ステージマジック
ごちゃごちゃ言わずに、アタシの歌を黙って聴きゃあいいんだよぉ！！
真っ赤なストラトスキャスターを引っ掻き鳴らす。
鳴り止まない不協和音。
歪み切ったノイズ。
爆発的な音の洪水。
マイクに齧りつけ！
否、齧るだけじゃ足りない。
食らいつけ！
マイクに食らいつくんだ！！
歌え、叫べ、否、泣き叫べ！！！！
愛とか夢とか、希望なんて、信じない。
くだらない、つまらない、どうでもいい。
そんなことばかり叫ぶアタシを、嗤って、蔑んで、好きなだけ観ているがいい。
「こんばんはぁ～、小泉瑠衣とぉ～……。……変態紳士―ズでぇすぅ～……」
さっきまで激しく叫び続けていた人物とは到底思えぬ、舌足らずで拙い話し方。
とっくに成人済みの女性にしては幼稚と取られ兼ねないが、この場に置いては張りつめた空気を一旦解くのには一役買っていた。
瑠衣が喋り始めると、ステージ最前に設置された柵ら辺に陣取っていた客の男達が、「小泉―！！」「お前、もう酔ってんだろ！！」と、声援とも野次とも取れる声を一斉に上げる。
「おう、小泉はぁ～、出番前にぃ、しこたまビール飲んだでなぁ～」
すかさず、「小泉飲み過ぎ！」「何杯イッた？！」と声が飛ばされる。
「わっからん！！」
瑠衣は、うふふふふ、と、酔っ払い特有の、意味のない笑い声を漏らす。
「あんなぁ、小泉はビール飲み過ぎでぇ、おしっこしたくて堪らんのだわぁ～。そういう訳でぇ、ちゃちゃっと曲やってまうなぁ～」
おいおい漏らすなよー、という客の声を無視し、瑠衣は曲の前奏を黙って弾き出す。
照明も瑠衣にのみ当たるよう、決して広くはないステージに向けてピンスポだけが煌々と照らされていた。
ファズの利いたギターの音が、一瞬途切れる。
声の限りに鋭い悲鳴を上げる。
ギター、ベース、ドラムが生み出す轟音が渦を巻く。
瑠衣のギターの音を濁流の中へと一気に飲み込む。
ステージ全体が赤く染まり、ストロボライトがチカチカと細かく点滅し始める。
混沌とした音の波の中をゆらゆらと漂う。
息つく間もなく、ひたすら歌い、叫ぶ。
酒を大量に飲んだ影響か、声が枯れるのがいつになく早い。
高音を出すにも掠れてフラットしてしまう。
だが、客も彼女自身も気にすら留めていない。
あくまで彼女の「自己表現」と受け止められているし、彼女だから許されているのだ。
他の者ならば認められないことを許される。
表現者として最高の扱いと言えるだろう。
最も、瑠衣自身は何の計算もなくごく自然に好き勝手に振る舞っているだけだが。
声が枯れようともMCも挟まず、瑠衣はギターを掻き鳴らし歌い続ける。
痛々しいまでに迸る悲痛な叫び。
熱狂した客達は柵の前で暴れる。
棒立ちで聴き入る。
全身を縦、もしくは横に揺らしては彼女の唇から生み出される世界に酔いしれる。
ステージ上のみならず、ホール全体がむせ返るような熱気に包まれていく。
瑠衣も客達も身体中が汗ばんでくる。
瑠衣の視界の端に映り込んだ、白×黒のブロック柄の床が二重に歪んで見えるくらい、ホール内の温度は上昇し続ける。
更に続けて三曲演奏し終えた直後だった。
「あかんわぁ、もう無理ぃ！！ちょっとトイレ行かせてぇ～！！」
瑠衣は素早くギターを肩から外し、ドラムセットの前に置かれたスタンドに立て掛ける。
緩慢な口調からは想像できない素早さでステージを飛び出し一直線でトイレへ駆け込んだ。
ホール中が爆笑に満ち溢れた。
ステージ上ではバンドメンバー全員が顔を見合わせては、苦笑を漏らし合う。
瑠衣の奇行には慣れ切った様子の彼らは、瑠衣がトイレから出て来るまでの場を繋ぐ為、たどたどしいMCを始めた――
「はぁぁ、スッキリしたぁ～」
心なしか晴れやかな顔付きで、瑠衣がステージ上に戻って来た。
「あ、持ち時間、あと何分くらいっすかぁ～？？」
客がいるホール側の最後方――、音響と照明担当のスタッフに残り時間を確認する。
「あと残り三分だってぇ～、じゃ、最後の一曲ぅ～」
途端に、客席からまたもや次々と野次が飛ばされてくる。
「しょうがないやろ！？分かったわ、今度は途中で尿意をもよおしてもぉ～、トイレ行かんようにぃ、オムツでも履いてライブやるわぁ。どうや、オムツ履いてライブするとかぁ～、ある意味ロックやろ？！」
加速する一方の野次に構わず、瑠衣は勝ち誇ったように鼻の穴を大きく膨らませ、マイクの前でギターを構え直す。
焦点の定まらない、茫洋としていた目付きに生気が宿る。
頭の弱そうな金髪女から孤高の女性ロッカーへと変貌する瞬間。
観客が彼女に求めるものは極端な二面性、破天荒、狂気。
魂を削り上げるようにして紡ぎ出す歌声。
人を食ったふざけた態度ばかり取る瑠衣の、誰にも見せない、否、彼女自身も気付いていない、無意識下の想い。
瑠衣は歌う事でしか本当の意味で自分を曝け出せない。
ステージで泣き叫ぶことでしか人に本心を明かせない。
とことん不器用な自分を受け入れられたかったし、愛されたかった。
だから彼女は今夜も歌う。
真実の彼女を知りたい。
彼女の心の内を共有したい。
歌を聴きに訪れる人々がいてくれる限り。
(終)
