最終話 ~ かすり傷です ~
外伝Ⅲ最終話です。
ここまでお付き合いいただきありがとうございます。
カールズの初陣から1ヶ月が経った。
ロイトロスの怪我はかなり深かった。
肋骨と手首を骨折、内臓の一部損傷、さらにヴィアスティカを多重服用したことによる精神的虚脱により、ベッドから出ることすら難しかった。
だが、驚異的な回復力で傷を癒やすと、帝国の黒豹は鎧を着て、皇帝陛下に謁見した。
「久しいな、ロイトロス。傷はもういいのか?」
「かすり傷です」
即答した。
玉座に座った皇帝は、ほうと口を開けた。
「陛下……」
「なんだ?」
「申し訳ござません。ご子息の初陣に泥を塗るようなことを、私はしてしまいました」
皇帝は1度、隣に立っていた大臣を一瞥した。
大臣は軽くクフ陛下に耳打ちをする。
再び口を開いた。
「確かに……。万全に万全を期しながら、お前を含めて多くの兵士に怪我をさせた。死者が出なかったことは評価すべきことだが、余が望んだものとは結果は違う」
「仰る通りです。すべては私に責任があります」
「だが、司令官は我が息子カールズだ。責が負うとするなら、カールズであろう」
「いえ……。カールズ様は初陣。戦場の経験は皆無に等しい。お責めになるのは、あまりに無体というものです」
「では、ロイトロス……。この責――どう詫びる?」
…………………………。
クフは睨んだ。濃い緑眼は、藻が張った湖水のように濁っていた。
沈黙が降りる。
ロイトロスの下げた顔から、1滴の汗が垂れた。
「許されるのであれば、死して詫びたいと考えております」
皇帝陛下のご子息の初陣を汚したのだ。
下手をすれば、殿下の命すら奪われていたかもしれない。
不可抗力であろうとなかろうと、後々の歴史家が評価することではない。
歴史に残る汚点を刻んだ時点で、万死に値する。
「相変わらず堅い男だな、ロイトロス。いっそ『帝国の黒豹』ではなく、『帝国の岩男』と改めてはどうだ?」
「は――。……はあ?」
反射的に返事をしてしまったが、言葉の内容の軽さに顔を上げた。
そしてクフは思いも寄らぬ言葉を口にした。
「余の負けじゃ」
「――――!」
「カールズと賭をしておった」
「賭……ですか?」
「余はお前がこういうと思っておった。『如何ようの罰を受ける』と――。カールズは言った。『死して償う』と――。その時は笑ったが、よもやカールズが勝つとはな」
含み笑ったが、その目には激しい怒りが満ちているのがわかった。
「そんなに命が惜しくないか、ロイトロス……?」
皇帝陛下の質問を聞いて、ロイトロスは何故陛下が賭に負けたのかを悟った。
陛下はロイトロスが直接的に「死」を望む言葉を使わないと思い、「如何ようの罰を受ける」と言うと考えた。さらにいえば、「如何ようの罰」の中から「死罪」を選んだとしても、ロイトロスは命乞いをするものだと思っていたのだろう。
逆説的にいうなら、陛下はロイトロスに死罪を申し渡そうとしていたのだ。
「死を望むものに、死罪を与えては罰にはなるまい」
ロイトロスの鼻梁に汗が駆け抜けていった。
「お前の処遇は賭の勝者たるカールズに任せてある。下がるがよい」
皇帝はやや鬱陶しげに手を払った。
「……は」
なんとも気分が優れなかった。
いっそ死罪になっていた方がマシだとすら思えた。
殿下の初陣を華々しく飾れなかった無念さ。
尊敬すべき武人であるクフ陛下ならわかって下さると思っていた。
だが、自身の純真な心を理解していたのは、武人とはほど遠い14歳の青年だったのだ。
皇帝はおもむろに玉座から立ち上がる。
去り際、もう一度ロイトロスの方を向くと言った。
「カールズは少し変わったか……。お前の影響か?」
ロイトロスは軽く首を振り、返答した。
「陛下……。東方にこんな格言がございます。男子三日会わざれば刮目して見よ。子供は、わずかな間でも驚くほど成長をしているものです」
「…………」
クフは何も言わず、ただロイトロスを一瞥しただけだった。
『豚の小躍り亭』のカウベルが激しく打ち鳴らされる。
飛び込んできた客を見て、女将は目を剥いた。
「ロイトロス……!」
手入れがされず、伸び放題になった黒髭と眉。日焼けした肌は、若干青白く、額には汗が浮かんでいた。しかし意識ははっきりしており、蒼く丸い瞳はいつぞやに現れた時と同じく、怒りに燃えていた。
「来ているか?」
うずく横っ腹を抑えながら、ロイトロスは怒鳴る。
ああ、と得心して、女将は親指で奥を指し示した。
「入るぞ」
ロイトロスは柱やカウンターによりかかりながら、店に入っていく。
「あんた、怪我は?」
「かすり傷だ!」
怒鳴り散らすと、奥の部屋へと踏み込んだ。
「やっぱりここですか!!」
暖簾を押しのけ、入った半個室に見慣れた光景が広がっていた。
1人の青年が豚の魚醤焼きを頬張っていた。
無秩序に放置された金獅子色の髪。肌は白く、女とも男ともとれるような中性的な顔立ちをしている。線も細く、役者でもやればたちまち女性ファンを獲得することが出来るほど、容貌は整っていた。
青年は、深い緑色の瞳を爛々と輝かせ、肉を引きちぎっている。
ロイトロスが黙って対面に座ると、ようやくその存在に気付いた。
「やあ、ロイトロス……。怪我はもう大丈夫なのかい」
「かすり傷です……」
全く悪びれることなく話しかけたカールズに、今日何回目かの言葉で返答した。
美味しそうに食べる皇子を見ながら、ロイトロスもテーブルにあった箸をとって食べ始めた。
「あ……。僕の――」
「ちょっとぐらいいいではありませんか」
「病み上がりのくせに」
「だから、かすり傷です」
黙々と食べる。
久しぶりの肉料理に、腹と舌が喜ぶのがわかった。
「陛下に謁見してきたんでしょ?」
「ええ……。久々に肝が冷えました」
「ははは……。命拾いしたね」
「でも、あの場で死罪といわれれば甘んじて受けいれるつもりでした」
「ねぇ、ロイトロス……」
「なんでしょうか?」
カールズが箸置きに箸を置くと、ロイトロスもそれにならった。
真っ直ぐな瞳は、父親とは違い、澄んだ緑色をしている。
「戦場に甘えてはダメだ」
ロイトロスは息を飲む。
そう言葉にしたカールズの雰囲気は、玉座に座った皇帝陛下よりも武人の心を深く抉った。
「戦場で死ぬことは僕でも出来る。……だが、戦場で生き抜くことは難しいのだ。僕はそれを今回、イヤと言うほど思い知った。お前が僕を甘いと叱るのもわかる」
「…………」
「だが、ロイトロス、戦場に甘えていてはダメだ。戦場でもっとも困難なことを乗り越え、僕の前に戻ってきてこそ騎士なのだ。誰よりも生き抜く騎士になれ、ロイトロス」
ロイトロスは椅子を引き、立ち上がった。
テーブルの横に出ると、頭を垂れて傅いた。
「その言葉……。このロイトロス、生涯忘れませぬ」
武人としての矜持を試し、死ねと命じようとしていた皇帝。
誰よりも生き抜けと諭した皇子。
どちらにしても、それは騎士としての生き様だろう。
では、どちらがロイトロスの心を打ったか……。
それは己の頬に流れる涙が語っていた。
「そ、そんな涙を流すようなことかい。至極当然なことだと思うけどね」
「いえ……。感服いたしました」
カールズは照れくさそうに鼻の頭を掻く。
「感服したのはこっちも同じだよ」
「はっ?」
「君の言うとおりだよ。親がいなければ、子供は生きられない。僕だって、父上がいなければ、どうなっていたかわからない」
「しかし、カールズ様は――」
「わかっているよ。……だけど、ロイトロス――この世界には、戦争やモンスターによって父や母を奪われた子供がたくさんいるはずだ」
「はい」
「だから、決めたよ。僕は皇帝になる」
「それは――」
「その時には付いてきてくれるかい、ロイトロス?」
「誠心誠意、あなた様の元で働かせていただきます」
カールズ・グランデール・ベルー・マキシア。この時14歳。
ロイトロス・バローズ。31歳。
後に皇帝と、帝国軍の総大将となる2人は、6年後クーデターを起こし成功。
史上最も静かなクーデターによって、クフ帝を退位に追い込まれることになる。
帝国歴409年の出来事であった。
というわけで、3章でロイトロスが思い出した言葉につながるという風に
まとめてみましたが、いかがだったでしょうか?
この後、この2人がどう帝国を変えていくのか、というところは
気になりますが、残念ながらここまでということになります。
どこかで言ったような気もするのですが、
カールズにしても、ロイトロスにしてもよもやここまで自分の中で
比重の高いキャラクターになるとは思いもよりませんでした。
そもそもこの2人、名前だけでキャラ表もなく作っていたし、カールズの
名前が3章でようやく出てきたことから察せられるかと思います。
(演出でもなんでもないんですよ、あれ(汗))
3章の途中ぐらいから、オーバリアントの昔の話を書いておいた方がいいかな、
という思いが膨らみ、当時ノリノリで書いていたロイトロスにスポット当ててみたいと思った次第です。
正直、今のラノベやなろうの話でおっさんたちの話なんてどこに需要があるんだよって思いながら書いてました。
ただ自分が書きたいんだから書こう、という思いだけでやっていたのですが、
ptがガリガリ削られることなく、むしろ少し上がったのでホッとしています。
今後、カールズはちょっと出てこないとは思うのですが、
ロイトロスはちょこちょこと出てくる予定なので、そこは楽しみにしていただければと思っています。
さてさて長くなりましたが、明日から4章ということになります。
以前、4章が終章になるといいましたが、「あれは嘘だ……」という
ことになりましたw
4章で書かなければならないことが、割と膨大にあって、
下準備の部分とそれにつながるクライマックスの文量があまりにも長くなりそうなので、正確には4章を前後編にするみたいな形になります。
ここで4章のタイトルをドドドン!
『異世界冒険編』
あれ? 今回、最強が付かないのかと思われた方は鋭いです。
4章は基本的に宗一郎たちがオーバリアント各地を回って、ゲームクリアのため
のアイテム集めが主になります。
今まで、1つのスポットに焦点を当てて話を作ってまいりましたが、
なるべく短めの話で、また宗一郎だけではなく別のキャラにもスポットを
当てながら――という話になります。
なので、次からちょっと変わった感じの構成になりますが、
もちろん宗一郎の無双もありますので、引き続きお楽しみいただけたらな、
と思います。
新章は明日の――いつもの時間――18時になります。
今後も毎日投稿を目標に頑張りますので、
『その現代魔術師は、レベル1でも異世界最強だった。』をよろしくお願いします!