第6話 ~ 行くぞぉ、化け物! 構えをとれ!! ~
外伝Ⅲ第6話です。
早いもので、次がラストになります。
ここまでお付き合いいただきありがとうございます!
スペルヴィオの吠声が轟く。
鼓舞するように胸を叩き、足踏みをする。
「早く上がってこい!」
そんな風に言っているように見えた。
ロイトロスは頭上を見ながら、おもむろにマントの留め金を外した。
黒のマントが影のように地面に広がる。
「殿下。1度退いて、別ルートを探して下さい」
「ロイトロスはどうするつもりだ?」
「ここで時間を稼ぎます」
「ダメだ! 承服できない。僕も戦う!」
「心配めさるな、殿下。ただの時間稼ぎです。……適当に相手したら、すぐに合流いたします」
「その言葉……信じていいのだな」
「女神プリシラに誓って」
「…………」
「…………」
「わかった。だが、絶対だ。命令違反は許さない」
「心得ております。……それよりも兵たちを頼みます」
「この身に代えてでも守るつもりだ」
――それは控えてもらいたいが……。
ロイトロスは笑う。
だが、この初陣で様々な皇子を見て来たが、胸を叩いた今の姿が何よりも頼もしく見えた。
「さあ、お早く……」
「後でな。ロイトロス!」
「ええ……」
兵を連れ、カールズは下へと戻っていった。
その顔は洞穴の暗闇に隠れるまで、ロイトロスの方を向いていた。
「出来れば、帝冠を被り、玉座に座っている姿を見たかったが……」
瞼を閉じれば目に浮かぶ。
緋色のマントを纏い、金色の髭鬚を生やし、威風堂々と帝国の大国旗の前に座る姿を……。
ロイトロスはカッと目を開けた。
火が入った――。
後は、この命……。如何に燃やし尽くすかだ。
鉄靴を鳴らし、踵を返した。
一歩一歩踏みしめるように道を上っていく。
道が開け、広い空間に出た。
中央に、スペルヴィオが大鎚を構えて立っている。
グオワォオ、と大口を開けて、上がってきた人間を威嚇した。
ロイトロスはニヤリと笑う。
「待たせたな。化け物……」
震える手を握り込み、無理矢理止める。
武者震いではない。本気で怖いのだ。
ロイトロスが『帝国の黒豹』と呼ばれたのは、もう10年も前。
他国を震撼させ、唯一プリシラの恩恵無しにモンスターと渡り合った経験がある男とて、この状況は怖い。
スペルヴィオは対モンスター戦を挑めば、さほど怖い相手ではない。
集団で遠距離から攻撃すれば、いかなタフなモンスターといえど【体力】が尽きれば、倒されてしまう。
故に今回の兵の半分以上は、魔法兵や弓兵、槍兵だった。
わかっていれば、対処のしやすいモンスターと言える。
だが、接近戦になった時には、竜種よりも厄介な相手になる。
たとえ、200人の剣兵が斬りかかったとしても、勝てるかどうかはわからない。
そんな相手に、ロイトロスはたった1人で挑む。
獲物はリーチのない二振りの愛剣。しかも片腕は怪我をしていて、満足に動かせない。
はっきり言うが、殺してくれと頼んでいるようなものだ。
しかし――。
退くわけにはいかない。帝国のため、そして未来の皇帝のため……。
ロイトロスは懐から木の実を取り出す。
血のように赤黒い実は『ヴィアスティカ』と言って、噛み砕いて飲むと、一時的に筋力増進され、感覚が鋭くなる。いわば麻薬だ。
オーバリアントでは古くから植生している木の実だが、服用を誤れば、最悪“死”もあり得る危険なものだ。
それをロイトロスは3つ口の中に入れ、噛み砕く。
喉を鳴らして、飲み込んだ。
一拍後――。
ドンと心臓が強く打ち鳴らされた。
身体がカッ――と熱くなり、血が体内で溢れていくのがわかる。筋肉が膨れ、頭の中がクリアになっていく。
視界がスローに見えた……。
ロイトロスは先ほどカールズに巻いてもらった包帯を取る。
そしていつも通り、二振りの剣を抜き放った。拳に力が戻る。
「行くぞぉ、化け物! 構えをとれ!!」
獣ように腰を落とす。
しなやかな体勢は、1匹の豹を思わせた。
走る――。
スペルヴィオが見えたのは、そこまでだった。
気がつけば、二振りの剣を持った黒鉄の兵士が首裏にいた。
身体を捻るように2連撃――。
一瞬にして、2筋の赤い線――ダメージ判定が刻まれる。
さらに致命ボーナスまで入り、スペルヴィオの【体力】が大幅に削られる。
しかし、貪鬼は怯まない。
落下しはじめた人間を狙って、木槌を振るう。
蠅のようにたたき落とされたかと思われたが、ロイトロスは腰をひねり、さらに木槌を利用して方向を変える。
飛び上がり、スペルヴィオの顔面に肉薄すると、そのまま×の字に切り裂いた。
再び致命ボーナス付きのダメージ判定。
スペルヴィオはたまらず仰け反る。顔に取り付いた人間を払おうと闇雲に手を動かす。
ロイトロスはあっさりかいくぐると、1度地面に降りる。今度は足首の裏に回って、腱に攻撃を加えた。
さらに致命――徹底して、弱点をついていく。
そうでもしなければ、スペルヴィオの【体力】を削り取ることは出来ない。ヴィアスティカのおかげで、感覚が鋭敏になり、余裕を持って攻撃をかわすことができている。しかし、いずれ効果はなくなる。
与える時に与えなければ、勝機はない。
ロイトロスは死ぬつもりだった。
だが、スペルヴィオを道連れにしてからだ。
――速く!
スペルヴィオの足踏み。これもロイトロスはかわす。
脇に回って、横腹を切り裂いた。
――疾く!!
巨体を振り回し、闇雲に腕を、木槌を振るう貪鬼。
対してロイトロスは豹というよりは、獅子のように巨躯の周りを縦横無尽に駆け回り、確実に――かつ大ダメージを与えていく。
――いける!!
ダメージはいかばかりか確認する暇もないが、このままいけば倒せるかもしれない。単独で――この大型の貪鬼を倒せる!
「とどめだあぁぁああああああああああああああああぁぁあああああ!!!!」
ロイトロスは一直線にスペルヴィオに向かっていく。
貪鬼は完全に目標を失い、ただむやみやたらに腕を振るうことしか出来なくなっていた。
帝国の黒豹の狙いは、喉元――。
そこを食い――引きちぎる。
横からなぎ払われた巨拳を足場に飛び上がる。
二振りの剣を逆手に持ち替え、真っ直ぐ喉元を目指した。
瞬間――――。
何かが口からこみ上げて来た。
さっと自身の視界に映ったのは、鮮血だ。
「な――――」
驚き、大きく見開いた目からも、血涙が流れる。
目の前が真っ赤に染まり、全身にみなぎっていた力が雲を払うように消え失せていくのがわかった。
薬の効果が切れたのだ。
ロイトロスは一瞬、離しそうになった剣に再び力を込める。
――まだだ……。
ぼやける視界の中で、一心不乱に喉元を目指した。
が――――。
強烈な一撃が横合いから来た。
身体がバラバラになりそうな衝撃とともに、ロイトロスはあっさりと吹き飛ばされる。壁にめり込むほど叩きつけられ、ずり落ちていった。
自分の【体力】がみるみる減っていくのがわかる。
それ以上に薬が切れた激しい虚脱感と、攻撃を受けた衝撃の方が問題だった。
意識はあるが、立つ力がない。
赤い視界には、おそらく自分を殴打したであろう大木槌が映り、重い足音が妙に遠くの方で聞こえている。
――これまでか…………。
願わくは倒したかったが、時間は十分稼いだろう。
後は、この身をどうするか――ということだが、残念ながらもう指1本動かす事ができない。
1つ後悔あるとするなら、カールズが作る帝国を見る事が出来なかったこと。
そして、最後の相手がモンスターであったこと。
「出来れば、自分と対等に戦える武人と相対してみたかった……」
そう――。
たとえば、この目の前のスペルヴィオを圧倒できるような武人と……。
ロイトロスは薄く微笑んだ。
1つ言いながら、2つあることに気付いたのだ。
――存外……。俺はまだ生きたいらしいな。
だが、願いは叶わない。
洞穴を揺るがすほどの足音が止まる。
目の前には巨大な死神が立っていた。
ゆっくりと大木槌が振り上げられる。
――さらばです。殿下……。
ロイトロスは静かに目をつぶった。
瞼の裏の暗闇の世界――。
その中に一瞬、赤い炎が灯ったように見えた。
次いで、引き裂くような鋭い音。
頬を撫でる空気が、妙に熱い。
――なんだ?
1度は閉じた瞼は、ゆっくりと持ち上げる。
【二級炎魔法】プローグ・レイ!!
力強い言葉が響き渡る。
火線がスペルヴィオの顔面に突き刺さる。
無数の赤い点が光り、ダメージ判定が追加されていく。
大木槌を取り落とし、スペルヴィオは顔面を覆った。ダメージよりも、暗闇に突如火の光を浴びたため、眩んだのだろう。1歩、2歩とロイトロスから離れて行く。
「ロイトロス!」
「で、殿下!?」
赤く染まった視界の中で、まだ幼さの残る顔の青年が、こちらに走ってくるのが見えた。
ロイトロスの側につくと、カールズは肩を貸す。
「どうして戻ってきたのですか?」
「お前を助けるために決まってるだろ? 心配して駆けつけてみれば、やっぱりだ。命令したはずだろ。死ぬなって」
「も、申し訳ありません。……それよりも兵は――――」
そうだ。怪我を負った我が兵はどうなったのだろうか。
ロイトロスは周りを見渡すが、影も形もない。
それに心なしか、カールズは広場になっているところから離れるのではなく、むしろ中心に向かって歩いているように見えた。
「殿下! この先は――」
重い振動がロイトロスの傷ついた内臓を揺るがした。
振り返ると、立ち直ったスペルヴィオが大木槌を持って走ってきている。
「殿下! 私を捨てて逃げて下さい」
「ダメだ! 絶対にお前を殺させたりなんかしない」
「殿下!!」
「それに――――」
“これでいいんだよ、ロイトロス…………”
――まさか……。
とロイトロスの目がカッと見開かれた瞬間。
カールズは振り返り、手を振り上げた。
放てぇぇえええええ!!
合図とともに、頭上に橙色の光が灯る。
次瞬、炎の塊がスペルヴィオに殺到した。
幾点もの赤い光が灯り、ダメージ判定が追加される。
「魔法……」
それだけではない。
矢が放たれ、槍が投擲される。
たちまちスペルヴィオの身体は火と、さらに無数矢と槍で埋まった。
吠声を上げ、身体を振って逃れる。だが、広場の中央に誘い込まれ、まさに袋の鬼となったスペルヴィオに退路はない。
【体力】がみるみる減っていく。
ロイトロスは広場を囲う壁の合間から、魔法や矢、槍を放つ兵士たちを見つけた。
「僕たちが戻ったら、残りの兵がそこまで探しにきてくれていたんだ」
「――――!」
「すぐにロイトロスを救出に行きたかったけど、無闇に突っ込めば兵を失うことになるからね。兵を展開するのに時間がかかってしまった。すまない。ロイトロス……」
「な…………」
――なんというお方だ…………。
率直にいって、軽く見ていた。
兵を『家族』と捉える甘ちゃん皇子…………。
自分の命も立場も省みず、他者をいたわろうとする典型的な偽善者。
それはどれも本当のことだ。
嫌なヤツだと思っていた。
しかし、決して状況にも感情にも流されず、的確に事態を把握する聡明さが、齢14歳の皇子には備わっていた。
未熟だったのは、武人であることに酔いしれ、状況と感情に流された自分の方だったのだ。
ロイトロスは笑う。自嘲ではない。
肩を貸す皇子の頼もしさと、これからの成長があまりに楽しみで、つい破顔してしまった。
願わくば、いつか成長した皇子と剣を交えてみたかった。
むろん、それは絶対叶わぬ夢だとわかっていても、願わずにはいられなかった。
――存外……。あの2つの後悔は、1つだったのかもな……。
カールズが皇帝になる様を見つめること。
己と対等の武人と相対すること。
死の淵にあった後悔は、1つに結ばれていたのだ。
ロイトロスは瞼を閉じる。
遠くでスペルヴィオの断末魔が聞こえた。
ロイトロスが死を覚悟した時に「クッコロ」って言わそうとしたけど、きっと需要ないだろうなって思ったから、やめた(笑)
明日が外伝Ⅲのラストになります。
18時投稿です。よろしくお願いします。