-1- 幼馴染に酒の勢いに任せて更正させられた
深いまどろみの中にいる意識を、ガタン!と大きな音が現実へと引っ張り上げる。
窓に何かが当たったのだろう、果物の弾け飛んだような染みが窓にべっとりとついている。
外を見渡すと相変わらずの街の賑わいが安眠を更に妨害する。
「はむぅ」
布団を頭からかぶるも喧騒は更にエスカレートしていく。
今日は一段と騒がしい。
イライラする気持ちを抑え手の届く範囲にある毛布をかき集め頭の上にかぶせる。
まだ外の騒がしい声は聞こえ、
「40層が」「ついに」「さすが」などと外から聞こえ
ああ冒険者のダンジョン攻略が進んだのかと察する。
布団をミイラのように頭にぐるぐる巻きにし外界との音をシャットアウト。
「ふ…ああーーー…」
大きなあくびをし、再び深い眠りへと。
「勇者サイコー…んにゃ…」
「べちゃ」と間近で何かがぶつかり弾ける音。
「ライド!おきる!!」
身体に何かの破片がぶつかる。ああ、これドアだろうな。
「おきる!!!」
何かに首を捕まれ、ぶんぶんと骨が折れるほど振られる。
「ぐええええええええええええ」
「おきたか!」
視界0でもわかる。宿屋の若女将「リン」だ。
「あが…あああ…」
「ギャー!へんなもの吐くな!!」
口から泡を吹いて倒れそうになった挙句壁に突き飛ばされる。
「おぶえ!」
毛布を頭から剥ぎ取りながら、落ち武者がごとくゆらゆらとリンに迫る。
「何してくれとんじゃい!!」
リンの腰に手を回しバックドロップをお見舞いし壊れたマネキンのようになった
元リンを眺めながら仕方なく目を覚ます。
「お前よぉ・・・起こし方ってもんがあんだろが」
「だってライド普通じゃ起きない」
「…それで何の用だ」
「勇者たち、四十階に到達!お祝い!ライド酒好き!だからきた!」
滅茶苦茶な理屈だがタダ酒が飲めると聞いては黙っていられなかった。
「マジか!今行こう、すぐ行こう」
「街中!パーティー!ヒャッホウ!」
「かーーーー!寝覚めの酒はサイコーだな!オイ!」
「ウィ!」
お祭り騒ぎの街で勇者たちが振る舞う酒にありつく。
ライドはここぞとばかりにたらふく呑みまくる、食べまくる。
「リン!馬鹿おまえ、もっと高いもん食え。」
「嫌!私蝙蝠の素揚げダイコウブツ」
「牛を食え牛を!がはははは」
「やぁ、ライド。楽しそうだね」
振り返ると金髪碧眼、見る者皆恋に落ちてしまいそうな美少女が立っていた。
「おう、40階突破おめでとさん」
挨拶を交わすとその後ろから髪をドリルのように巻いた“いかにも”なお嬢様登場。
「むきー!折角セレス様がお前如きに話しかけてやってるのになんなんですの!コイツは!」
「テトラ、落ち着いて。ごめんね、食事中に。ただ挨拶だけしたくて。今回もライドのおかげで…」
「いや、それは違うぞセレス。攻略出来たのはお前らが頑張ったからだ」
ライドは肉を頬張る。
「それでもお礼はいいたかったのです。ライドの占いは適格だから・・・ありがとう」
「一応俺、建前上探偵なんだけど…」
手を握るセレスの表情はどこか暗かった。
「ジークはどうした…?」
「…それは、ごめんなさい。落ち着いてから話そうと思ってたんだけど…ジークは今病院にいるの」
ライドはジョッキを握りしめる。
「そう、か。すまない。もっと的確なアドバイスができていれば」
「気にしないで。それよりも今日はお祝いよ!」
「ま、既に呑んだり食ったりしてるけどな!ガハハ!」
「ガハハ~!」
「うえ、こいつら不潔ですわ!お姉様!早くいきましょう!」
「あっ!テトラ待ってください!もー!」
二人は足早に去ってゆく。
「勇者様も大変だな」
その後姿を眺めながら
「俺も…いや、いかんいかん酔ってるな」
自分がダンジョンに行く姿を思い描き酒を飲み干す。
「かー!サイコー!」
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ひとしきり酒を楽しみ、ドアの破壊された部屋に戻るとそこには月明かりに照らされたセレス
が椅子に座っていた。
「どうしてここにいるんだ?」
その問いに答えず、セレスはゆっくりと立ち上がりこちらを見据える。
「やっとゆっくりとお話ができますね」
心なしか紅潮した頬。
「夜這いか!?」
「違います!!」
セレスの覚悟を決めたような表情を見、ライドは先手を打つように口を開く。
「お前のパーティーには入らないぞ」
「私のパーティーに入ってください」
言葉が重なり微妙な空気が流れる。
「ジークのことは残念に思うし、俺も悪いとは思う」
「別に貴方に責任を着せて入ってもらおうなんて思ってません!」
「何度も言っているが、俺は引きこもり探偵だ。戦闘能力なんて皆無だし頭も悪い」
「そんなことを言っているのではないです!貴方の立てる戦術や戦略…未来視にも似た
モンスターの行動予知を買いたいのです」
「何度も断ってるだろ。それができるのもジジィからの教えがあるからだけだ。
それにお前たちがダンジョンに行くたびに教えてやってるじゃないか。なにも
俺が同行しなくても・・・」
「…手荒なことはしたくなかったのですが」
風切り音と共に剣先が喉元に触れる。
「っぶねぇ…」
情け容赦ない一刀。
咄嗟に身を翻していなければ確実に喉を貫いていた。
「殺す気か!」
「これでもまだ戦闘が皆無だと?」
「ああもう!鬱陶しいヤローだな!そういう問題じゃねーっての!」
部屋を飛び出し廊下を走り抜ける。
「私は女です!」
後ろからセレスの追いかけてくる音。
「何故…力と…知識を持っていて魔族を打倒しに行かないのです!」
息を切らしながら、叫ぶような声。
幼少期に見た祖父と父の死に顔を思い出す。
セレスは魔術の補助だろうか、一瞬でこちらまで追いついたり飛んだり跳ねたり
ライドが器用に裏道や物陰に隠れながらやり過ごす。
「さあな!」
自身の魔力が尽きるまで、体力が尽きるまであらゆるリソースを使い切って隣街への峠まで
走ってきてしまった。
「流石にここまでは…」
汗を拭い、木陰で様子見をしようと隠れる間際。
「ライ…ドォオ…!」
「うそおお!!」
真後ろからセレスの声がする。
足ももう動かず、へたり込むとセレスも倒れ込むように草むらに突っ伏す。
「貴方は昔からそうです。勝手に自分で決めて…しょいこんで…」
「お前のおせっかい焼きも昔から相変わらずだよ」
「…ご家族が理由なんでしょう?貴方がダンジョンに行こうとしないのは」
「そうだ」
「相当な伝説ですものね。一人でドラゴン種を治めただとか、彼一人には一国で戦いを
挑んでも勝てるかどうか、とか」
「…そうだなぁ」
数々の英雄譚を聞いていたライドは空を眺める。
「でも、もう死んだ」
「・・・伝説の勇者が挑んで敗北したダンジョンの攻略が怖いのですか?」
「今日はやけに突っかかってくるな」
鋭い眼光でセレスを睨み付ける。
「そりゃそうだろ。あのジジィが勝てなかった相手だ。想像すらできねえ」
「では何故、おじい様の手記をいまだに手放さないのですか」
「それは――」
言葉に詰まった。
「お前らみたいな馬鹿が死なないようにするため…」
「それならば、その手記を私たちに渡してしまえばいいでしょう」
図星を突かれ言葉が出なくなる。
「ライド、貴方はダンジョン攻略をあきらめてなんかいない。」
「俺は…」
「一緒に、行きましょう」
ダンジョンの入り口からすすり泣く声が聞こえ、父と祖父の形見だけをやっとの思いで
運び出し、間もなくして命を落とした神官の“あの”絶望に満ちた表情を未だに忘れられない。
誰もが帰ってくると信じたあの日のことを。
「ダメだ。危険すぎる」
「ライド…」
「お前も見ていただろ!なのに何故ダンジョンに未だに通ってるんだよ!俺にはお前の方が
理解できないね」
今まで溜め込んできた感情をぶちまける。
「40階突破の勇者様ってチヤホヤされてよ!調子に乗ってるんじゃねえのか!?
お前なんてジジィに比べたら足元にもおよばねえ!及ぶわけがねえ!
死ぬのがわかってるのに何で・・・挑む・・・怖くねえのかよ・・・」
憧れを絶望に塗り替えられたダンジョンを誰よりもライドは恐れていた。
「…わくわくするから・・・です」
「わく・・・わく…?」
「知らないところに行く、発見する。新しいことを覚えるのはワクワクします!
たしかにあの日、私もライドも御爺様でも敵わなかったダンジョンに恐怖し泣きました」
セレスはどこまでも伸びているその塔を眺める。
「でも、私達のあこがれた御爺様はいつだって不敵に笑ってました。
一度だって諦めたりしませんでした。それだけここには魅力がつまっていたんでしょう。
御爺様はいつだって武勇伝を楽しそうに聞かせてくれました」
クルクルと花と草を踏み散らしながらセレスは舞う。
「その姿に国中が魅せられ、皆の憧れとなりましたね・・・だからこそ私は・・・」
「狂ってる」
「狂ってるのかもしれません。でもそれだけ大きな存在でした」
セレスは微笑む。
「いきましょう、ライド!」
セレスが差し出す右手は彼がずっと踏み出せなかった一歩を無理やり引き上げた。
「しゃーない、いっちょ勇者になってやりますか!」