最終話 ~ 結局、このメンバーが揃うのか ~
第3章最終話です。
ここまでお付き合いいただきありがとうございます。
「ちょっと! ご主人、本当にどこ行くッスか!?」
城を出て、新しい皇帝の門出を祝う帝国国民たちの声援を聞きつつ、宗一郎がやってきたのは、西の城門だった。
中心地から離れた場所で、ようやく足が止まった。
振り返り、ちょうど天頂近くにさしかかった太陽を見つめる。
雲1つない青空で、空の悪魔は一層輝いていた。
その空の下。先ほどから少女の声が響いている。
エルフの魔法によって拡大された声は、帝都の西の外れまで聞こえていた。
「――先代皇帝は素晴らしい名君だった。その後を継ぎ、若輩の余がオーバリアントでもっとも強大な国をまとめることは容易いことではない。だが、余は1つ民草に約束をしよう」
“決してそなたたちを悲しませない、と……”
「先の戦は1つ、余に教訓を与えてくれた。果たして、今の世が正しいのかどうか。我々はもっと自由であるべきではないのか。モンスターの出没によって、他国との交易が制限されて60年。我々はあまりに女神の力を頼りすぎた。先の戦を反省し、今一度人間らしい生活に我々は戻らねばならない」
“もう1つ約束する――”
「モンスターなき世界を……。必ずや成し遂げる。しかし、余1人ではとてもではないが、達成は出来ぬ。だから、国民よ。――いや、余の家族よ。どうか若輩に力を貸してほしい。険しき困難な道をともに歩み勇気を余に与えてくれ!!」
帝国初の女帝……。その初の所信表明演説は、そう締めくくられた。
宗一郎は口角を上げる。その表情は満足げだった。
スーツの裾が翻る。
「あ!? ちょっと! ご主人! ライカに何も言わずに行っちゃうんスか? ライカはきっとご主人の手助けをほしがってるッスよ」
「必要ない。……ライカなら1人でも大丈夫だ」
そう。大丈夫――。
きっとライカなら、国民を自分の家族とする皇帝の理想に到達するだろう。
「でも、まだ結婚式が……」
「オレにはまだやることがある。それにいつまでもあの客間で、お前とチェスをするのも飽きた。……どうやらオレは、1つのところにいられない風来人の気質らしい」
「何言ってんスか! チェスがいやならセックスすればいいッスよ」
バッチ来い、という感じで、スカートのようになっている黒のスーツの先を持ち上げる。
「お前、どんだけ欲求不満なんだ……」
「ご主人っていう度に、お露が出てきちゃうッス」
「それは病気だろ……」
呆れた。
「ともかく、オレはオレのやるべきことをなす。いつまでもローレスト三国をベルゼバブに任せておくわけにはいかないしな」
「次の目的地はローレストか……。予想が当たって何よりだ」
「「――――!!」」
突如、宗一郎でもないフルフルでもない声が背後から聞こえた。
2人は同時に振り返る。
銀色のライトアーマーを身につけた少女が、馬を引いて立っていた。
かすかに風がなびくと、その黄金色の髪が柔らかく揺れる。
ピンク色の口元は、うっすらと微笑んでいた。
「ら、ライカ!!」
フルフルはいきなり現れた姫騎士の名前を呼んだ。
その横で、宗一郎は目を剥き、唖然としている。
「ど、どうして? ……さっきまでお城で喋ってたッスよね」
そうだ。
ライカは城のテラスから、帝国国民に向かって演説を打っていたはずだ。
いくら彼女が凡人よりも基礎体力に優れているとはいえ、演説が終わって5分もしないうちに、帝都の西の外れまで来られるはずがなかった。
「あれは影武者だ」
「か、影武者!!?」
現代最強魔術師とその契約悪魔は揃って、素っ頓狂な声を上げた。
「皇族には元々影武者というものがいてな。……あれは私に使える従者の1人だよ」
「そ、その割りにはやけに堂には入って演説をしていたような気がするッスけど」
「その点に関しては私も驚いている。正直なところ、私でもあそこまで名演説が出来たかどうかわからん」
ライカは微苦笑を浮かべた。
「で、でも……。この後の公務はどうするッスか? まさかそれも影武者さんに……?」
「公式の場ではそうなるかもな。……まあ、後はロイトロスに任せてきた。うまくやるだろう」
「ろ、ロイトロス……?」
「言ってなかった私も悪いが、先の戦いで命を賭してまで戦おうとしていたからな。だから、あいつには命を賭してまで働いてもらおう。……半分は勝手に死のうとしたあいつへの罰だがな」
ライカの額にうっすらと青筋が浮かぶ。
宗一郎からロイトロスの話を聞かされた時、凄い剣幕で怒っていた姫騎士と、借りてきた猫のようにシュンとした老兵のことを思い出す。
フルフルは「はは……」と乾いた笑いを浮かべながら、ライカの怒りを受け流した。
「それに……。しばらくは諸侯や関係各国への挨拶回りが1年ぐらいは続く。重要な政はその後になるだろう。外交をおろそかには出来ないが、それぐらいなら無視していい。帝国と1番関係が深いロートレストには私が直接出向くことになるしな」
「ちなみに、ロイトロスさんや他の選帝侯たちは知っているんスか?」
「ロイトロスはともかく、他の元老院や諸侯たちは、今もあれが影武者と知らないだろう」
「知ってるのはロイトロスさんだけッスか」
ひめぇ! と叫ぶ老兵の姿が目に浮かぶようだった。
「宗一郎……。さっきから何も言ってくれないが、やはり怒っているか?」
「オレの顔を見ればわかるだろう」
黙って聞いていた宗一郎は、ムスッとした顔でライカを睨んだ。
「すまない。……でも、私にはまだ先帝から賜った任務がある」
「オレが真に勇者かどうか、というヤツか。……すでに明かした通りだ。オレは勇者ではない。まがい物だ」
「勇者としてはそうかもしれない。だが、陛下からもう1つ任務を賜っている」
初耳だった。
「宗一郎が、私にふさわしい男かどうか、だ」
「――――!」
宗一郎は慌てて言った。
「待て。オレとライカは結婚の約束を――」
「私は愛しているとは言ったが、結婚するとは言ってないぞ」
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
絶句した。
頭の中身がブラックホールに飲み込まれ、空っぽになる。
そんな得体の知れない心境だった。
「ぷぷ……」
含み笑いを漏らしたのは、横で聞いていた悪魔だった。
「ぷははははははははははははははははははははははは!!」
お腹を押さえながら、砂地の上で笑い転げる。
普段なら、まさに一蹴するところだが、そんな怒りすら脳裏に浮かばなかった。
フルフルは立ち上がり、涙を拭いた手で宗一郎を指さした。
「ご主人……。こりゃまた1本取られたッスね」
全くだ、と宗一郎は頭を抱えた。
――全く……。オレの周りにいる女は、何故こうも強いのだろう。
あるみしかり。ライカしかり。ついでにマフィや、まともでないという点では、横で笑い転げているフルフルだってそうだ。
時には、従順で清楚な女に会いたいと思う宗一郎だった。
「お二人の結婚が決まっていないということは……。私にもワンチャンあるってことですよね」
清楚というわけではないが、可愛いらしい声が辺りに響き渡った。
3人は一斉に馬に乗った荷物を見つめる。
ごそごそと動き出すと、荷物から1人の少女が転げ落ちてきた。
いたた、とお尻の辺りをさすりながら、起き上がる。
花蕾の杖を握りしめ、現れたのは魔法少女ならぬ魔法皇女だった。
「「「クリネ!!」」」
宗一郎とフルフルを驚かせたライカも、妹の登場までは予期していなかったらしい。
「ふふん……。私の行動力を計算にいれないなんて、少々甘く見過ぎではありませんか? お姉様」
「ちょっと待って、クリネ。あなたには外交使節団の一員としての職務が……」
「お姉様が言ったのですよ。皇族には影武者がいると――。今頃せっせと働いているはずです」
――どれだけ影武者が優秀なのだ、この国は……。
宗一郎は影武者の労苦を心の中でねぎらった。
「ひゃっほおおおおおおい!! ようじょだぁあ! おそえええええええ!!」
「【三級炎魔法】 プローグ・レド!」
「うわちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃ!!」
自分に襲いかかろうとしたフルフルに、クリネは容赦なく魔法をぶつけた。
ダメージ判定に加え、【炎上】という状態を加わり、フルフルは地面の上を転げ回った。ここらへんのあしらい方は、もはや慣れたものだ。
「ところで、ワンチャンってどういうことだ、クリネ?」
「言葉通りですわ、お姉様。……私も宗一郎様のお嫁さんに立候補します」
「「な――!」」
声を上げて驚いたのはライカだけではない。宗一郎もだった。
クリネは火照った頬を手で押さえ、イヤイヤと首を振りながら言った。
「その……。なんて言いますか。……戦場でお2人が接吻する様を見て、その――なんと言いましょうか……。心に火が灯ったというか」
「つまりは発情したんスね。クリネたんは……」
「そんなけだものみたいな言い方はやめて下さい、フルフルさん!!」
目くじらをあげながら、クリネは怒鳴る。
初対面の宗一郎を見ただけで、顔を隠してしまう頃が懐かしい。
「ま、まあ……。でも、そういうことです。結婚願望が出てきたというか。私も、その……宗一郎様とお付き合いがしたい……というか」
「れ、恋愛感情は否定しないが、クリネ……。まだお前には結婚というのは早いのではないか?」
「それは違います。宗一郎様をお慕いしているからこそ、まだ結婚していない間に、お姉様から宗一郎様を奪い取るのです」
「おお! 略奪愛ッスね!!」
「そうです! 略奪! 戦争なのです。お姉様と私の! お姉様……。今日から、私とお姉様は姉妹ではありません」
「……だ、だったらなんだと?」
「恋敵です!!」
姉に人差し指を向け、クリネは強く睨み付けた。
先ほどまで宗一郎に対し優勢を誇っていたライカは、妹の宣戦布告に慌てふためいていた。
そんな女たちの会話を、当の宗一郎は遠い目で見つめていた。
――勝手にしてくれ……。
何の対策も打たずに出て行こうとした自分の詰めの甘さを呪った。
「まったく……。結局、このメンバーが揃うのか」
半ば諦めながら、宗一郎は息を吐き出した。
数ヶ月前。
オーバリアントの現状を見定めるため、帝都外へと飛び出したあの旅……。
奇しくもそれと同じメンバーと、逆方向へと向かって旅立つことになるとは思わなかった。
「そッスね、ご主人……。また賑やかな旅になりそうッスよ。あ、でも――」
1度は同意したフルフルだったが、懐から大きな宝石がはめ込まれたブローチを取り出す。
「今回は、この子も一緒ッスよ」
と掲げる。
ブローチの中には、何か人の影のようなものが見えた。
ライカとクリネが顔を寄せる。
あっ、と口を開いた。
ブローチの中に、黒のレースをペタペタと貼り付けた少女が閉じ込められていた。
外からの視線に気付いたのだろう。
寝ていた少女は眼を覚まし、大きく伸びをした。
白に近い薄紫の髪。褐色の肌。そしてピンと横に伸びた耳介。
少女の特徴はある種族に合致していた。
「「ダークエルフ……!」」
姉妹は声を揃える。
「まさか……。マトーに協力していた」
「そッスよ。フルフルが小さくして、このブローチに閉じ込めたッス」
「しかし、宗一郎様! 彼女は重罪人です。帝国はもちろん他国でも指名手配されています」
クリネもライカも、このアフィーシャという名前のダークエルフが、何をしていたかは伝え聞いていた。
人間とモンスターをかけあわせ、兵器に転用しようしていたなど、狂気の沙汰としか思えない。まさに悪魔の一族ダークエルフらしい発想だった。
だから、尚更こんなところでのうのうと閉じ込められているアフィーシャを、許すことは出来なかった
「ああ……。わかってる。2人が怒りに燃える気持ちもな。だが、そいつはモンスターについて秘密を握っている。以前、先帝が言っていた魔王という存在についても心当たりがあるらしい。それに、牢屋にぶち込むよりは、オレの目の届くところの方が、よっぽど安全だ」
「その割りにはくつろいでいるように思えますが――」
クリネは眼を細め、宝石の中のダークエルフを見つめる。
アフィーシャはにこやかな顔で、手を振って応えた。
「よし! メンツが揃ったところで出発ッスよ」
「うむ!」
「はいです!」
「…………」
「どうしたッスか、ご主人? 返事がないッスよ」
宗一郎はガリガリと頭を掻きながら、心底めんどくさそうに言った。
「仕方がない、か……」
少女たちを見回す。
悪魔は特徴的な八重歯を見せて笑い、姫騎士は腰に手を当て、口端を広げている。魔法皇女はややキョトンとした顔で、上目遣いで見つめた。ブローチの中のエルフは、頬杖をついて楽しそうに笑っている。
皆、それぞれの属性において美少女。
他人からすれば、誰もがうらやむパーティーだろう。
唯一の欠点は、それによって生じる苦悩を、容易にはき出せないところだ。
――次は、オレの話を聞いてくれる男がいいな……。
淡い期待を寄せながら、青空の下、杉井宗一郎は歩き出した。
というわけで、4人(+1人)の旅の再開ということに相成りました。
正直、色々と悩みました。
ライカが女帝になったら、宗一郎と一緒に旅が出来ないのでは?
てか、2人が結婚したら、2人は帝国から離れられないじゃん!
とまあ、色々考えた末、(かなり強引に)ウルトラCを決めてもらった、
という感じです。仕方ないね……。
アフィーシャも本来であれば、ご成敗という形になるのですが、
宗一郎が言ったようにほっとくと何しでかすかわからないキャラということで、
強制的に付いて行く事になりました。
今後の展開で、彼女が状況をかき回すシーンが出てくるかは、
1つの楽しみとしてとっておいて下さい。
さて、次は第4章ということになるのですが、
1つまた外伝を書かせていただきます。
外伝の主人公はなんと若かりしロイトロスと皇帝です。
「もう!誰得なんだよ」って自分でも思うのですが、
作者として皇帝を弔いたいと考え、書かせていただきました。
おそらく7、8話ぐらいになると思いますが、
若くてやんちゃな皇帝と、暑苦しいロイトロスのコンビを
楽しんでいただければと思います。
外伝は明日の18時更新です。
これからも『その現代魔術師は、レベル1でも異世界最強だった。』を
よろしくお願いします。