Act 1-2:死体が四つ
「死体が、発見しただけでも四つ」
立ったまま説明を開始するピュグマの言葉に、同じく立ったままのQは顔を上げた。
その手には、コーヒーに似た味のするドリンクの入ったカップ。
寝覚めに効くだとか心拍数が上昇するだとか、世間的に言われる効能までおなじらしい。
ぼくとQは、便宜的に、その飲み物を「コーヒー」と呼称することにした。
だが、その色は紫色というブキミなしろものだ。
Qは気に入ったらしく、すでに三杯目に入っている。
「四つというのは、あいだを置いて? つまり……一度に四人殺したなら、大量殺人だ」
「ここ二節季のあいだなのだ」
この世界の単位で、ぼくたちの感覚で言えば、およそ二ヶ月。
ふん、とQがうなずいた。
「連続殺人か」
「連続しているとはかぎりませんよ。異なるアンサブによる、べつべつの事件かも」
木イスに座って、ぼくは可能性をあげた。
「あんさぶ?」
ピュグマが首をかしげた。Qが解説する。
「アンノウン・サブジェクト。氏名や身元が未確定の容疑者の呼称だ。──べつの事件の可能性か。そんな短期間のあいだに、おなじ地域で?」
「短期間というなら、二ヶ月で四人は、数字としては、おおいですよね。おなじアンサブなら、ペースがはやい。連続殺人にしても、冷却期間が短すぎます」
「れーきゃくきかん?」
ピュグマは、またしても問いを発した。興味津々といったふうに身を乗り出す。
今度は、ぼくが説明役を引き受けた。
「連続殺人、というのは、こう定義されます。一人あるいは一グループの犯人が、複数人を殺害。一回の事件で殺害する人物は、ふつう、一~二名程度。その後、冷却期間と呼ばれる、数日から数年の一定の期間が経ってから、ふたたび同様の殺人事件をくりかえす、というパターンがとられます」
「ふんふん」
「これが、殺人のあいだに冷却期間が存在せず、一度に一つの場所で大量の人を殺傷すれば、それは大量殺人という概念になります」
ぼくは、手もとにくばられた紙をめくった。
「ところで、それぞれの遺体についての詳細はないですか? 検視結果のようなものが、どこにも見当たらないのですが」
少女たちは、顔を見合わせた。代表してピュグマが答える。
「死体を調べる風習はないのだ」
「風習というか……じゃあ、遺体はいま、どこに?」
少女たちが、ふたたび、顔を見合わせる。
「魔術によって火葬された」
われ関せず、といった雰囲気で、これまでいっさい発言してこなかったナズナが、読んでいる本から顔を上げないまま、素っ気ない口調で簡潔に言った。
みんなが言いにくかったことを代表して言ったかたちとなったが、本人は気にも留めていない様子だ。
「冗談だろ?」
Qが指でこめかみを押さえた。
「よく調べもせずに?」
「こういうことに慣れてないのだ……社会自体が」
ピュグマは頬をかいた。
こいつはまいったな、といった表情で、Qがぼくを見る。
「魔術で可能な事柄のなかに〈念写〉というのがありましたね? 言葉からの連想でしかないですが……それはつまり、現場や遺体の、ぼくたちがいうところの写真、がのこっているということではないですか?」
ぼくの問いに、ピュグマがうなずいた。
「そうなのだ。魔術のこと知らないのに、どうしてわかった?」
「わかったわけじゃないですよ」
ぼくは苦笑した。
「そうじゃないと困る、というだけです」
ピュグマが進み出て、杖を持ち上げた。
真っ白い壁がスクリーンの役目を果たし、スライドのように写真が浮かびあがる。
「〈念写〉魔術を発動すると、杖に埋めこまれたマギクスジェムに、狙った先の光景が記録されるのだ」
ピュグマは、仕組みを説明した。
壁には、人の顔が映し出された。金髪の女性だ。
「いちばん最初に起きた事件。被害者の名前は、アリステア」
ピュグマが流ちょうにつづける。その声に、未熟さは、ない。
「首都を出て街道を西に進んだとこにある、小さな宿屋を経営してた。生前の念写は、知り合いの魔術師が持ってたのを、こっちの杖のマギクスジェムに移したもの」
つづけて、遺体の写真が映し出された。
土の上に横たわり、服はほとんど着ていなかった。全身に傷があり、犯行の痕跡があった。
写真が切り替わる。全身を写したもの、細部のもの……。
ピュグマは、軽く目をそらした。
のこりの人間は、顔をしかめながらも、見つづけた。
抵抗はないのかといぶかしんだが、すぐに思いいたった。
この世界では、魔獣との戦いが日常茶飯事だ。
血や死体は、ぼくたちの世界の人間よりも見慣れているにちがいない。
「刃物で刺されているな」
Qが言った。
「めった刺しだ」
「傷口の大きさや状態から見て、得物はダガー」
ボソッとつぶやいたナズナの観察眼に、Qは感心した様子を見せた。
「わかるのか?」
「そのすべてが致命傷じゃないことも、わかる」
「いたぶってる……?」
ナズナの言葉に、ピュグマがつぶやく。ぼくはうなずいた。
「でも、防御創がないですね。抵抗できないよう、拘束されていた?」
細部を見ると、ロープのようなものでしばられたらしきアザが見受けられた。
「犯行中はしばられていたとしても、最初につかまったときは? 突然襲われて抵抗できないまま気を失った……不意打ちか、顔見知りの犯行か……」
「この刺し傷」
Qが壁に近づいた。
「出血量に差がある。傷のいくつかは、死後のもののようだ」
「どの傷ですか?」
「顔面がとくに多いな。顔の傷のほとんどは、あきらかに、死後につけられている」
「死体への損傷行為、ですか?」
「そのようだな」
「どうしてでしょう」
「なにか隠したいものが被害者のからだにあったか──」
「歯形とか?」
「コーフンして被害者を噛むヤツは多いからな」
「これらの刺し傷……一つ一つが正確な攻撃ですが、どこか感情的な刺しかたです。傷の深さにムラがある。アンサブの性的嗜好かも」
「殺すことそのものより、刺すことを楽しんでいる?」
「ありえます」
「犯罪に不慣れな世界だ」
Qがアゴに手を添えて言った。
「たしかに、あまり凝った捜査かく乱はおこなわれていないとみて、いいだろうな。歯科記録との照合、なんてのもないわけだし」
「歯形から個人を特定する手法……なるほどなのだ」
ピュグマが、しきりに感心してみせる。
ぼくは、写真の一枚一枚を、くまなく観察する。
「顔面もかなり刺されていますが……それこそ識別ができないくらい。歯でないなら、被害者の身元確認はどうやって?」
「腕に古い傷があったのだ。そこから割り出した」
「遺体はどこにあった?」
Qが問うと、画像が切り替わった。
「宿屋からすこし西に離れた、林のなかなのだ」
「殺害地点ではないな。これは死体遺棄地点だ」
Qがすぐ言った。ぼくも同意見だ。
「林のなかとはいえ、街道に近い。いたぶるのが目的なら、被害者の口をふさいでいなかった可能性も。だとしたら、悲鳴もかなりのものでしょう。しばってじっくり楽しむには、もうすこし時間のとれる、個人的でプライベートな空間を要したはずです」
「楽しむとか、プライベートとか……あまり愉快ではないのだ」
ピュグマが、すこし怒った様子で言う。それは、人として当然のことだ。
「ぼくもそう思います。でも、いま重要なのは、犯人の気持ちなんです」
「まわりの土を見ろ」
Qが指さした。
「すこしも乱れてない。通りがかりに、ただ捨てたらしい。とくべつ、隠すつもりもないようだ」
「単純に、発見まで間を置きたかったんでしょう。検死という技術がない以上、死亡推定時刻は割り出せないわけですし。発見が遅れれば遅れるほど、容疑者は増え、われらがアンサブ自身は、存在を薄めることができます」
「殺害地点ではない……それなら」
ピュグマの手で、画像がふたたび切り替わる。今度は、屋内のものだ。
「被害者が経営してた宿屋の地下室が、あやしいのだ」
「地下室ですか。うってつけですね。どうして、あやしいと?」
「いくらか血の跡があったとの報告があるのだ。衛兵は、この地下室はただ被害者を連れ去った場所であるという結論にいたっているようなのだ」
「たしかに、襲撃地点にすぎないという可能性もありますが……この空間環境なら、おそらく殺害地点でもあるでしょうね」
「血の量が、あの傷でいくらか、というのはおかしい。もしここが殺害地点だとするなら、拭き取ったことになる」
Qが指摘する。
「さすがに、殺害地点を隠したいという知恵くらいは、はたらくか」
「そこから遺体を遺棄地点まで移動させていますね。方法は?」
「この現場あたりは農家が多いから」
ピュグマが言った。
「荷車を押してても、そこまで目立たないのだ。夜間なら人通りもすくない」
「宿屋への侵入経路がわからないな。窓を割った形跡はないし」
「客だったのかも。仮にそうなら、宿屋の一階が、アンサブと被害者の遭遇地点ですね。そして、被害者を言いくるめるか、あとを追うなりして地下に行き、そこで襲撃した」
Qの疑問に、ぼくは答えた。
「防御創がないから、おそらく被害者は完全に油断していたはずです」
「だとしたら、それなりに頭の回る野郎だぞ、このアンサブは」
「同感です」
ぼくたちは、それらの検討をいったん打ち切り、二件目の事件にうつった。