?」
ホーガン王太子の怒りは凄まじく紙をビリビリに引きちぎった後血走った目で魔術師たちへと告げた。
「いいか! さっさと奴隷を召喚しろ! 二人などとつまらないことは言うなよ! 数十人まとめて呼んでこい!」
「数十人ですか!? しかし、それは過去に例のないことで……」
「俺に逆らって死ぬか、素直に従って報酬を得るか選べ」
冷たいホーガン王太子の目に魔術師達は誰も逆らうことは出来なかった。それに魔術師達も別に異世界から召喚される人間に同情したわけではなかった。人数が多いことによる魔力消費を恐れただけで、よその世界の人間がどうなろうとどうでも良かったのだから。
「「「yatterarenn、konnnaburakkuna、kannkyoudematomona、seikatudekirumonnka、yameteyaru!!」」」
異世界からまたもや呼び寄せようと呪文が紡がれる。またもや魔法陣が光り輝き、光が収まると魔法陣の中央に今度は鉄の塊が現れていた。
「今度はいったいなんだというのだ!」
ホーガン王太子の苛立つ声に怯えながら魔術師達は鉄の塊を調べ始める。しかし、鉄の塊は円柱状の形をしており、中央に時間を現す表示があるということしかわからなかった。
「それでこれはいったい何なのだ!?」
「恐れながら殿下。この文字盤は恐らく時間を計っている物と思われます。中央の文字盤の数値がゼロになると何らかの効果を発揮するのだと思われます」
「思われますばかりで話にならん! それであとどのくらい待てばいいのだ!」
「あと二分ほどでしょうか?」
ホーガン王太子は二分も待つつもりなど無く、鉄の塊をどかすように指示すると次の召喚を命じた。魔術師達は疲労困憊であったが逆らえばどんな目にあわされるか分からないので従うしかなかった。
「今度こそまともな奴隷を喚ぶのだ!」
ホーガン王太子の頭の中には先ほどの紙に描かれた警告のことなどもう頭にはなかった。しかし、それで彼は幸せだったのかもしれない。
タイマーがゼロになった瞬間、鉄の塊から膨大なエネルギーが溢れ王城どころか国一つ丸々飲み込んで消えることを一切知らずに消滅できたのだから。
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「次元消滅爆弾送還完了しました」
モニターの向こうで女性技師が上司である男に報告をする。報告を受けた男はそのまま電話をかけ始めた。
「もしもし、局長、私です。予定通り異世界召喚対策の実験は成功しました」
『そう! 結果は上々ね?』
「はい、これで異世界召喚は事実上脅威では無くなりました」
『素晴らしいわね。これで人類は厄介な問題を一つ乗り越えたわ』
「それでは記者会見は予定通りに」
『任せるわね』
男は電話を切ると椅子に深々と座りこむ。ようやく、ようやくここまで来たのだ。勇者召喚のための異世界召喚という拉致行為に息子と娘を奪われ、さらに妻まで聖女とかいうたわ言のために奪われた。行方不明になった子供と妻を探すために人生を費やしたと言っても過言ではない。
世界中で急に人がいなくなる事件が多発し始めたのはいつからだったろうか。どこをどう探しても見つからずに絶望する人が多い中、ある科学者が突飛な説を唱えたのだ。
――被害者は異世界召喚されたのだと。
最初大勢の人には笑われて馬鹿にされた説だったが、被害者が増えるにつれてそうとしか言えない現象が目撃されるようになっていった。
魔法陣が現れて息子を連れて行った。
高校の教室が光ったかと思うと生徒が全員姿を消していた。
女性がいきなり浅い水たまりの中に落ちた。
そしてある日、異世界からの帰還者を名乗る男子生徒が現れると事態は一変したのだ。この世界には存在しない鉱石や生物の革などを所持していたために彼の話が本当だと判明したのだ。当初各国は異世界の利用と植民地化を考え始めたが、世界が違うという壁に阻まれることとなる。
それでもと実験を強行した結果、不用意に他の世界と繋げてしまい魔物としか呼べないような多くの生物が地球へと襲来する事件が起きたのだ。多くの犠牲者と生態系へのダメージを残しただけのこの実験を契機に異世界への植民地化は見送られることとなり、研究は一時停滞することとなった。
しかし、地球から異世界へと召喚される被害者は後を絶たず、ついには大国の大統領の娘までもが召喚される事態となってしまう。
世界は考えた。世界の壁に阻まれたとしてもこのままにしておけばやがて自分の大事な存在まで奪われるだろうと。それに異世界から不用意にこちらの世界に物を持ってくれば未知の病原菌が猛威を振るうかもしれない。
世界が違う以上は互いに不干渉であるべきだ。
ならば異世界召喚を防ぐしかないと。
こうして国連主体の対異世界組織としてguardians against the other world(異世界対抗防衛組織)、通称GATOWが結成されることとなる。
十年以上家族を探していた男がたどり着いたのもこのGATOWだった。この頃には異世界関係の技術も格段に進歩しており、攫われた被害者がどの世界にいるのか、どうしているかを知ることまで出来るようになっていた。
しかし、残酷なことに連れ戻すことだけは成功しておらず、被害者が帰ってくる方法は以前帰ってきた男子生徒のように自力で帰ってくるしかなかった。
男はGATOWで働き始めるとすぐに家族のことを探し始めた。最悪連れ去られた世界で幸せにしてくれているのならばそれでよかった。
しかし、息子と娘は勇者として使い潰され、妻は聖女として多くの血を残すことを強制され自由も尊厳も無いまま亡くなっていたのだ。この事実は男を打ちのめし復讐鬼へと変えるのに十分だった。仕事に打ち込み出世のためならば何でもした。やがて男がそれなりの地位に就いた時、転機がやって来たのだ。
異世界召喚を検知するシステムが発明されたのだ。これでどんな時であっても不意を突かれることは無くなる。あとは召喚させないように妨害するだけであった。
しかし、そこで男は異なる主張を展開しだしたのだ。
「元を絶たねばいたちごっこに終わるだけです」
この言葉は多くの人の願いでもあったためか、組織の方針はただ妨害するだけではなく原因の排除という方向に流れていくこととなる。
そしてある軍事アドバイザーのSNSでのある呟きが世界に衝撃をもたらした。
「どうせなら処理しきれなくなった兵器とか召喚される際に押し付けてしまえばいいんじゃない?」
悪魔的な発想だったが多くの問題を解決できる妙案でもあったのだ。核競争が過熱する中で核が抑止力足り得なくなった人類は次元ごと消滅させる兵器や凶悪な生物兵器などを数多く作り出し、処理に困る事態へと発展していた。
ならばいっそのこと異世界召喚される際に被害者と入れ替えて送りつけてしまえば良い。その際に向こうの世界で発動するようにしてしまえば駆除も出来て一石二鳥という考えが主流になるのに時間はかからなかった。
こうして人類は手に余る兵器の処分法と異世界召喚の被害者を出さないようにする方法を見出すことに成功したのだ。今でも被害者を連れ戻す努力は続けられているが、中には異世界召喚をしたせいで地球の兵器が発動し滅んでしまった世界もあるので全ての被害者を救うことは出来てはいなかった。
こうした問題に対してある記者がGATOWの局長にこう尋ねたことがある。
「攫われた被害者ごと攻撃するのが問題ないというのですか?」
「全ての世界を識別して攻撃対象外にすることは現状不可能です。ですから可能な限り早急に被害者の救出をすることを優先していきます。全てはこれ以上の被害者を出さないためだとご理解いただきたい」
「では他の世界を滅ぼすことに関してはどうなのですか?」
「……面白いことを言いますね。他の世界がどうなろうと我々の世界は痛くありませんが?」
これはざまぁというよりももはや戦争だと思う気がするんですが。