アフターサービス・ゼロ ~ホームランの約束~(三十と一夜の短篇第25回)
怒り狂ったモンスタークレーマーの叫び声とドアを乱打する音がきこえる。モンスタークレーマーはモンスターであって、神さまではない。つまり、お客さまは神さまですの範疇を外れる。たとえ、神さまだとしても祟り神だ。
モンスタークレーマーたちがドアをぶち破ってなだれ込んでくるまでのあいだ、サッカーシューズの靴ひもでも結びながら、昔のことを語ってみるのも悪くないかもしれない。
昔、ホームラン文化生活センター(株)が広域指定暴力団の特定を受けるまで、わたしはあの会社で地図係をしていた。なんだか遠足の係みたいだが、やっていたのはお届け先に指定された住所をグリット座標に言い換える係だ。ホームラン文化生活センター(株)はホームランを通じて地球人類の文化生活向上を目指す全うな団体だったのだが、モンスタークレーマーたちを社長が片っ端からホームランしたため、広域指定暴力団の特定を受けることになった。あの会社であったことは全て夢のようだった。給料は良かったし、社員は家族か腐れ縁の悪友みたいな感じでみんなわかっていたもので、ツーといえばカーだった。なによりホームランを通じて、お客様に喜ばれているというのがなかなかの充実感をもたらしてくれた。
ホームラン文化生活センター(株)が他の通販会社と違うのは、その輸送方法だった。トラックも運転手も大規模な流通センターもない。輸送方法はただ一本のバットなのだ。おかげでダイエット・サプリからグランドピアノまでみんな送料無料で販売ができた。電話があって、注文を受けて、品物を用意し、ホームランするのだ。こんな感じに。
「クライアントより注文発生! ぶら下がり健康器!」
すると、ぶら下がり健康器がホームベースの上に置かれる。社長はお客様に確実に荷物が届くよう、バットを慎重に選ぶ。その日の風、湿気、コリオリ力を参考にするのだが、社長も慣れたもので、ペロッとなめた親指を立てるだけで最適のバットを二分とかけずに選び出す。
「ぶら下がり健康器、装填完了!」
「グリッド座標、3、1、4、0、0!(この座標を読み上げるのがわたしの係だ)」
「発射準備完了!」
そこで、社長がバッターボックスに入り、
「発射!」
の、かけ声とともにフルスイング。ぶら下がり健康器はバキャッと音を立てて、遠い空の向こう、注文してくれたお客様の家まで飛んでいく。そのホームランときたら、ほれぼれするもので、どうして社長はプロ野球選手にならなかったのか、不思議に思ったものだが、後できいたら、守備が絶望的に下手なのだそうな。
わたしたちは毎日、ホームランをかっ飛ばした。なんせ輸送にかかる維持費はバットの分だけだから、わたしたちの売る商品はなんであれ、通販相場よりも常に三割安い。結局のところ、これがわが社の命取りになった。
ライバル会社の煽動により、買った品物が壊れていただの、屋根に穴を開けただの、空から降ってきた炊飯器がぶつかって怪我をしただの、今どき小学生でもしない言いがかりを武器にモンスタークレーマーたちがわが社に襲いかかったのだ。会社の危機にあって、社長の態度は立派だった。会社と社員を守るため、モンスタークレーマーに次々とホームランしてやったのだ。あれほどスカッとしたことはなかった。
だが、結局、ホームラン文化生活センター(株)は倒産に追い込まれてしまった。通販業界の闇は深く、無垢なホームラン精神は打ち負かされたのだ。社長はメジャーの夢が捨てきれないと言って、単身渡米してしまった。
だが、一度、ホームラン文化生活センター(株)で働けば、あの快感、美しいホームランのアーチが目から離れなくなる。わたしは考えた。もう一度、あの充実感を得られないものか。
そして、一つの結論に辿り着いた。
オーバーヘッドキック文化生活センター(株)。
輸送コストがサッカーシューズのみという革新的な輸送システムで安くていい商品をお客様にお届け。
だが、出る杭は打たれる。今、こうしてオーバーヘッドキック文化生活センター(株)の外にはモンスタークレーマーがひしめいている。
さて、靴ひもも結び終わった。もうじき、ドアが破れる。あなたはそこの裏の窓から隣のビルに移って逃げるといい。もし、社長に会う機会があったら、かつての地図係はあなたのホームランを見習って立派に戦ったと伝えて欲しい。さよなら。グッバイ。アウフ・ヴィーターゼーエン!




