Act 1-6:夜這い
目的の宿屋は、最初の殺害地点より西、三件の死体遺棄地点のすぐ近くにあった。
「警戒をおこたらないようにしよう」
Qが念押しする。
「親愛なるアンサブは、このあたりにいるかもしれない」
「生命探知の魔術を使うのだ」
ピュグマが手を上げた。
「だれかが宿屋に接近したら、すぐわかるのだ」
「ただの客でも、毎回、確認はしたほうがいいでしょうね。おねがいします」
「オッケー、なのだ!」
五人は、それぞれの部屋のカギを受け取り、すぐ部屋に入った。
明日は早起きになる。
ぼくは、荷物を置いてベッドに横になると、目を閉じた。
眠るためではなかった。もといた世界をなつかしむためでもない。
事件の全体に思考を走らせるためだ。
だから、だれかが接近してきたことに、ギリギリまで気づかなかった。
はっと跳ね起きる。
声を出そうとして、口を手で押えられた。
そのまま、ベッドの上に押さえこまれる。
相手のからだの重心がかけられた。
いつの間にか、部屋の電気が消されている。
なかへの侵入を許したうえ、そこまでされても気がつかなかったのだ。
油断していた──。
両手で周囲をまさぐった。武器をさがした。
「じっとしろ」
低い声。
奇妙なことに気がついた。
相手は、ほとんど裸だった。その肌が、ぼくに重ねられる。
「やっと、二人きりだ」
そこまで言われて、ようやく相手の正体がわかった。
口を押さえていた手が離れた瞬間、ぼくはさけんだ。
「Q!」
「だまってろって」
「うぁっ、首を噛まないでください!」
「こっちが好きか」
「耳もダメです!」
「どこなら好きなんだ」
「ベッドから降りてください!」
全身をまさぐるQの魔の手から逃れようと、あばれる。
「いいじゃないか、いいじゃないか! 私はもう、欲求不満でこわれそうだ!」
「ただのヘンタイじゃないですか!」
ようやく、ベッドからQを蹴落とすことに成功した。
ベッドから落ちたQは、「あぐっ」と声を上げ、しばらく動かなかった。
やがて、その肩がふるえはじめた。
「……ひどい」
「どっちがですか! 殺されるかと思ったんですよ、こっちは!」
「お前がカギなんてかけるから、ピッキングまでしたんだぞ」
「ムダなスキルを披露しないでください!」
「愛されてない感が、私をさらに傷つける」
「なに言ってるんですか」
「思春期のくせに私を欲しがらないとか、ロリコン疑惑がハンパねぇな」
「変なプロファイリングはやめてください」
「もう私の身体的な準備は整ってたのに」
「生々しいこと言わないでください」
「ほんとうだ、信じてくれ。触って、たしかめてくれ」
「完全にヘンタイですね!」
「私がヘンタイなのか、ヘンタイが私なのか、どっちだと思う」
「ご自分で結論を出してください」
「あーもう! ……ったく。なんだよ、なんだよ。ちっとはハメを外せよな」
Qは立ち上がりテーブルまで歩くと、そこに置いていた酒ビンを手にふりかえった。
「ここは異世界だぞ」
「事件捜査のまっただなかでもあります」
「お前は、仕事と結婚するタイプだな」
Qは、酒ビンを持った手で、ぼくを指す。
「そうやって人生を浪費してくんだ、そうなんだ。結婚もできない。おお、かわいそうに。一生童貞野郎だ、やーいやーい」
「それがQの、ぼくに対するプロファイリングですか」
「保護者としての警告さ」
……素直に、心配、と表現できないあたりが、Qらしい。
「もう寝ましょう、Q」
「言われなくても、そうするさ。どこぞのチェリー野郎がチキンだからな」
「悪口はやめてくださいっ」
Qは、酒ビンをふりながら、部屋を出ていこうと、扉に手をかけた。
「恒一」
「なんですか」
「カギ、かけとけよ」
「Qが開けたんでしょ!」
酒のにおいと高笑いの残響をのこし、扉は閉まった。