第33話 ~ 戦争は終わりです ~
第3章第33話です。
よろしくお願いします。
「帝国を侵略する、だと……」
ベッドに伏した皇帝は、驚きとともに声を荒げた。
「ああ……」
「それは少々穏やかではないな」
少々どころではない。
堂々と宣戦布告されたのだ。
オーバリアント最強の国家である元首の目の前で。
「理由を聞こう……」
「その前に言っておかなければならないことがある」
「なんだ?」
「オレは天界の人間でも、勇者と呼ばれる存在でもない。このオーバリアントとは別の世界からきた――いわば、異世界人だ」
宗一郎は暴露する。
皇帝はさして驚かなかった。
1つ胸を動かし、大きく息を吐く。
「薄々気付いてはおったがな。……ならば、何故今のタイミングで明かした」
宗一郎は現代世界のことについて話した。
どんな国家があり、どんな人間が住み、どんなトラブルがあるか。
そしてその中で、自分がでやってきた所業について話した。
皇帝は目をつむり、黙って聞いていた。
時々頷いたりすることはあったが、質問もなく、さしてリアクションすることなく――それでも興味深げに聞いていた。
元々外のことについて敏感な皇帝だ。
ただありのままのことを聞きたかったのかもしれない。
「オレが心配しているのは、モンスターがいなくなった後の話だ」
「再び戦乱の世に戻るか……」
「それでは本末転倒だからな。かえって、今の世界の方が安定している。だが、この世界も世界で間違っていることは確かだ」
「そのために、我が帝国を利用するか? ……共和制というやり方に移行し、民衆によって国を治める国を作るというのか?」
「それが出来れば一番いいが……。言っただろ、問題はモンスターなき後の戦乱の世だと。戦を止めることはオレ1人でも出来る。しかし人が変わらなければ、60年前に逆戻りになる。……国の力が必要だ。出来れば、大きな力を持った」
「故に我が国を侵略するか……。相変わらず意識が高いのぉ、お主。わざわざ困難な道を選ぶとは」
「それは言われ慣れている」
宗一郎は肩を竦めた。
「もう少し単純に生きようとは思わぬのか?」
「これがオレの生き方だからな。変えようとは思わぬ」
「一言いえば良い。……『オレを皇帝にしろ』と。さすれば、余が全力でサポートしよう。ライカも喜ぶ」
「それは出来ない。言っただろ? オレの居場所は別にある」
「……ふむ」
呆れたように大きく息を吐き出した。
「わかった。侵略でもなんでも好きにせよ。どうせ何を言っても無駄であろう」
「すまないな」
「詫びる相手が違う。……お主に宣戦布告されて、呆然とする我が家臣や諸侯、帝国の兵士たちの顔が目に浮かぶ」
ほっほっほっと笑った。
「ならば、わしからも1つ誓願してよいか?」
「なんなりと、陛下……」
「マトーを討ってほしい」
宗一郎は眉根を顰める。
「おそらく余に毒を盛ったのは、マトーだろう」
「マトーを擁護するわけではないが、ヤツに皇帝を毒殺する動機はあるだろうか。放っておいても、皇帝になるのに」
「余にはわかる。……あやつにも、お主とは別種の破壊願望がある。帝国をひっくり返し、それこそ60年前の戦乱の世を取り戻す願望が」
「…………」
「その凶刃はいずれ皇族であるライカやクリネに向けられるであろう。そうなっては、余も死んでも死にきれん」
「わかった。……だが、マトー亡き後、誰が帝国のトップになる」
「そんなもの……。そなたがなればいいのだ。侵略者なのだろ?」
片目をつぶり、おどけるように皇帝は宗一郎を病床から見つめた。
「出来れば、我が娘を嫁にもらえばいい」
「とことん、オレとライカをくっつけたいのだな」
「お主らがちまちましているからだ」
「言っただろ。オレは現代世界の人間だ」
「なんだ? ……現代世界におなごでも残してきているのか?」
「…………」
宗一郎の顔が少し赤くなる。
「図星か……。めんどくさいのぅ」
「なら、陛下……。ライカを皇帝にしてはどうだ?」
「女帝か。マキシア帝国では類がないことだ。果たして、他の選帝侯たちの賛同を得られるかどうか。元老院と掛け合い法律も変えねばならん。……何よりも民衆のイメージが悪い。どうしても女では力強さにかける」
「では、オレを討たせればいい」
皇帝はキョトンと目を瞬かせた後、「なにぃ?」と唸った。
「侵略者を討った姫騎士……。それなら、民衆も選帝侯たちも納得するであろう」
「ふむ……。本当に頑固じゃな。そんなに皇帝の座がほしくないのか?」
「オレは座っているより、走っている方が好きでな。それにライカなら、帝国を任せられる。あいつは戦いの虚しさも厳しさも、そこに流れる血と涙を知っている」
宗一郎の脳裏に、あのオーガラストとの戦いが映し出された。
「はあ……」
また息を吐き出して言った。
「お主、馬鹿か……」
「付け加えるなら、その前に『大』が付くだろう」
何度目かの深い溜息を吐く。
「どうやら……。我はお主のことを過小評価していたようじゃ」
「あまり過大評価もしてほしくないがな」
皇帝は笑みを浮かべた。
「しかし……面白い。生きていた中で、今が1番楽しいかもしれん」
「ならば生きろ。皇帝……」
「そうさの。……見てみたいのぅ」
“我が娘が……。王冠をのせた姿を……”
そして皇帝は、宗一郎との会話をライカ、クリネ、旧友であるゼネクロ、ブラーデルに話した。
そこでどういうことが話されたのかは、宗一郎も知らない。
ライカが女帝となることに、彼女自身どんな思いを抱き、決断したのかも。
1つ言えることは、ライカが本気であること。
それだけは揺るぎない事実だった。
――頃合いか……。
全身がバラバラになるほど痛い。
魔力が枯渇したことにより、頭にもずっと疼痛が響いている。
剣を持ち、姿勢を保つだけで精一杯だった。
このままライカと戯れるのも一興だが、さすがに幕を下ろしたいところだ。
ライカが勝てば、60年ぶりに行われた侵略戦争は終わりを告げる。
たった1日の帝都防衛戦は、次期皇帝を失いつつも、姫君の手によって終止符が討たれる。
それで戦争は終わりだ。
じりじりとライカの周囲を回りながら、宗一郎は視線を石畳に突き刺さった兵の槍に向けていた。
そして突然、銃弾のように飛び出す。
ライカもそれに呼応した。
「アガレス……。かつての力天使よ。お前の打ち破る力を、オレに示せ」
なけなしの魔力を、長剣を握った手に力を込める。
迫ってきたライカの細剣を渾身の横薙ぎでうち払った。
キィイイイイイインンン!!!!
硬い金属音が鳴り響く。
細剣がくるくると宙を舞っていた。
無手となったライカに、宗一郎は迫る。
体勢を整え、姫君に向かって突きを繰り出した。
ライカは諦めない。
近くに刺さっていた槍を握った。
――そうだ。……それでいい。そのゴールド製の槍でオレを倒せ!
ライカの思わぬ反撃。
宗一郎は慌てて足を止める。
――そして戦争は終わりだ。ライカ……。お前の時代がやってくる。
足を止めたことがすべての過ちだった。
ライカは容赦なく、槍を突き出す。
宗一郎の胸元に吸い込まれるように槍の切っ先が迫った。
そして――――。
カランカランカラ――――――ンンン!!
鐘を打ち鳴らしたような金属音が周囲一帯にこだました。
ライカの持っていた槍が石畳に落ちる。
けたたましい音を立て、転がっていった。
宗一郎は生きていた。
その証拠に、何か甘い匂いが鼻腔をくすぐる。
視線を下にすると、豊かな金髪のつむじが見えた。
姫騎士の身は、宗一郎の胸の中にあった。
「な、なに……?」
呆然とする宗一郎。
胸の中の少女は顔を上げた。
「戦争は終わりです」
ライカは宗一郎の頬を両手で挟む。
「愛しています。……宗一郎」
そして一気に自分の唇に引き寄せた。
何物にも例えられない柔らかさ。
もっと以前から、その感触を知っていたかのように馴染む。
何より心地良い。
波のように襲ってくる肉欲に抗うことも出来ず、宗一郎は細い腰を引き寄せ、官能的に金髪を乱した。
長い長いキスシーンを演じた2人は、合図も何もなくただ自然に離れた。
ライカは上目遣いに見つめる。
その瞳はかすかに潤んでいた。
「宗一郎……。返事を聞かせてくれ」
「…………」
照れくさそうに眉間を指でかく。
瞼を閉じ、心を落ち着けるように現代最強魔術師――いや、杉井宗一郎という男は、言い放った。
結婚しよう。ライカ…………。
…………。
一瞬の静寂の後――。
怒号のような歓声が帝都に響き渡る。
指笛が鳴り、拍手が送られ、家屋の上から花束が投げ入れられた。
ロイトロスは涙を滲ませながら、拍手を送り、様子を見に来たブラーデル、ゼネクロは口角を上げて、手を叩いていた。
2人の選帝侯の横で、ぐすぐすと嗚咽を上げながら泣いていたのはクリネだ。拍手を送りながら、時折涙を拭いていた。
望外の祝福に、2人の若いカップルは戸惑っていた。
今一度、お互いの顔を合わせると破顔する。
そしてやや遠慮がちに手を振り、祝福に応えたのであった。
…………(言葉にならないらしい)
明日は久しぶりに2本あげます。
1本目は12時。2本目は18時です。
よろしくお願いします。