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その魔術師は、レベル1でも最強だった。  作者: 延野正行
外伝Ⅲ ~ 献杯 ~
95/330

第5話 ~ あなたは家族の中で我々の親です ~

外伝Ⅲ第5話です。

よろしくお願いします。

「ロイ……」


 かすかに声が聞こえた。


「ロイトロス!」


 自分を呼んでいた。




 ロイトロスは目を覚ました。


 金獅子のような髪に、色白の男の顔が、ぼやけた視界の中でドアップで映っている。髪も、顔も、衣服も泥だらけ、加えて薄暗がりだったが、誰であるかはすぐにわかった。


「殿下……?」

「気がついたかい? ロイトロス」


 ――――!!


「カールズ殿下!!」


 がばっとロイトロスは起き上がった。

 カールズの狭い肩を抱き、唾を飛ばした。


「ご無事ですか?」

「痛い痛い! 痛いよ。ロイトロス。僕は大丈夫だから」

「……はあ。良かった」


 胸をなで下ろす。

 だが、皇子の世話係から今度は討伐隊の副官の顔に戻る。


「……こ、ここは? スペルヴィオは?」

「どうやら、あそこから落ちてきたみたいだ」


 カールズは上を指さす。


 暗くてよく見えないが、ぽっかりと穴が空いているのが見えた。

 城壁よりは高くないが、かなりの高さがある。


「我ながらよく助かったよ。……鎧の中に少し多めに詰め物をされたのが、功を奏したね。帰ったら、侍従長に礼を言わなければならないね」

「褒賞も与えてよろしいかと――――」


 と、その時だった。


 頭上の穴から太い吠声が聞こえた。もう一度、見上げる2つの赤い光点が怪しく光っていた。


 ロイトロスはぐっと奥歯を噛み、目を細める。


 スペルヴィオだ。

 虫かごに入れた蝶でも観察するかのように、濁った赤目をこちらに向けている。

 だが、穴が小さくてここには降りてこないらしい。大木槌で破壊すれば、1発だろうが、そこまでの知恵はないようだ。


「ともかく移動しましょう。ヤツがここに来ないとは限りません」

「まあ、そうしたいのは山々なんだけどね」


 カールズは苦笑を浮かべる。

 同時に、背後から呻き声をロイトロスは聞いた。


 振り返ると、数人の兵士が座ったり、壁にもたれかかったりしているのが見えた。皆、怪我をしており、辛そうに顔を歪ませている。すでに包帯や添え木が巻かれ、応急処置を施されているが、今度の戦闘に耐えるとは思えなかった。


「一応、処置はしておいたけど、何人かは早く医師に見せないと不味いかもしれない。魔法で処置を出来ればいいんだけど、モンスターで受けた傷じゃないと治せないからね」

「まさか殿下が?」

「看護長に色々な包帯の巻き方を教わってて良かったよ」

「あ――――」


 “いや、あれはそのぅ……。看護長のところに――”


 昨日の『豚の小躍り亭』のことを思い出す。


 ――このためだったのか……。


 いや、感心している場合ではない。


 ロイトロスは改めてカールズに向き直る。


「殿下、脱出しましょう」

「そのつもりだよ。けど、兵たちはどうする?」

「捨て置きます」

「ダメだ」

「殿下!」


 即答した司令官は、じっと意見してきた副官を見つめた。

 深い緑色の瞳から放たれる眼光は、いつになく厳しいものだった。


「命令したはずだ。『死ぬな』と……。同時にそれは『死なせるな』ということでもある。司令官自ら、命令を無視するわけにはいかない」

「しかし! 何より優先すべきは殿下のお命です。君主のために命を散らせるなら、それ騎士としての本懐です」

「兵は僕の家族だ。家族を見捨てることなんて出来ない!」

「家族というなら、あなたは家族の中で我々の親です。大黒柱なのです。父や母がいなければ、子供は生きていけません! どうか……ご自重下さい」

「…………」


 カールズとロイトロスは、息荒く睨み合った。


 先に視線を外したのはカールズの方だった。

 兵たちに近づいていく。


「歩ける者はどれくらいいる?」


 兵たちはお互い顔を見合わせた後、手を挙げた。

 ざっと半分以上だが、無傷なものは皆無だった。


「わかった。すまないが、負傷者に手を貸してやってくれ。ここを脱出する」


 カールズは自らも負傷者に手を差し伸べ、肩を貸した。

 兵たちは躊躇いながらも、司令官の言うとおりに動き始めた。


「殿下!!」


 ロイトロスは叫んだ。

 カールズは振り返ることなく、呟いた。


「親がいなくても、子供は育つものさ……」

「――――!」


 途端、脳裏にカールズ殿下とクフ陛下の関係性を思い出し、ロイトロスは沈黙してしまった。


 己のうかつさを呪う。


「わかりました……。殿下。ご命令に従います」

「うん。ありがとう、ロイトロス」


 やっと振り返ったカールズの顔は、いつもの青年の顔だった。




 負傷者計9名。そのうち、動ける者は5名。2名は歩行困難。内2名は内臓にまで傷が達していて、即席の担架を使って運ばなければならなかった。


 無傷なのは、カールズとロイトロスだけ。モンスターが現れれば、2人で対処しなければならない。しかも負傷者を守りながらだ。


 残った【聖水】を使って、なんとか遭遇を抑えているが、つい今し方――最後の瓶を捨てたところだった。


 ロイトロスが先頭に立ち、殿には副官の大反対を押し切って、カールズが付いている。しかもその肩には、負傷した兵士を担いでいた。


「殿下……。申し訳ありません」

「大丈夫だよ。鍛錬だと思えば、何のことはない。ロイトロスが課す訓練に比べれば、まだ楽な方だよ」

「何か言いましたか、殿下?」


 先頭のロイトロスが振り返る。


「何でもないよ。本当に地獄耳だね、君は」

「はっ?」

「何でもない。…………ロイトロスへの悪口はこれぐらいにしよう」


 冗談を言いながら、兵士たちを励ましている。

 ロイトロスは上へとのぼる通路を探し、松明をかざした。


 こうしてカールズの意見を了承した後でも、やはり兵は捨て置くべきだったのではないか、という考えが頭によぎる。


 なりふり構わぬのであれば、【死転移(デス・ルーラ)】という方法がある。自らの【体力】を削る事によって教会に転送するやり方だ。

 ただ洞穴のような閉鎖空間では、転移は行われない。そのため一旦遺体を回収しに戻らなければならず、最悪封印した洞穴を開ける事態にもなりかねない。


 理由は不明だが、プリシラ様がオーバリアントに顕現した際に「通信状況が悪い」という謎の言葉を残されている。


 それに――仮死とはいえ、仲間を傷つけるのはあまり褒められたものではない。カールズなら絶対に反対するだろう。


「ロイトロス、上の本隊は無事であろうか?」

「おそらく大丈夫でしょう。ここにいる兵と同じく優秀な連中です。ボス種の討伐を諦めて、殿下の捜索に回ってるはず。それと合流できれば――」

「――だそうだよ。だから、皆の者……。もう少しの辛抱だ。頑張ろう」


 はい、と兵士たちは半分涙ぐみながら、洞穴を歩いた。


 つとロイトロスの動きが止まる。

 手をさっと挙げ、ハンドシグナルが送られる。意味は「声を殺して止まれ」だ。


 ――魔物か……。


 カールズは忌々しげに胸中で呟いた。

 その胸の心臓が徐々に高鳴っていく。フィールド上で、よってたかって倒されるモンスターを見て、「かわいそう」と言った心優しい青年も、この時ばかりは存在を呪わずにはいられなかった。


 場所は崖と壁に挟まれた一本道。逃げ場はない。


 ロイトロスは一振りの剣をゆっくりと抜いた。

 その抜きの音に反応するように、天井に赤い光が灯る。それも無数にだ。


「ディーバルドだ」


 兵の1人が恐怖のあまり声を上げた。


 すると一斉にモンスターの鳴き声が洞穴に響き渡った。

 赤い点と無数の影が、天井から降りてくる。


 ロイトロスは剣を振った。

 剣先に1羽の大きな蝙蝠が突き刺さっていた。


 ディーバルド。

 形状こそ大きな蝙蝠だが、鋭い牙と爪を持ち、人を襲うモンスター。1個体ごとの強さはさほどではないが、群で襲いかかってくるため洞穴にするモンスターの中では厄介な種類だ。


 そして何よりもディーバルドには――。


「殿下! 毒に気を付けて下さい」

「わかってるよ」


 遅効性だが、【体力】を削る毒を持っている。


 カールズは負傷者を下ろし、剣を振るって近づけさせないように腐心する。

 素早く、しかも暗がりのため的を絞る事が出来ない。


 広域の魔法で殲滅するのが定石だが、今この場でまともに(ヽヽヽヽ)魔法を使える者はいない。


 さすがの帝国の黒豹も苦戦をしていた。


 何とか地道に倒していき、モンスターを全滅することは出来た。

 【体力】は多少減ったが、幸いなことに毒状態にならずにすんだ。


「殿下……。お怪我は?」

「僕は大丈夫だけどね。それよりもロイトロス、握手しようか?」

「今はそんなことをしている場合では――」

「いいからさ」


 カーズルは無理矢理ロイトロスの右手を握った。


「あ、痛ッ――――」

「やっぱり痛めていたね」

「か、かすり傷です」

「そんな顔で言っても説得力ないよ。実は相当痛いんだろ?」

「…………。実を申しますと。しかし、殿下は必ず――――」

「わかったわかった。とりあえず、包帯で固定だけさせてよ」


 カールズは懐から包帯を取り出し、処置を始めた。


「いつから気付いておられたんですか?」

「君が剣を抜く時は、必ず2本抜くはずだからね。それを見るまでは気付かなかったけど」

「面目ありません。うかつでした」

「謝ることじゃないよ。……でも、ロイトロス――」

「わかっています。今、満足に動けるのは、私と殿下しかいません」

「僕を戦力として数えてくれているんだね」


 カールズはにこやかに笑った。

 ロイトロスは眉根を寄せて、渋い顔を見せた。だが、この兵たちを1人で守りきるには、力不足である事を認めざる得なかった。


「訓練の成果を見せる時ですな」

「なぁに……。ロイトロスの稽古に比べれば易いものさ」

「その稽古をすっぽかす人はどこのどなたですか?」

「それは……。ここでは言いっこなしだよ」


 死が目の前にぶら下がる極限状態の中――ロイトロスは笑みを浮かべた。

 カールズもまた笑みを浮かべる。


 それを見て、兵たちもほっと息を吐き、わずかに口元を緩めた。


 そして――それはやってきた。


 ガアアアアァァァァアアアアアンンンン!!


 突然、上の方で壁が崩れた。

 瓦礫が飛び散り、カールズたちの方へと落ちてくる。


 ロイトロスとカールズは岩や砂を払いながら、上を見上げた。


「スペルヴィオ……」


 巨大な貪鬼が赤目を歪めて笑っていた。


気になる方もいらっしゃると思うので、言っておきますと、

この「スペルヴィオ」は一章で宗一郎が倒したとは、別種です。

大型の貪鬼を帝国は一緒くたに「スペルヴィオ」に呼称しているに過ぎません。


本来、本文に記載しても良かったのですが、未来の情報でもあるので、

あえて省かせてもらいました。


ご理解お願いします。


明日も18時になります。

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