Act 1-5:食人花
星がキレイで、あたりは暗く、静かだった。
街道を進む途中で、やけに甘くジューシーな香りが、どこからともなく、ただよってきた。
喉を刺激し、気分を落ち着かせる、不思議な香りだ。
馬が鳴き、馬車が止まる。
「これは──、モク?」
ピュグマが問うように名を呼ぶと、モクがうなずいた。
「馬たちを押さえるのだ。止まらず、進んで」
ピュグマが御者に呼びかけた。
「なんなんです? このにおい」
ぼくが問うと、ピュグマがふりむいた。
「このあたりのは、ぜんぶ駆逐したと思ってたのだ。種を見逃してたのかも」
「種?」
「あのにおいは、エモノをおびき寄せるためのもの。このまま街道を進めば、まず安全だと思うのだ」
「エモノって?」
「あたしたち」
ピュグマは外の森をにらんだ。
木が、暗闇と一体化し、ゆれている。
「においのもとをたどって、森に足を踏み入れたら、危険なのだ」
「いったい、なにが……?」
「魔獣の一種なのだ。魔術戦争の影響で突然変異したのは、動物だけじゃないのだ」
「植物にも、魔術エネルギーを受けて変質したものがある」
ナズナが言った。
「食人花」
「げ、マジかよ」
Qが気味悪そうに言った。
「山賊に食人花か……恒一、私とお前だけでの外出は、さけたほうが無難だな」
「もちろん、戦って勝てない相手じゃないのだ……けど、ふつうの植物に擬態してるから、タチが悪いのだ。エモノが背を向けた瞬間、口を開ける」
「人間とおなじですね」
ぼくは、鳥肌の立った腕をさすった。
「今朝の山賊みたいに、悪を服みたいに身にまとってくれていたら、楽ですけど。犯罪者の多くは、ふつうの人間にまぎれようとする」
「それを見つけだすのが、お前の仕事だ」
Qがニヤリと笑った。
「連中の出す甘い香りから、その痕跡をたどっていくわけだ」
「そのたとえだと、最後、ぼく食べられちゃいますよね」
「ピュグマも言っただろう。戦って勝てない相手じゃない」
「……もう、だいじょうぶそうなのだ」
ピュグマは、においが遠のいたことを確認し、外から視線をもどした。
「衛兵に報告しておかないと」