3話 慣れてきたわ
ふわああっと目を覚ます。壁にかかる時計を見る。今は昼の1時半。思い出せないが何かとてつもない夢を見ていた気がする。怖いような、うれしいような…。全然思い出せない。ヤバい、これは記憶力の低下だと内心俺は焦る。テレビで見たことあるような気がする。働かないで頭を使わずに不規則な生活をし過ぎたせいだ。脳が委縮して俺は若年性アルツハイマーにでもなったのかもしれない。
「あああ、俺はもう終わりだ。終わりだ。ブヒ~」
と寝ながらぼそぼそとつぶやく。今日は何しようかと布団にくるまりながら考える。
「ん~、まず炊き込みと洗濯、その間に買い出し。ん~、そのあとは図書館で脳トレの本を借りる。そのあとはアニメでも見るか。よしっと」
今日のやるべきことが定まりゆっくりと起き上がる。米をとぎ、五目炊き込みご飯を炊く。俺は米が大好きだから基本これしか食わない。でも炊き込みご飯は健康的ってネットにも書いてあったし、俺自身この生活をずっと続けているが問題ない。病気1つしないんだ。その後、一週間ため込んだ服を洗濯機にぶち込む。一段落終えると、椅子に腰かけ、テレビをつける。見慣れた番組に思い出し、
「今日は日曜日か」
とつぶやく。ハッ、いかんいかん。つい食い入るように見てしまった。俺は慌てて近所のスーパーに出かけた。スーパーに着くとふと、スーパーの入り口に設置された宝くじ売り場に目が付く。いつもは気に掛けることもないのだが…。俺は心の中で宝くじを買うジジババ達をバカにしている。あんなのに期待するバカはろくでもない底辺やろなぁって。俺はスーパーに入った。
俺は買い出しが終わり自宅に戻る。洗濯物を干し、炊けた米を素手で貪る。
「アチャチャチャ、ハフー、ハフー。うまし」
俺は基本素手。なぜなら食器を洗うのが面倒くさいからだ。食器を洗う面倒くささに比べたら手に着く熱さやべたつきはあまり気にならない。
一分で食い終わり、図書館に行くことにする。図書館に行くって決めたはいいものの、俺は図書館がどこにあるのかさっぱりわからない。おもむろにスマホで場所を調べる。俺は徒歩移動しかしないので遠かったらどうしようかと思った。調べてみると徒歩十分、意外と近くにある。俺は案外便利な場所に住んでいるようだ。
今日は天気がいい。太陽の光というものは気持ちのいいものだ。そういえば、テレビで日の光は鬱を治すとか言ってたっけ。俺は軽快に鼻歌を歌いながら図書館に向かう。
図書館に入る。くっせー。古本屋のにおいだ。老人以外にもちらほらと自分と同年代らしき人達も見受けられ、皆暇なんだなと安心する。
どれどれ、健康分野、健康分野と。パラパラと健康に関する本や脳トレの本を見漁る。俺は健康についてはうるさいのだ。日頃から俺が死んだときの妄想をよくするが、絶対に孤独死確定なのは事実だ。現在よく連絡を取り合う友達もおらず、家族とも一切連絡とっていない。宅急便のおっさんのふりして俺にナイフを突き立てたら確実に完全犯罪が成り立ってしまうだろう。まあ、そんなキチはいないとしても突然死などもありえる。俺が突然死んでも誰にも気づかれずにミイラ化するだろうし、近所の人には家の周囲に異臭がただよう引きこもりのおっさんがひっそり住んでると勘違いされる。だから俺は何が何でも死んではならない。それに結婚も微塵も諦めていない。俺はクズニートだが、根っから腐りきったクズニートではないのだ。高校で俺意外にも将来ニート予備軍が数人いたが、あんなうじうじ野郎と一緒にされたら困る。俺は日々健康に生き、いつか幸せを勝ち取るのだ。来年からはちゃんと仕事する。たぶん。
俺は集中力が無く、本を読んでいる最中すぐ、別のことを考えてしまう。とりあえず数冊本を読んでわかったことは適度な運動と睡眠だ。完全に定着した昼夜逆転生活はなかなか止められるもんじゃないが、徐々に治しておこう。
自分の腹を見つめる。運動ねぇ…。ジムでバキバキになったらモテまくるんじゃないか。ふと、自分の高校時代を思い出す。デブな俺をバカにするヒョロガリ達を、体重差をフルで使ってぶっ飛ばし、その時俺は自分がめちゃくちゃ強いことを知るんだ。その後はヤンキーグループとオタクグループの両方と仲良くなり、ヤンキーグループに所属したおかげで彼女が数人できた。やっぱり女は強いやつを本能的に好むんだ。バッキバキになった自分にキャーキャー言いながら女達が群がってくる様子を想像する。ムフフ。よし、明日ぐらいからジム探すか。とりあえず、「見ただけで頭がよくなる本」というのだけを借りて帰宅する。
帰ってからはひたすらアニメだ。買い出しのとき買った自分のお気に入りのポテチ塩味を食べながらだらだらと見続ける。アニメを見ると時の流れが早い。あっという間に深夜になってしまった。今日は変な夢を見た気がして憂鬱な気持ちにさせられたが、悪くない日だった。目標が見つけられたのだ。鏡の前でポージングの練習をする。あ~、ジム楽しみだな~。ゴロンとベッドに転がり、俺は眠りについた。
「ねえ、起きて。起きてってば」
うるせー。甲高い目障りな声が聞こえる。薄目を開けると俺の顔を覗き込む美少女がいた。ドキッ。俺は飛び起きる。
「もー、全然起きないじゃん」
真下に布団に寝転がったパンイチのおっさんがおり、自分が幽体離脱していることに気づく。
「ああああ!!」
俺は昨日の出来事を思い出した。それにしてもこいつこんなにかわいいのか。自分の心臓がドキドキしているのが分かる。完全に好きになってしまった。ちょっとしたことですぐ好きになってしまう自分自身のチョロさが恨めしい。いや、それだけじゃない。俺は今まで三次元ロリコン野郎をさんざん叩きまくってきた経歴がある。だから、俺自身がロリコンになることはあってはならない。自分を奮い立たせ、撥ねつけるように叫ぶ。
「ああああああ!!このクソガキがあああああああ!!!」
突然の俺の絶叫にも関わらず、何か心当たりがあるように天使は俯く。そのことをきっかけに俺は宝くじの件を思い出す。
「ああああああ!!やっぱりクソガキがああああああ!!!」
「ホントにごめん。皆してるから私もできると思ったんだよ。でも、私が上界に行くときには絶対大きな夢を叶えてあげるから。でも、1つ弁解させて。君も全く買う素振りを見せないじゃないか。言ったのは君なんだからまずは買ってよ」
俺は冷静さを取り戻し普通に話す。
「いや、起きたらここでの記憶が完全に無くなってて、だから俺が買うのは無理だよ」
「ええっ!記憶ないの。おっかしいなぁ。今はあるんだよね。今日の夜あたり他の天使に聞いてみるよ。」
天使はその後もぶつぶつと独り言をしており、俺はしばらく間をおいて天使に問いかける。
「お、お前ってさ、な、名前なんて言うの。なんか、俺も、名前で呼びたいなあとか思って」
きょどりすぎた。脳内反省をするのも束の間、天使はうれしそうに答える。
「私はミカ! ミカって呼んで! 私もお前って呼ばれるのすっごくむかついてたからよかった」
「お、おう。ミカだな。ミカって呼ぶわ」
少し心がときめいていた。脳内で俺自身に言い訳をする。
違う。違うんだこれは。俺はロリコンなんかじゃない。これはコミュニケーションの一環であって…。
「じゃあ、さっそく探すよ」
天使はうなりながらいつものポーズをとる。悪魔を必死に探しているようだ。俺は昨日の悪魔の戦いを思い出しながら手を振る。たしか…
「手刀空波!」
シュンシュン
ちゃんと発動してホッとする。ちゃんと戦えるぞ。
「よし、見つけた。あっちの方角30kmぐらい。ちゃんと使えるようだね。フフフ。楽しみだよ」
俺たちはその方角に飛び立つ。
「今回のは最初の悪魔よりちょびっと強いかも。まあ、君には相手にならないだろうけど。ほら、いたいた」
今度のはムカデの怪物のようだ。道路の真ん中に2mほどの黒光りした悪魔が張り付いている。車が何度も通過するが、衝突する様子はない。どうやら悪魔も透けたり透けなかったりをコントロールできるようだ。
今回の俺に恐れはない。迷わず攻撃を開始する。
「手刀空波!」
力いっぱいためた後、大きく手を振りかざす。
シュンシュン
今までの斬撃より一回り大きい。相手は俺の攻撃に気づくことなく一撃で消滅した。
「うわあ! やっぱり強いね。もう君に勝てるドリーマー絶対いないよ。フフフ」
「まじ? 他の奴どんな感じなの?」
「皆接近戦で必死に戦ってるよ。でも君だけ遠くから一突きでクールに撃退。いや~、すごいよ。前も言ったけど君は神通力の量が飛びぬけて高い。多分、技術はまだ足りないかもしれないけど、その量で皆圧倒されちゃうだろうな~」
そう言うと、ミカはまた喜びの舞いを始めた。
「また、徳が増えたか?今度は願い叶えられそうか?」
「うん…って言いたいけど昨日のこともあるし保証はできないね。でも、悪魔を倒すごとに私の力も強くなってるのは確かだから、じゃんじゃん倒していこう。昼間はライバルいないし君も簡単だろう?」
「おお…」
それから俺は下級悪魔とやらを二体倒した。どれも瞬殺。手刀空波の扱いは完ぺきなものとなった。
「うひょおおお!!うおおおお!!」
天使はまた徳がたまり喜んでいた。俺もその様子を見てほほ笑む。ただ働きではあるが悪いものではないな。俺の中のミカの存在はすでにかなり強いものへとなっていた。正直、もう俺ミカのことが好きだ。ミカをもっと喜ばせてあげたい。
そんな時、なにか殺気のような違和感を感じた。ミカも同様ではない。
「あっ! 見てあっち」
そちらの方を見ると、何か空間が歪んでおり、空間に亀裂のようなものができていた。その亀裂はますます大きくなり中から何か出てくる。黒い大きな翼の生えた、人間の見た目で大きさも同じくらい。頭部には二本の角が生えており、どす黒いオーラを漂わせている。
「あいつは中級悪魔。今までと比べ物にならないくらい強いよ。まあ、君にはもの足りないかな。フフフ」
「ああ、俺でも分かるわ。あいつは絶対やべー」
緊張が走る。ミカは一切戦わないからいつも全く緊張感がないから困る。少しは俺に同調してくれよ。全く。
知り合いにばれたら死ねるな…