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王子さまなんていない!

作者: 餡子

「貴方はアレク王子!?」

「そうか、君がラブリーピュアだったんだね」

「イジワルな先輩が、あのアレクさまだったなんて……!」

「おっと!そんなに暴れると」

「きゃあっ!」

「ほら、落ちてしまうよ。少し静かに抱かれててね?僕の可愛いプリンセス」

「……っ!」

(おでこにキスされちゃった★イジワルな先輩と優しいアレク王子、本当の貴方はどっちなの……!?)


ピュア・ピュア・ピュア!ラブリー!

恋の呪文を唱えて!シャランラ!

ピュア・ピュア・ピュア!ラブリー!

恋の魔法を掛けるわ!シャランラ!

女の子のヒ・ミ・ツ★魔法少女ラブリーピュア!



魔法少女ラブリーピュア。この少女向けのアニメ番組は、大人気ピュアシリーズの最新作だ。幼稚園のとき爆発的に人気となった初代のときめき少女ミラクルピュア。私も例外ではなく、ミラクルピュアに憧れ、ピュアを助けるスフィア王子に心を奪われた。大きくなったらミラクルピュアになると本気で夢見てた私も、ピュアにはなれないと現実を知った18歳。気がつけば、ピュアも14作目となる長者番組と化していた。


「ピュアと王子がついに大接近!……と」


スマホのラインに、ピュアの感想とキュン死しているネコのスタンプを送る。数分後、既読が付き『それな』と文字の書いてあるスタンプが送られてきた。


「よし、生存確認」


毎週日曜日にピュアの感想を送る。最初はただピュアの感想を言いたくて送っていたメールが、5年目を迎えた今はラインに変わり、生存を確認するための手段となっていた。


「お母さん、今週もお兄ちゃん生きてた」

「あら、ありがとう」


正確には義理の兄、である。


父と連れ子の兄、母と連れ子の私。4人が新しい家族になり、14年が過ぎた。当時は多少ぎくしゃくしたものの、今ではすっかり普通の家族。お母さんが煎餅を食べつつテレビにツッコミを入れ、その横でお父さんが風呂上がりパンツ一丁でビールを呷っている。私はテーブルで参考書を広げて受験勉強。それがこの家の日常だった。


* * *


「今度の土曜日、お兄ちゃんが帰ってくるわよ」


学校から帰宅し、駆けつけにサイダーを一揆飲みしていて思わず吹きそうになった。


「あ、そ、そーなんだ」


動揺する気持ちを抑え、平然を装う。


「2、3日滞在したらまた東京に戻るって言ってたかしら。久しぶりに、美味しいご飯作ってあげなきゃ。アンタも手伝ってね」

「え!?わ、わかった」


久しぶり、なんてものじゃない。この3人での生活が日常となってしまった私にとって、兄の存在は正直なところ持て余していた。兄がこの家を出てから8年が経つ。両親は何度か会っていたようだけど、私が兄と顔を合わせたのは、その間に1度きりだった。けど、それも5年も前のこと。


嫌い、というわけではない。小さい頃は仲が良かったと思うし、今もラインを週一回送っている。ただ、長年会わなかった義理の兄という存在にどんな顔をしたらいいのか分からないのだ。家族といえどあまり一緒に暮らしていない、他人以上家族未満という微妙な関係。


一言で言うと、気まずい。それに尽きる。


土曜日。楽しみにしている両親とは裏腹に、結局胸の支えが取れないままこの日を迎えてしまった。お父さんは土曜出勤と重なり、定時で帰宅すると意気込んで出勤していった。お母さんは朝からご馳走作りに精を出している。一品、また一品と出来上がるのを見ていると、まるで魔法を使っているかの様だ。昨日の仕込みは手伝ったが、今日はリビングで参考書を開いていた。ええ、受験生なので。


「お兄ちゃん、駅に付いたらしいわ。仕事終わりで荷物が多いみたいだから、バス停まで迎えに行ってあげてくれる?」


駅から最寄りのバス停まで、バスに乗って20分は掛かる。家の最寄りとは言え、歩いて6分もある。たかが6分と思うが、バス停から伸びる登りの坂道は地味に体力を奪うのだ。まして、荷物が多いとなると考えただけで恐ろしい。流石に断りづらく、私は参考書を閉じた。


玄関のドアを開けると、ムワリと厳しい残暑の洗礼を受ける。暦上は秋なのに未だ日差しは強く、ジリジリと蝉の声が耳に付く。少し歩いただけで汗が滲み出て、ノースリーブとミニパンが身体に纏わりつく。一つで引っ詰めて結っていた髪を、高めのポニーテールに結い直した。帰ったらシャワー浴びよう。


バス停にはバスを待つ人がチラホラいる。どうやら、駅からのバスはまだ来ていないらしい。少し離れた木の木陰に立ち、スマホを開きラインを送った。


「バス停で待つ」


程なく了解のスタンプが付いた。兄の返信は大抵がスタンプだ。最後に会ったのは私が中学生の頃だった。思春期真っ盛りで、会ったと言ってもリビングですれ違っただけで会話すらしていない。まともに話すのは実に8年ぶりだ。道の先にバスが見え、暑さとは違う汗が首筋を伝った。


バスの扉が開き、バラバラと人が降りてくる。老人、高校生、子供れ女性。そして、夏用のスーツを着た背の高い男性。手には大きなカバンと紙袋を携えている。洗練された短い髪を横に流し、ノンフレームのメガネを掛けた20代半ばであろう爽やかなイケメンが、キョロキョロとあたりを見回しているのだ。スーツ、そして大きな荷物。人を探してるし、まさに仕事帰りと言った風貌。


おにい……ちゃん、と声を掛けようとして足が止まった。

正確には後ろから腕を掴まれたから。


「お久しぶりです。佳純さん」


8年ぶりの兄は、縒れたラブリーピュアのシャツを纏っていた。


「いやあ、お迎えありがとうございます」

「間違えて1つ前のバス停で降りてしまいました」

「あ、これ。佳純さんにお土産です。貰いモノなんですけどね」


そう言って、兄はラブリーピュアの絵が描かれた紙袋を渡してきた。帰り道、登り坂。アリガトウゴザイマス。と返した私の笑顔は、きっと引き攣っていただろう。


「仕事終わりって聞いたんですけど?」

「ええ。仕事の予定が変わってしまい、着替える時間もなく新幹線に飛び乗ってきました」


ヨレヨレのラブリーピュアのシャツにジーパン。薄手のパーカーを腰に巻き、ボサボサの頭から覗く瓶底の黒縁メガネ。小振りのキャリーバッグには、東京で有名な百貨店の紙袋が括られている。そして、今は私の手の中にあるラブリーピュアの紙袋。仕事、仕事ね。


「その仕事ってアニメと関係してます?」

「佳純さんスゴイですねぇ、どうして分かるんですか」


やはりそっちの方でしたか。現実は甘くない。ノンフレームのイケメンスーツなんて、所詮少女漫画か小説の世界ですから。久しぶりに会った兄はガチヲタってオチですから。毎週ラブリーピュア見るくらいだから、大きいお友達なはずだよね。何を期待してたんだろう。緊張してた自分がアホらしくなってくる。横に歩く兄を見つつ、気付かれないように溜息を付いた。


「ただいまー!あー!あつかったー!」


玄関にラブリーピュアの紙袋を置き、冷蔵庫目掛けて駆け上がる。グラスに氷を入れ、プハー!と冷えたサイダーで喉を潤した。はぁ、生き返ったー!


「ちょっと!あんた何してるの!ああ、お兄ちゃんお帰りなさい」

「お久しぶりです。お母さん」

「外は暑かったでしょう。冷たいもの飲んでシャワー浴びておいで」

「えー!シャワー私も浴びたかったのにー!」

「仕事終わりに遠くから帰って来たんだから、お兄ちゃんが先でしょう!」

「ああ、僕は後でいいですよ」


ニコリと笑ってリビングのソファーに座っている。うん、やっぱり、家族というよりお客さまだな。私は横目で兄を見つつ、汗を流しに向かった。


私の後に兄がシャワーに入り、そうこうしているうちにお父さんが帰ってきた。積もる話があるのだろう、2人はソファーでお酒を酌み交わしている。お母さんの作ったご馳走はどれも絶品で、久しぶりに家族みんなで囲んだ夕食は思いのほか穏やかだった。


夕食後、私はいつも通りテーブルで参考書を開いていた。お父さんは久しぶりのお酒が回ったのか、既に布団の中で夢の世界に入っている。お母さんはお風呂。キッチンは食洗機の音だけが響いていた。


「受験大変ですね。お疲れさまです」


コトンと音がすると、テーブルにカップアイスが現れた。


「ちょっとコンビニへ行って来ました」


向かいに座った兄から僅かにタバコの匂いがする。へぇ、タバコ吸うんだ。お礼を言い、カップアイスのフタを開ける。アイスクリームを口に含むと何とも言えない幸福感に包まれた。


「あ、僕の知ってる佳純ちゃんだ」


瓶底メガネの奥にある瞳がニコリと微笑んだ。ブワリと顔が熱くなり、兄を睨んでソレを誤魔化した。


「僕の知ってる佳純ちゃんはさ、まだ小学生だったんだよねぇ。ずっとラインしてたけど、ピュアの話ばかりだったから、ついうっかり。要らなかったよね」


何のことだろうと思い、玄関に置いた紙袋を思い出した。我ながら、人からもらったお土産を置きっぱなしとか失礼にも程がある。急いで玄関の紙袋を取りに行った。


「そう言うわけじゃないから!」


そりゃはじめは紙袋見て驚いたし、若干引いたけど。贈り物はありがたく頂く主義だ。私は紙袋を開けた。


紙袋の中は子供向け、ではなく。ピュアシリーズが大人の女性向けに販売しているジュエリーだった。歴代のピュアをモチーフに宝石が誂えている。シルバーで象ったリボンの中心にハートの赤いルビーが埋め込まれたペンダント。初代ミラクルピュアのものだった。


「かわいい」

「仕事で使ったもので申し訳ないんですけどねぇ。あ、付けてみますか?」


兄は私の後ろにまわり、チェーンを付けてくれた。また、タバコの匂いがフワリと舞う。知らない匂いだ。


「思ったとおり、似合ってますねぇ」


スエットのボサボサ頭の人に言われても全然ときめかないけど、素直に嬉しい。「ありがとう、お兄ちゃん」と小さく呟いた。兄は、一瞬止まったように見えたけどニコリと笑っていた。


* * *


受験生の朝は早い。日曜日といえど、例外ではないのだ。朝の8時半はテレビの前にいなくてはならない。勉強の息抜きと称して、お目当ての番組にチャンネルを合わせる。


ピュア・ピュア・ピュア!ラブリー!

恋の呪文を唱えて!シャランラ!

ピュア・ピュア・ピュア!ラブリー!

恋の魔法を掛けるわ!シャランラ!

女の子のヒ・ミ・ツ★魔法少女ラブリーピュア!


いつものソファーに座り、いつものテーマソングを聞きながら、いつものサイダーを飲む。変わらない日曜日、横に兄がいるということを除けば、だ。ボーダーのシャツに黒いスキニーパンツ。相変わらず髪はボサボサだけど、昨日よりは爽やかに思える。


「懐かしいですねぇ、昔2人でよく見たものです」

「佳純さんはミラクルピュアが大好きでしたねぇ」

「今も大きくなったらミラクルピュアになるのですか?」


「なわけないじゃない!」


サイダーを吹きそうになるのを抑える。


「ですよねぇ。ああ、スフィア王子と結婚するとも言ってましたね。現れました?王子さま」

「な!王子さまって何よ!今は受験だってあるし、それに」

「おや、いないんですか?それは良かった」

「だいたいね、スフィア王子みたいな人なんているわけないんだから!」

「そうですか?まあ、いても関係ないですけど」

「はあ?」

「ああ、ほらほら。始まりますよ」


魔法少女ラブリーピュアは、最終回に向けそろそろ大詰めとなってきている。新年からまた新しいピュアシリーズが始まるからだ。ラブリーピュアとアレク王子の恋仲も、発展しそうでそうでなくてもどかしい。アレク王子みたいに、イジワルだけど優しいとかアメムチされたら即行好きになりそうだけど。ただしイケメンに限るってやつか。


今週もキュン死必須のストーリーに悶つつ、残すは次回予告というところで、クリスマスイベントの告知となった。アレク王子役の声優さんとラブリーピュア役の声優さんがミニ番組のようにイベントを紹介していく。イベントでは新作のピュアも紹介するらしく、次回作に出演するピュア役と王子役の声優も出てきた。


ピュア役は最近歌手としても人気のあるアイドル声優で、王子役は新人だろうか、甘い雰囲気のイケメンだった。まさに王子さまと言った風貌だ。あ、でも、ラブリーピュアのシャツ着てるけど。次回作の王子も楽しみだなぁと、勢いよくサイダーを呷った。


『次回作のピュア役の今崎ミクさんと、王子役の鏑木伸さんでした!イベントにも遊びに来てくれるので、みんなヨロシクね!』


ーーーーブッ!?


ブホッ!ブホホッ!?


サイダーが飛んでいった。


今なんて言った!?カブラギシン!?あの、イケメンがカブラギシン!?んな、まさか。同性同名?だって、カブラギシンは……!


ギギギと壊れたブリキのオモチャのように、横の人物を見やった。黒縁メガネを外し、ボサボサの頭を掻き上げニヤリと笑っている。テレビに映るイケメンと横の人物を何度も見返し、口が勝手にパクパクと動いた。


「ようやく王子になれたし、これを一緒に見たくて帰って来たんだ」

「え?え?」

「想像した以上に、いい反応で嬉しいよ」

「お、お兄ちゃん?」

「僕の可愛いプリンセス。これから、ヨロシクね」


突如現れた王子さまが、私の手の甲にキスを落とした。



いやいやいや!


王子さまなんていないから!!

2017年5月21日、一部修正

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