Act 3-4:模倣犯
「よかっ、た、のだっ」
ピュグマは、先ほどまでのぼくに負けず劣らず、大声で泣きじゃくっていた。
「二人に、もしもの、ことが、あったら……って……」
モクも、ぼくのからだをぎゅうぎゅうに抱きしめ、顔をペロペロとなめまわしてくる。
「間に合って、ほんとうに、よかったのだ」
ピュグマの手が腕に触れる。
ぼくは、笑いかけた。
「ほんとうに、ありがとうございました」
「お礼なんて、必要ないのだ。もともと、二人が連れ去られてしまったのは、アタシたちの不手際なのだ。ごめん……なのだ」
「そんなこと──」
「だいじょうぶ?」
そう問いかけてきたのは、ナズナだった。
ぼくは、その顔を、どう見ればいいのかわからなかった。
ただ、うなずいた。
「……ぼくを襲った男が、言っていました」
ぼくは、毛布につつまれ、あたたかいコーヒーを飲みながら、言った。
一瞬、ナズナと目が合う。
「彼ら〈ナイトレイド〉の支部は、ぼくたち〈捜査騎士団〉を消すよう、依頼を受けたと」
「あの連中が、依頼内容を明かしたのだ?」
ピュグマが疑問の声を上げた。
「……聞きだしました」
ぼくはそう答えてから、ベッドの上で眠るQを見た。
ピュグマの薬学と魔術による治癒で、身体的には回復し、あとは疲労がのこっているだけだろうということだった。
五人は、宿屋の一室に集まっていた。
襲撃を受けた宿屋ではなく、新しく借りた宿だ。
「問題は」
ぼくはベッドわきのイスに腰かけ、両手を膝のあいだで組み合わせた。
「だれが、その依頼をしたのか」
「想像はついてる?」
ナズナが訊いた。
ぼくはうなずく。
「ぼくたちの追う、犯人。〈秩序型〉のアンサブAですよ」
「まあ、それはそうなのだ」
ピュグマが言う。
「捜査してると知って、あせったはずなのだ」
「ここで注目すべきなのは」
ぼくはつづけた。
「ぼくたち五人分の殺害を暗殺ギルドに依頼する資金がありながら、女性たちの殺害は自分の手でおこなっているという点です。あの三件の殺人は、どう見ても組織のからんだものではない。単独の、素人による犯行です」
「どういうことなのだ?」
「ぼくたちを消そうとしたことと、三人の女性たちを殺したことは、性質的に異なる、ということです」
「性質的に……?」
「犯人は、三人の女性たちを、自分の手で殺さねばならなかった」
ぼくは、言いきった。
「そういった強迫観念的要因がないなら、暗殺ギルドに依頼すればすむ話です。この犯人は、理知的でありながら、精神を病んでいます」
「自分の手で」
声が上がった。
「自分の手で殺さないと、気がすまないんだ」
「Q! ……もうすこし、寝ていないと」
「ええい、だいじょうぶだ。病人あつかいするな」
彼女は足で布団をからめとり、わきへと捨てて、起き上がった。
「幼児期の体験が影響するなりして、性と暴力が直結しているのか? つまり──みずからの快感のために、犠牲者を殺しているのか?」
「アンサブAは〈淫楽型〉と思われますから、ふつうに考えるなら、そうです」
「対人暴力と性的な満足が密接に関連し、犯人は殺人によって性的満足を得ようとする。殺人こそが快感であり、性的にコーフンするイベントなんだ」
Qの言葉を聞きながら、ぼくはどういうわけか、〈ナイトレイド〉のアジトで、自分にナイフを突きつけながら唇を重ねてくる、ナズナの姿を思い出していた。
思わず、彼女のほうを見る。
ナズナは、ぼくを見ていなかった。
無表情に、発言者であるQを見つめている。
ぼくは首をふって、その光景を頭からふりはらった。
事件に集中する。
「殺害から快感を得ようとするために、〈淫楽型〉にとって大事なのは、殺害行為そのものの過程だ。犯行には、じっくり、時間をかける。アンサブBとくらべてみればわかる。奴は〈幻覚型〉だ。殺害行為の過程ではなく遂行にこそ比重が置かれ、すばやく殺害する」
ぼくは頬を指でたたいた。
思考が、飛躍する。
標準的なプロファイリングを、一度、無視する。
「……どうした? 恒一」
Qが、ぼくの様子に気がついた。
「気になっている点があります」
ゆっくり言った。
「〈淫楽型〉にかぎらず、〈秩序型〉は、通常、顔見知りでないものを標的にします」
すべての視線が、ぼくに集まっていた。
「ですが、このアンサブAはちがう。犠牲者たちの常連客だと思われるからです。そもそも、ペペを売る女性を狙っていること自体が納得いかない。彼女たちは、ふつうの一般的な女性よりも警戒心が強い。マリアンにいたっては、魔術の心得すらあった。リスクが高すぎるんです。ふつう、こういった犯人は、弱い人間を襲う。そういう、襲いやすい人間を的確に見抜く嗅覚を、彼らは才能として持っているんです」
しだいに、考えがまとまってくる。
「金髪で同年齢の女性──これだけの共通点なら、それが犯人のタイプである、で説明がつきます。しかし、ペペの売人──これだけが浮いている。もちろん、そういう特殊な人間ばかり襲う犯罪者というのは存在します。ホームレスばかりを狙ったり、ゲイばかりを狙ったり。ですが、このアンサブAには、それはそぐわない。どこか、ちぐはぐなんです。なにかがおかしい」
「待てよ。犯人が、故意に私らをミスリードしていると言いたいのか? プロファイリングを混乱させ、捜査をかく乱しようとしていると? この世界の人間は、行動分析より有名な科学分析だって知らないんだぞ」
「故意じゃない」
ぼくは、気がついた。
「故意じゃないんですよ」
「なに?」
「故意に現場を偽装したわけじゃない。プロファイリングされる犯人像をごまかそうだとか、そういう考えがあったわけじゃない。これは模倣なんです」
ぼくは立ち上がる。
「模倣ですよ! 犯罪にくわしくない世界だから、その可能性を心のどこかで除外してしまっていました! この犯人は、模倣しているんです! そして、そのことによって満足感を得ようとこころみている!」
「……だからダガーか」
Qは納得したように言った。
「それで、二つの事件は、表面的には似てしまったんだ」
「そうです! 彼がダガーを使ったから、アンサブAも、ダガーを使用した」
「ちょ、ちょっと待つのだ。ちゃんとした説明要求」
ピュグマが両手でぼくを制し、言う。
「だれがだれをどうしたからだれがどうするって? 模倣って、どういうことなのだ?」
「アンサブAは、べつの殺人をマネして、自分の殺人を犯している。一種の模倣犯なんです。そこまで正確にマネしているわけではないですが、表層は沿ってる」
「べつの殺人をマネしてって……」
ピュグマは首をかしげた。
「べつの殺人というのは、なんなのだ?」
ぼくはピュグマを見、ほかの全員を見わたした。
「アンサブBの殺人です」