第3話 ~ かわいそうだな…… ~
外伝Ⅲ第3話です。
よろしくお願いします。
翌日――。
西門に500騎を超える騎馬隊が並んでいた。
騎兵は皆、下馬し、愛馬の横に立って前を見つめている。
時折、嘶く声が朝露が残る草原に響き渡ったが、兵、騎馬ともに落ち着いているように見えた。
その兵の前に現れたのは、白い馬にまたがった若者だった。
ゴールド製のライトメイルを身に纏い、腰にはロングソードを下げている。
金獅子の鬣を思わせる黄金の髪を後ろになでつけるように整え、深い緑色の眼光を兵士たちに放った。
その横に現れたのは、黒鉄の鎧を纏った如何にも武人然とした男だ。
腰には2振りの長さの違う片刃の剣を帯びている。
若者が乗る白い馬の馬銜を持ち、その動揺を制御していた。
厚い胸板が膨らんだ。
「帝都西部方面魔獣討伐隊総司令官。カールズ・グランデール・ベルー・マキシア皇太子殿下からお言葉を頂戴する。総員、傾注!!」
ロイトロスの声は、緊張感の増す平原の空気を振るわせた。
カールズは少しだけ馬を前に歩かせる。
そしてお言葉を発した。
「余から皆に求める事は1つだ」
凜と若い皇太子の声が響き渡る。
そのまま二の句を告げる。
「常に家族のことを思い浮かべよ」
…………!
張り詰めた空気が、ぷつりと切れたかのように緩む。
騎兵たちはキョトンとなり、ある者は隣の同僚と顔を見合わせた。
かく言うロイトロスも、思わぬ殿下の発言に馬上を見上げ、口を開いたまま絶句した。
皇太子の演説は続く。
「家族がいないというなら、友人でもいい。羨ましいことだが、恋人のいる者ならそれでもいいだろう。片想いというなら、その想い人でも良い。想うだけなら誰も迷惑にはならない」
失笑が漏れる。
ロイトロスが鉄を叩くような音を立てて睨むと、すぐに静かになった。
「ともかく、皆が大切に想っている人の顔を肌身離さず胸の中に持ち続けよ。そして誓え! その者に……。決して死なないと。無事に笑顔で帰ってくると」
一瞬、緩んだ空気が再び張り詰めていく。
いつの間にか、兵士は皇太子の言葉を真に傾注していた。
「余から命令することは1つだ。……決して死ぬな! 総勢512騎。1兵も失わず、家族の元に帰す。それが我が隊の目標だ。約束してくれるか!?」
すると――。
オオォオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォオオオ!!!!
怒号は朝の平原に突き刺さった。
弱冠14歳の司令官の初陣――。
しかし、兵たちには何の疑念もない。若武者の言葉と、鋭い眼光を受け止め、一層顎を締め、声を荒げた。
カールズ・グランデール・ベルー・マキシア……。
これが彼のデビュー戦の始まりだった。
この頃のオーバリアンでは、冒険者も、ギルドもいまだ存在していない。
後にプリシラシステム(レベル、ステータス、ゴールドのシステム)の戦争での使用を禁じた条約――ハーベイ条約の締結を待たなければならず、まだ数年先のことである。
そのためモンスターの駆除や封印は各国の軍、もしくは領地を治める貴族たちの役目になっていた。
カールズの初陣の目的は、帝都西方にある洞穴の封印だ。
街道から少し離れているが、特殊な薬草が近くで採れるため主に薬師からの嘆願で、封印することになった。
特に重要な要所ではなく、確認されているモンスターやボス種も、さほど高いレベルではない。加えて、通常の2倍の精鋭部隊。さらに1000体以上のモンスター討伐と実戦経験豊富な『帝国の黒豹』ロイトロスもいる。
これだけの戦力があって、失敗するわけがない――いや、するわけにはいかない。
すべては第一皇位継承者であるカールズに、華々しい初陣を飾ってもらうためだ。
皇帝は人気が物をいう。
カールズが帝冠をいただく存在になった時、その初陣に失敗したとあれば、後々の歴史にまで知られることになる。
だから、絶対に失敗するわけにはいかない。
故に参戦する騎兵たちの緊張もひとしおだ。皆、馬上でいつもよりも汗を掻いている。その心情は騎馬にも伝播し、苛立つように首を振る馬が後を絶たなかった。
唯一、緊張感がなかったのは、カールズ本人だった。
帝都からこんなに離れたのは、初めてのこと。興奮し、辺りをキョロキョロと見回している。図鑑でしか見たことがない野花や昆虫。草原を走ってくる空気、梢の音、空の青さにまでときめき、緑眼を輝かせた。
カールズは何度もロイトロスに下馬して、花や虫を観察させてほしいと頼んだが、むろん却下された。
そのカールズが騎乗する白馬がつと止まる。小さな耳をくるりと動かした。
「――敵襲!!」
右側面から兵の叫び声が上がった。
皆が一斉に振り向く。
「チッ! 出てきたか!」
ロイトロスは唇を噛んだ。
ゴールドを溶かした【聖水】というアイテムをフィールドに振り掛けることによって、モンスターとの遭遇確率を下げ、安全に行軍できていたが、さすがに0というわけにはいかないらしい。
ちなみに騎馬での進軍時には【聖水】は使わない。
今回、使ったのは念のためだ。
「落ち着け! 何体だ!?」
「3体だよ、ロイトロス。不定系強化種が2体、悪鬼系同じく強化種が1体だ」
「――――!」
言ったのは、カールズだった。
右側面の方をじっと見つめている。騎兵に囲まれる中、わずかな隙間からモンスターを確認したのだ。
カールズが言った通りの報告が上がってくる。
――殿下は目がいいのか……。
初陣とは思えない判断の良さ。
いや、そもそもモンスターと相対したのはこれが初めてのはず。なのに、的確に形状を伝えてきた。
「ロイトロス、そんなに僕を熱烈に見つめないでくれ。僕に男色の趣味はないよ」
戦場にあって、にこやかに笑う。
色白の肌に、中性的な顔立ちは、城内の給仕の間では、実は女性ではないかと疑われるぐらい見目麗しい。
そんな変な事を思い出しながら、ロイトロスは一瞬頬を染める。
「ご、ご心配なく……。私にもそのような趣味はありません」
「わかってるよ。それよりも兵に指示を。……この場合、魔法兵を援護に出させて方がいいんじゃないかな」
その通りだった。
ロイトロスは嬉しいような嬉しくないような微妙な表情を浮かべる。
皇太子の戦場での落ち着きようは歓迎すべきことだが、自分の初陣と比べると小癪な感じで、ますますカールズが嫌いになりそうだった。
「スライムは魔法で対応せよ! オークは5人で慎重に囲め。初戦とはいえ、気負うな。訓練通りの力を出せば、恐るるに足りん!」
「「「「「はっ!」」」」」
ロイトロスの指令を聞いて、兵の動揺が収まる。
「殿下。少しお下がりください」
「いや、僕はここでいい。それよりも警戒を厳にした方がいいんじゃないかな。背後や左側面からモンスターが現れるかもしれない」
「…………」
「どうしたの?」
「な、なんでもありません。今から指示を出そうとしたところです」
警戒を厳に――と指示を送る。
兵たちは教練通りの動きで、モンスターの動きを封じ、正確にダメージを与えていく。その動きは、ハイエナの群が1匹の獅子に挑むような構図だった。
カールズはその様子を見ながら。
「――――だな……」
小さく呟く。
「殿下。何か言いましたか?」
「ん? 僕、何か言ったかい?」
「え……。いや、私の空耳だったかもしれません。忘れて下さい」
「ロイトロス。ボケるのが早いんじゃない?」
反論こそしなかったが、ロイトロスの額に青筋が浮かんだ。
だがしかし、確かに聞こえたような気がしたのだ。
“かわいそうだな……”
と――――。
カールズとロイトロスが仲よさそうで何よりですw
明日も18時に投稿します。