表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界犯罪分析官  作者: 星野彼方
21/32

Act 3-4:模倣犯

「よかっ、た、のだっ」


 ピュグマは、先ほどまでのぼくに負けず劣らず、大声で泣きじゃくっていた。


「二人に、もしもの、ことが、あったら……って……」


 モクも、ぼくのからだをぎゅうぎゅうに抱きしめ、顔をペロペロとなめまわしてくる。


「間に合って、ほんとうに、よかったのだ」


 ピュグマの手が腕に触れる。

 ぼくは、笑いかけた。


「ほんとうに、ありがとうございました」

「お礼なんて、必要ないのだ。もともと、二人が連れ去られてしまったのは、アタシたちの不手際なのだ。ごめん……なのだ」

「そんなこと──」

「だいじょうぶ?」


 そう問いかけてきたのは、ナズナだった。

 ぼくは、その顔を、どう見ればいいのかわからなかった。

 ただ、うなずいた。



「……ぼくを襲った男が、言っていました」


 ぼくは、毛布につつまれ、あたたかいコーヒーを飲みながら、言った。

 一瞬、ナズナと目が合う。


「彼ら〈ナイトレイド〉の支部は、ぼくたち〈捜査騎士団〉を消すよう、依頼を受けたと」

「あの連中が、依頼内容を明かしたのだ?」


 ピュグマが疑問の声を上げた。


「……聞きだしました」


 ぼくはそう答えてから、ベッドの上で眠るQを見た。

 ピュグマの薬学と魔術による治癒で、身体的には回復し、あとは疲労がのこっているだけだろうということだった。


 五人は、宿屋の一室に集まっていた。

 襲撃を受けた宿屋ではなく、新しく借りた宿だ。


「問題は」


 ぼくはベッドわきのイスに腰かけ、両手を膝のあいだで組み合わせた。


「だれが、その依頼をしたのか」

「想像はついてる?」


 ナズナが訊いた。

 ぼくはうなずく。


「ぼくたちの追う、犯人。〈秩序型〉のアンサブAですよ」

「まあ、それはそうなのだ」


 ピュグマが言う。


「捜査してると知って、あせったはずなのだ」

「ここで注目すべきなのは」


 ぼくはつづけた。


「ぼくたち五人分の殺害を暗殺ギルドに依頼する資金がありながら、女性たちの殺害は自分の手でおこなっているという点です。あの三件の殺人は、どう見ても組織のからんだものではない。単独の、素人による犯行です」

「どういうことなのだ?」

「ぼくたちを消そうとしたことと、三人の女性たちを殺したことは、性質的に異なる、ということです」

「性質的に……?」

「犯人は、三人の女性たちを、自分の手で殺さねばならなかった」


 ぼくは、言いきった。


「そういった強迫観念的要因がないなら、暗殺ギルドに依頼すればすむ話です。この犯人は、理知的でありながら、精神を病んでいます」

「自分の手で」


 声が上がった。


「自分の手で殺さないと、気がすまないんだ」

「Q! ……もうすこし、寝ていないと」

「ええい、だいじょうぶだ。病人あつかいするな」


 彼女は足で布団をからめとり、わきへと捨てて、起き上がった。


「幼児期の体験が影響するなりして、性と暴力が直結しているのか? つまり──みずからの快感のために、犠牲者を殺しているのか?」

「アンサブAは〈淫楽型〉と思われますから、ふつうに考えるなら、そうです」

「対人暴力と性的な満足が密接に関連し、犯人は殺人によって性的満足を得ようとする。殺人こそが快感であり、性的にコーフンするイベントなんだ」


 Qの言葉を聞きながら、ぼくはどういうわけか、〈ナイトレイド〉のアジトで、自分にナイフを突きつけながら唇を重ねてくる、ナズナの姿を思い出していた。

 思わず、彼女のほうを見る。

 ナズナは、ぼくを見ていなかった。

 無表情に、発言者であるQを見つめている。


 ぼくは首をふって、その光景を頭からふりはらった。

 事件に集中する。


「殺害から快感を得ようとするために、〈淫楽型〉にとって大事なのは、殺害行為そのものの過程だ。犯行には、じっくり、時間をかける。アンサブBとくらべてみればわかる。奴は〈幻覚型〉だ。殺害行為の過程ではなく遂行にこそ比重が置かれ、すばやく殺害する」


 ぼくは頬を指でたたいた。

 思考が、飛躍する。

 標準的なプロファイリングを、一度、無視する。


「……どうした? 恒一」


 Qが、ぼくの様子に気がついた。


「気になっている点があります」


 ゆっくり言った。


「〈淫楽型〉にかぎらず、〈秩序型〉は、通常、顔見知りでないものを標的にします」


 すべての視線が、ぼくに集まっていた。


「ですが、このアンサブAはちがう。犠牲者たちの常連客だと思われるからです。そもそも、ペペを売る女性を狙っていること自体が納得いかない。彼女たちは、ふつうの一般的な女性よりも警戒心が強い。マリアンにいたっては、魔術の心得すらあった。リスクが高すぎるんです。ふつう、こういった犯人は、弱い人間を襲う。そういう、襲いやすい人間を的確に見抜く嗅覚を、彼らは才能として持っているんです」


 しだいに、考えがまとまってくる。


「金髪で同年齢の女性──これだけの共通点なら、それが犯人のタイプである、で説明がつきます。しかし、ペペの売人──これだけが浮いている。もちろん、そういう特殊な人間ばかり襲う犯罪者というのは存在します。ホームレスばかりを狙ったり、ゲイばかりを狙ったり。ですが、このアンサブAには、それはそぐわない。どこか、ちぐはぐなんです。なにかがおかしい」

「待てよ。犯人が、故意に私らをミスリードしていると言いたいのか? プロファイリングを混乱させ、捜査をかく乱しようとしていると? この世界の人間は、行動分析より有名な科学分析だって知らないんだぞ」

「故意じゃない」


 ぼくは、気がついた。


「故意じゃないんですよ」

「なに?」

「故意に現場を偽装したわけじゃない。プロファイリングされる犯人像をごまかそうだとか、そういう考えがあったわけじゃない。これは模倣なんです」


 ぼくは立ち上がる。


「模倣ですよ! 犯罪にくわしくない世界だから、その可能性を心のどこかで除外してしまっていました! この犯人は、模倣しているんです! そして、そのことによって満足感を得ようとこころみている!」

「……だからダガーか」


 Qは納得したように言った。


「それで、二つの事件は、表面的には似てしまったんだ」

「そうです! 彼がダガーを使ったから、アンサブAも、ダガーを使用した」

「ちょ、ちょっと待つのだ。ちゃんとした説明要求」


 ピュグマが両手でぼくを制し、言う。


「だれがだれをどうしたからだれがどうするって? 模倣って、どういうことなのだ?」

「アンサブAは、べつの殺人をマネして、自分の殺人を犯している。一種の模倣犯なんです。そこまで正確にマネしているわけではないですが、表層は沿ってる」

「べつの殺人をマネしてって……」


 ピュグマは首をかしげた。


「べつの殺人というのは、なんなのだ?」


 ぼくはピュグマを見、ほかの全員を見わたした。


「アンサブBの殺人です」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ