Act 2-1:温泉イベント
眠れなかった。
ぼくは向かっていた小さな机から身をはなすと、伸びをした。
不眠の原因は、環境の異なる異世界ではなかった。
いつもとおなじ。事件が頭からはなれない。
こういうときは、気分転換がイチバンだ。
この宿屋には露天温泉がついていると、管理人が言っていた。
異世界の温泉か……。
まだうす暗いが、外の空気に触れるだけで、気持ちをリフレッシュできそうだ。
ぼくは案内板を頼りに、温泉へと向かった。
足首が冷える。
移動のあいだも、頭のなかには常時、事件のディテールがこびりついていた。
ぼうっとしながら、自動的に足を進めていく。
脱衣所として、小さな小屋が用意されていた。
男女それぞれの入り口表示が、簡略化された人間のイラストであるあたり、世界観に共通するものを感じた。
服を脱いで扉を開けると、湯煙が朝の空気に充満していた。
濡れた石の上を裸足で歩き、ゆっくりと湯に下ろす。
ちょうどいい湯加減だった。
ひのき風呂のような、木の洞のような、いかにも森の温泉だ。
玄妙な香りが鼻をくすぐる。
湯煙をかきわけるように奥へ進みながら身を沈めていく。
からだに熱が溶けこんできて、ため息がでた。
そこでようやく、人影に気づいた。
朝のあいさつをしようとして、異変に気づいた。
異変とはすなわち、相手のからだのシルエットだった。
ぼくは、自分の勘違いに気づいた。
脱衣所こそわかれていたが、そこから先は共通──ここは、混浴だったのだ。
そうとは知らず、からだを隠す用のタオルは岸辺に置いてきてしまった。
相手は相手で、こんな時間に人がくるとは思ってもいなかったのだろう。
あられもないすがたで、目を見開き、立ち尽くしていた。
両者は、しばらく、見つめ合った。
さきに動いたのは、彼女だった。
ピュグマは、すばやく身を湯に沈め、顔を真っ赤にして抗議の表情を浮かべた。
ぼくはというと、彼女のからだが、その外見的イメージよりはるかに発育していることに、純粋におどろいていた。
「で──」
ピュグマが口を開いた。
「で?」
「出てけなのだぁあ!」
直後、湯の弾幕攻撃が、ぼくを襲った。