Act 1-3:殺人鬼二人
「今度は、防御創がありますね。必死に抵抗したようです」
「拘束された形跡はないな。顔に殴られたような傷と……全身は、やはり、めった刺しか。ヤツは、すさまじく怒っているようだな。遺体は着衣のまま、殺害地点で発見、か」
「あの扉の横の壁に見えるのは?」
「……どうやら、犯人の手形だな。血のついた手で触ったから、跡がのこったんだ」
二件目の現場は、一件目の事件の宿屋からすこし北西にある民家だった。
室内はひどく荒らされ、混乱をきわめていた。
血が、すべての壁に飛び散っていた。
女性の遺体は、床のカーペットの上に、あおむけに倒れていた。
長い黒髪が、床の上に広がっている。就寝中だったのか、寝間着姿のようだ。
刺し傷だけでなく、腹を切り裂かれていた。
すさまじい暴力が、そこにはふるわれていた。
「あのコップは?」
現場に、赤くよごれた透明なコップが転がっていた。
「……血を飲んだ形跡があったのだ」
ピュグマが、顔をしかめながら言った。
顔色が悪い。無理もないと思う。
「だいじょうぶですか?」
ぼくの声に、ピュグマはコクコクとうなずきつつ、目をふせてしまった。
すると、モクが立ち上がり、ピュグマのところへと向かった。
彼女の腕をさすり、心配そうにのぞきこんでいる。
ピュグマは、だいじょうぶ、と何度かくりかえし言った。
画像が、血に濡れた刃物へと変わる。
ピュグマは顔を上げた。
「現場に、ダガーがのこされてたのだ」
「ダガー、ですか。傷口と形状は一致しました?」
「……ごめんなのだ、調べてない」
「いえ、だいじょうぶです。おそらく、凶器で間違いないでしょう」
ぼくは、ダガーという言葉から連想される前の事件との関連性ではなく、べつのことを考えていた。
「当てましょうか。そのダガー、被害者の持ちもの──もともと、その家にあったものじゃないですか?」
「……どうしてわかったのだ?」
「統計学。確率論ですよ」
「つまり……どういうことなのだ?」
「アンサブの類型です。またあとで、まとめて説明します」
ピュグマは、目をパチパチさせた。
きれいな目だ、とぼくは思った。
「さっきの事件でもそうだったけど、今度の現場も、とくになにも盗まれてないのだ。こういう事件で、なにも盗まれないって……ヘンなのだ?」
「強盗目的ではありませんから。連続殺人なら、ふつうにありえることですよ」
言いながら、すこしおそろしくなる。
ピュグマは、のこる二件についても、かんたんな説明をおこなった。
のこり二件の遺体はどちらも、ジェーン・ドウズ──身元不詳の女性たち、だった。
遺体はほとんど裸の状態で、林のなかと、洞窟に、それぞれ捨てられていた。
殺害地点は発見されておらず、どこかで殺され、運ばれたようだった。
すべての説明が終わると、壁の画像が消え、ピュグマは、ぼくとQを交互に見た。
「なるほど。だいたい、わかりました」
ぼくは立ちあがった。
「この四件の殺人は、分類すると、二つの事件です」
「二つ?」
「ええ。もっというと、三件と一件ですね。一件目、三件目、四件目は、同一犯による連続殺人と思われます」
「二件目はべつの犯人?」
「そうです。ただし、二件目の殺人犯も、ふたたびだれかを襲う可能性がきわめて強い。こういう犯人は、一度の殺人じゃ満足しません。このさき、連続殺人へと発展するおそれがあります」
「どうして、ちがう犯人なのだ? どっちも、凶器はダガーなのに?」
「まず、被害者のタイプがちがう」
Qが言った。
「一件目と三・四件目の事件の犯人をアンサブAとしよう。ヤツが狙う被害者には、共通点がある。金髪の女性だ。髪が短いのも似ているだろ。ところが、だ」
壁に映された被害者の姿に近づく。
「二件目の事件──アンサブBが手にかけた女性は、黒髪で、その長さはほか三件と異なり、やや長い。年齢も上のようだが、それが関係あるかは、まだ判断できない」
「どういうことなのだ?」
「これは犯人の、殺人に関する好みのタイプだ。殺人欲求は、性欲と密接に関係しているからな」
「せ、性欲……?」
ピュグマが目を白黒させた。
「性欲って、あの──あの性欲?」
「たぶん……想像しているので、合っていますよ」
「男女が好き合ってニャンニョンする……そういう性欲?」
「そうです……」
「それが殺人と結びつくなんて、おかしいのだ!」
ピュグマがさけんだ。
「性欲はもっと、高尚なのだ!」
よくわからない論点の主張だった。
「ピュグマ、エロい」
ナズナがひさかたぶりに口を開き、無表情に言う。
「ナズナだってエロい! あたしは知ってるのだ! ナズナは毎晩──」
「それ以上、なにか言ったら」
殺気が、部屋のなかに満ち満ちた。
「ぶちこむ」
「なにを、どこに!?」
「ナニを、ピュグマのたいせつな──」
「ひいぃっ! 根暗こわいのだっ!」
リーダーであるはずのピュグマは、完全に怯え、ちぢこまってしまった。
「ええと、話をもどしますよ?」
ぼくは、咳ばらいをした。
「とにかく、被害者のタイプがちがうわけです。それにくわえて」
「くわえるってエロい」
「ナズナ! 自慰的発言はやめて、集中するのだ!」
「……くわえて、ですね」
ナズナとピュグマのやりとりを無視しつつ、ムリヤリつづける。
「これら二種の事件では、そもそも、犯人自身のタイプが異なります」
「……犯人のタイプ?」
ようやっと落ち着きを取り戻したピュグマの反すうに、ぼくはうなずく。
「アンサブAは〈秩序型反社会的犯罪者〉、アンサブBは〈無秩序型非社会的犯罪者〉です」
「ちつ──なんなのだ?」
「ピュグマ、その単語はエロい」
さすがに、ぼくもピュグマも、ナズナのセクハラは無視した。
そういう会話が好物のQだけ、すこし笑いそうになっていた。
案外、そこの二人は気が合うかもしれない。
「〈秩序型反社会的犯罪者〉です。一件目、三件目、四件目の現場の念写を」
ぼくは、壁の画像をふりかえりつつ、特徴をあげていく。
「計画的犯行、言語的に策略を用いて被害者を誘導、統制され整った犯罪現場、被害者を服従させ拘束具を使用し生きた状態で占有、遺体の移動、衣服のない遺体、証拠や凶器をのこさず持ち去る、状況への適応力、すべて〈秩序型〉による犯行現場の特徴です。アンサブAはこれにあてはまります」
「逆に」
Qが引き継いだ。
「〈無秩序型〉の兆候をしめす、アンサブBによる犯行現場の特徴を見てみよう。なりゆき的な犯行、乱雑で混沌とした犯罪現場、突発的攻撃、接触から殺害までの短さ、拘束具の不使用、遺体を移動せず隠さず殺害現場にのこす、証拠や凶器ものこす、そして多くの場合、凶器は現場のものを使用する」
「ああ、それで」
ピュグマが得心したらしく言った。
「あのダガーは現場のものだと推測できたのだ?」
「そういうことです」
ぼくはうなずいた。
「二件目の犯行現場の念写を見てすぐ、これは〈無秩序型〉によるものだとわかりました。ダガーが落ちていたというのを聞いて、確信が深まったわけです」
そろそろ本筋に入れと、Qが目でうながした。
「ところで、この世界に黒人や白人のような人種の概念はありますか?」
ぼくは質問してから、自分たちの世界における概念を説明した。
「あるのだ。けど、その歴史や関係性なら、獣人族のほうがイメージ的に近いかも」
ピュグマは答えて、言った。
「かつて起きた〈魔術戦争〉が影響をおよぼしたのは、動植物だけじゃない。獣人族は、その魔術エネルギーを受けて、変化した人々なのだ。当時の差別意識は、まだのこってる部分もあるのだ」
モクが、横でむずかしげな顔をして、ゴロゴロとノドを鳴らした。
「いま質問をしましたが、この世界の文化を、ぼくはすべて把握できているわけじゃない。なにせ付け焼き刃です。プロファイリングは、地域性も重要になる。気になる点があったら、遠慮なく言ってください」
ぼくは両手を組み合わせて、ブリーフィングを始めた。