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その魔術師は、レベル1でも最強だった。  作者: 延野正行
外伝Ⅲ ~ 献杯 ~
92/330

第2話 ~ あいつは来てないか ~

外伝Ⅲ第2話です。

カールズの初陣の話の始まりです。

視点はロイトロスになります。

 45年前――。


 『豚の小躍り亭』の扉が荒々しく開かれた。


 カウベルが大きく揺れ、店の中で豚の姿焼きを焼いていた若い女将は思わず「ひっ」と悲鳴を上げる。カウンターにいた2名の客は、入ってきた男の形相を見て、皿を持って出ていってしまった。


「あ! こら!」


 無銭飲食で出て行った客を追いかけようとしたが、すでに男によって取り押さえられていた。バタバタともがくもののビクともしない。襟首を掴む手は、2人の人間の動きを完璧に止めていた。


 男はたった今無銭飲食しようとしていた客に目もくれず、女将を睨む。


 もみあげまで伸びた黒髭。肌はこんがりと焼け、眉は太く如何にも武人然とした面構えしている。その癖、蒼い瞳はくりっとして丸く、可愛らしくもあるが、今は血が走り、怒りに燃えていた。


「女将……。あいつ、来てないか?」

「なんだ、誰かと思えば、ロイトロスじゃないか。悪いね。入ってくるなり、捕り物なんてさせて」

「あいつは来てないか、と聞いている!」

「そんなにがなり立てなくても聞いてるよ」


 女将は何も言わず、あっちと親指で店の奥を示す。


 ロイトロスは2人の客を引き寄せる。打楽器のようにお互いの顔で叩くと、あっさりと昏倒させ、自分は奥の部屋へ向かう。


「ちょっと! これどうすんの?」

「衛兵に連絡しろ! 俺は非番だ」

「もう――」


 女将はカウンターに頬杖をついて、無銭飲食の客を見つめる。


 ロイトロスは暖簾を腕ではじき、中に入った。


「うーん……。やはりここの料理は、宮廷とは違うな」


 1人の男性客が『豚の小躍り亭』自慢の子豚の魚醤焼きを頬張っていた。


 ロイトロスは革靴を鳴らし、近づいていく。


「カールズ殿下――。ここにおりましたか……」


 声を張ると、夢中になって料理を食べていたカールズは、冬眠中の熊に出くわしたうさぎのように身体を震わせた。


 キリキリと首を動かす。


 濃い緑の瞳が、怒りに燃える家臣の姿を捉えた。

 男とは思えないほど色白の肌。獅子の鬣を思わせるような黄金色の髪は、なんの手入れもされぬまま無造作に捨て置かれている。

 帝国の男の証ともいうべき髭はまだなく、代わりに甘いマスクを覗かせていた。


 身なりこそ平民を装っているが、顔や身体から溢れてくる気品は隠せていない。どこかの貴族のボンボンだろうと推察するには、あまりにオーラが出過ぎていた。


「や、やあ……。ロイトロス」


 気さくに話しかけるも、失敗――。ロイトロスから漏れ出る怒気は、抑えるには足りなかったようだ。


「きょ、今日は非番だったのではないか?」

「……ええ! そうです。……どこかの誰かが政治学の授業をすっぽかし、城内がひっくり返ったような大騒ぎを起こさなければね」

「ギクッ!!」

「昨日も授業を抜けてどこにいらしたんですか!?」

「いや、あれはそのぅ……。看護長のところに――」


 ロイトロスは深々と溜息を吐き、頭を抱えた。

 看護長は城内でも美人で有名だった。


「全くついていない。少し用事を思い出して、参内したらこのざまです。家で寝ていれば、見なくて済んだのに、今反省しています」

「そ、そうか……。なら、今からでも遅くはない。屋敷に帰って、ゆっくり――」

「殿下!」

「は、はい!!」

「帰りますぞ」

「えぇえええ!! でも、まだ全部食べていない、あ――――」


 ロイトロスは半分ほど残っていた子豚の魚醤焼きをぺろりと食べてしまった。


 ごくりと喉を鳴らす音を聞きながら、カールズはさめざめと泣いた。


「ぼ、僕の魚醤焼き……」

「これで、ここに未練はないでしょう」

「ロイトロスの鬼!」

「あなたのためなら、貪鬼(トロル)でも、悪鬼(オーク)でも、小鬼(ゴブリン)にもなりますよ」


 カールズの手を引く。


 店の奥から出ると、ちょうど衛兵が到着したところだった。


「ご苦労。非番ゆえ、敬礼は省略する」

「ちょ! ロイトロス、手が痛いよ」


 再び店のドアを荒々しく開け放つ。

 カウベルが揺れ、くるり一回転した。


 バタン、店の中にいた人間の衣服や髪を揺らす。


 女将も、衛兵も、無銭飲食しようとした輩たちも、ただただ呆然と2人が出て行くのを見つめていた。




 帝位継承者第一位にして、帝都西部方面魔獣討伐隊司令官。

 カールズ・グランデール・ベルー・マキシア。


 ロイトロスはこの次期皇帝最有力候補で有り、数日前に直属の上司となった若き皇太子のことが――――。



 嫌いだった。



 座学や剣の稽古をすっぽかして、帝都内を遊び回る奔放な生活。

 皇帝であり、武人でもある現皇帝の血を引いているとは思えないほどの軟派な甘いマスク。

 気がつけば、絵を描き、本を読み、かと思えば城外に飛び出して、珍しい産品を買いあさったりする。


 ある種、文系というか芸術家肌ともいうべき皇太子の思考が、生粋の武人であるロイトロスには理解出来なかったのだ。


 地位と親の威光によって、自由奔放に生きる皇太子。

 対して、ただ剣を振り、突き、戦場こそ職場としてきた武人。


 彼ら2人には決定的な思考の差異があった。


 おそらく皇太子むこうもそう思っているかといえば、そうではない。


 ごく自然に話しかけてくるし、笑いもすれば泣きもする。注意していても、平然と自分のパーソナルスペースに入っている。何か見透かされているような気分になってくる。

 ロイトロスが皇太子のことを嫌っているということも、わかっているのではないか。そんな気分になってくるが、本人はおくびにも出さない。


 嫌っているなら――それがわかっているなら――はっきりと言ってほしい。


「ロイ……」


 ロイトロスが皇太子であり、上司である彼に辛く当たることができるのは、そうした思考からだった。


「ロイ! 聞いてるの?」


 いきなり耳に皇太子の声が飛び込んできて、ロイトロスは背筋を伸ばし我に返る。


「は……。失礼しました。なんですか、殿下?」

「そろそろ手を離してよ。子供じゃないんだから、周りに笑われちゃうよ」


 ムスッと頬を膨らませる。

 周囲を窺うと、視線が突き刺さった。獣人の女たちがひそひそと喋って笑っていた。


 皇太子は御年14歳。だが、すでに背丈だけなら、ロイトロスと同じか少し上。

 そんな男2人が、仲良く手を繋いでいるのだ。最近、巷を賑わすBLLという女性たちが好む読み物の題材としては、格好のサンプルといえるかもしれない。


 ロイトロスは慌てて手を払った。


「失礼しました」


 謝る。

 カールズは赤くなった手に息を吹きかけた。


「では、城に戻りましょう」

「いやだ」


 カールズはあっさり否定した。

 ロイトロスの額に青筋が浮かぶ。


「殿下は皇帝になられるお方です。勉学をおろそかにされては――」

「今日、気分が乗らないんだ」

「気分が乗らない――とは…………」


 呆れて絶句してしまった。

 しかし、ロイトロスは屈しない。


「殿下、明日は初陣ですぞ。お心が優れないのは理解出来ますが、家臣に度々迷惑をかけては、今後の士気に関わります」

「大丈夫だよ。僕にはロイトロスがついてるからね」

「――――!」


 ロイトロスは口を噤む。


 カールズが拝命された帝都西部方面魔獣討伐隊総司令官というのは、名誉職のようなものだ。実際の指揮は副官であるロイトロスが行う。

 さすがに成人の儀を済ましたばかりの若武者に、任すわけにはいかない。


 それに討伐隊はレベル30以上を超える帝国の精鋭。


 カールズの仕事と言えば、ロイトロスが考えた策や指令を、オウム返しのように繰り返すだけだ。


 ――拗ねておられるのか……?


 とも考えたが、やはりその御心を読むことは出来ない。


 ロイトロスは1つ息を吐き出し、話題を転じた。


「わかりました。……では、こうしましょう」

「…………?」

「今から、剣の稽古をしましょう」

「え゛え゛!!」

「初陣の不安を、身体を動かして払うのです」

「いや、それはちょっと……」


 ロイトロスは近くの店に置かれた角材を2本拾い上げる。

 店主に代金を払うと、1本をカールズに投げて寄越した。


「では、構えなさい」

「ここでやるの?」


 カールズは目を剥いて、周囲を見渡す。

 多くの人が行き交うメインストリート。すでに事情を盗み聞きしていた野次馬が集まり、2人を囲んで円形のスペースが出来つつあった。


「戦いは待ってくれませんぞ」

「わ、わかった。お城に戻るから…………。ロイトロス、やめよう!」

「問答無用です。来ないなら、私の方から行きますよ」

「え――?」


 驚いている暇はなかった。


 ロイトロスは剣を構え、自分に向かってダッシュしてくる。

 あっさりと間合いに入ってくると、大上段から振り下ろした。


 カールズは受けに構える。

 だが、剛剣を受けきる力は彼にはない。


 だから、完全に受けず柔らかいリストを使って、剣を横に受け流す。

 さらに踏み込み、ロイトロスの脇を狙って薙いだ。

 見事なカウンター。完璧に捉えたかと思った。


 が――。ロイトロスは野獣並の素早さで、バックステップする。


 完全に前のめりになっていた身体を、身体の撥条を使って回避した様子を見て、カールズは思わず唸ってしまった。


 わずかな攻防――。

 固唾を呑んで見ていた野次馬から、「いいぞ」「やれ! やれ!」と怒号のような歓声が上がる。


「なかなか出来るようになりましたな」

「おかげさまで。……剣の師匠が特別厳しい人でしたから」

「では、これでどうですかな?」


 すると、ロイトロスは角材を真ん中から少し外れた部分で折った。

 長いのと短い。それぞれの手に持つ。腰を落とし、睨めつけた。


 やばい……。

 ロイトロスは本気だ。


「ロイトロス、そんな真剣にならなくても……。稽古だろ、これは」

「稽古の時に真剣でなければ、いくら剣を振ったところで戦場では役に立ちませぬ」

「ロイトロスは真面目だなあ」

「殿下は不真面目すぎるのです」

「はっきり言ったね」


 カールズは目を細める。


「今の失言でした」

「……失言ついでに剣を引いてくれると――」

「それはなりません」


 あっさり却下された。


「では――」


 ロイトロスの身が少しだけ屈む。

 反動を撥条に、弾かれるように飛び出した。


 ――突きが来る!


 わかっていても、ロイトロスの刺突は速い。


 切っ先に向かって、吸い込まれているような感覚さえ感じる。


 が、カールズは――。


「――――!」


 初撃の先端を叩き、いなす。

 ロイトロスの剣はこれで終わりではない。さらに1歩踏み込み、間合いを詰める。カールズの右脇腹に潜り込むと、短い方の角材を突き出してくる。


 カールズは退きたくなる腰をぐっと堪え、逆にロイトロスの右側面に回る。


 そのままお互いに身体を入れ替えるように、構えを直し睨み合った。

 カールズの息が整わないうちに、ロイトロスの2合目が突き出される。


 目にもとまらぬ突刺。


 カールズは防戦一方になりながらも、剣を払い、足を使って刺突をかわしていく。


 野次馬のボルテージが上がり、両者に賞賛と激励が送られた。


 ロイトロスは戦いながら、カールズの2つ好きな部分があることに思い出す。


 型にはまらない天賦の才。

 戦場で一歩踏み出すことを躊躇しない勝負度胸……。


 それだけはロイトロスが認めるところだった。


 だが、それが30年間剣を振り続けた武人には鼻持ちならない部分でもあり、一層皇太子のことが嫌いになるきっかけになった……。いわば嫉妬だ。


 ――そろそろ終わらせるか……。


 本気とはいったが、ロイトロスは実力の60%も出していない。

 本気の前に、これは稽古だ。ただ他者を圧倒し、打ち倒すだけでは稽古にならない。


 わずかな隙を窺い、打ち込もうとした矢先、絶好の機会が訪れた。


 ほんの一瞬だが、カールズが棒立ちになったのだ。


 ――集中が切れたか!


 稽古中によくあるカールズの悪い癖だ。


「殿下、お覚悟を」


 ロイトロスが踏み込む。


 カールズは我に返ると、角材を――――。


「な――――!!」



 投げた――――。



 ロイトロスの頬をかすめる。

 悪あがきと思われた瞬間、後ろの方で下品な悲鳴が上がった。


 投げた角材が、野次馬に当たったのだ。


 ロイトロスは剣を止め、後ろに振り返る。

 男が1人倒れていた。


 まずい。角材は結構な速度で投げつけられた。当たり所が悪ければ、最悪死もありうる。


 ――大事な初陣前になんてことを……。


 稽古などと気取って、聴衆の前で始めてしまった自分が愚かだった。

 ロイトロスは脂汗をぬぐいながら、ギュッと目を閉じ、己の軽薄な行動を懺悔する。


 すると、武器をなくしたカールズはスタスタと倒れた男に近づいていく。

 しゃがみ込むと、男の袖の部分をまさぐった。


「で、殿下! 何を――――」


 ――人を殺したどころか、白昼堂々追いはぎをぉ!!


 ロイトロスは心の中で絶叫する。

 もはや帝国のメンツ丸つぶれだ。これは完全な自分の監督不行き届け。皇帝陛下には死してお詫びをしなければならない。


 そうロイトロスが心に決めたことを余所に、カールズは男から路銀袋を取り出した。――と、今度は近くにいた老婆に袋を差し出した。


「おばちゃんのでしょ? これ?」


 老婆は持っていた麻袋を探る。


「あ、ああ……。私の路銀袋!」

「この辺、スリが多いから……。気をつけてね。注目が集まるような場所では特に危ないよ」

「ありがとうございます。ありがとうございます」


 老婆はぺこぺこと何度もお辞儀をし、感謝の意を示した。


「殿下、いつ気付いて」


 ロイトロスは真っ白になりながら、カールズに尋ねた。


「戦いながらね。な~んとなく怪しいって思ってたから、チェックしてたんだ」

「――――!」


 ロイトロスは息を飲んだ。

 あの激しい戦いの中で、聴衆の鞄から盗み取ったスリを特定し、かつ当たりを付けて見張っていたのだ。


 ――もしかして手加減されていたのは私の方か……。


 ロイトロスは深く考える。


 惜しい……。


 野次馬に賞賛されるカールズの後ろ姿を見ながら思った。


 真面目にやれば、どれほどの武人に――いや、どんな皇帝に育つだろうか。


 そんな未来のことに思いを馳せながら、ロイトロスは国民にもみくちゃにされながら手荒い祝福を受ける皇太子を見つめていた。


困ったちゃんのカールズと、生真面目なロイトロスのコンビになります。

いかがだったでしょうか?


明日も12時になります。

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