第32話 ~ さあ、剣を取れ。……姫騎士 ~
第3章第32話です。
よろしくお願いします。
歓声を背中で聞きながら、宗一郎はマトーの死体を見つめていた。
真っ二つになった身体からは、今も血が流れだし、石畳に染みこんでいく。
その容貌は何故か、満足げに笑っているように見えた。
宗一郎は鼻を鳴らす。
「ふん……。別の出会い方があれば、いい呑み友達ぐらいにはなっていたかもな」
顔に触れ、開かれた瞳を閉じる。
すると、宗一郎の手から炎が巻き起こった。
火は一瞬にしてマトーの死体に伝播し、燃え広がる。
血と一緒に身体から湧き出た子蜘蛛が、炎に撒かれて燃え散った。
――安らかに眠れ……。勇者よ。
爆ぜる火柱を見ながら、宗一郎は冥福を祈る。
マトーの領地にいたキメラを殺した時ほどの無力感はないが、せめて弔ってやりたかった。
「宗一郎……」
ライカの声が背後に聞こえた。
おもむろに宗一郎は立ち上がる。
「さて――」
と言って、翻った。
石畳に突き立てていた剣を引き抜き、ライカに切っ先を向けた。
「侵略を開始しようか……」
歓声に沸く帝都が、一瞬にして凍り付いた。
皆、宗一郎に視線を集中させた。
聞き間違えではと思ったが、勇者の雰囲気に緩みはない。先ほどよりも殺気を増大させ、姫君に向かって武器を向けていた。
勇者の殺気に、ライカは一歩も退かない。
萌える新緑のような瞳を、強く対峙するものにぶつけていた。
「本気なのだな? 宗一郎……」
「何を確認することがある。マキシア帝国の姫君……。聞いていただろう? オレとマトーの考え方に相違はない。外の人間か内の人間かの違いだけだ。いずれ帝国に仇を――いや、もう侵略をしている時点で帝国を害しているのだ」
「…………」
「さあ、剣を取れ。……姫騎士《ヽヽヽ》。オレを止めてみせろ」
「わかった……」
ライカは細剣を握り直し、構えを取る。
「ならば、ライカ・グランデール・マキシアはあなたに1対1の決闘を申し込む。だから、約束して下さい。この決着がつけば、戦争を終えると……。どちらが勝っても、いたずらに民を虐げないと……」
「いいだろう」
「ひ、ひめぇ!!」
慌てたのはロイトロスだった。
「わ、わしが戦う! 姫をそんな戦いに――」
「下がれ、ロイトロス。マトー殿が亡くなった今、この帝国を背負っているのは私だ。その帝国を侵略した者を前に、背を向け、代理を頼んだとあっては、周辺の諸侯はおろか、他国の笑いものになるだろう」
「しかし――!」
「安心しろ! 私は負けん」
と言うが、安心できるわけがない。
剣豪ロイトロスと互角に渡り合い、千の兵で取り囲んでも倒すことが出来なかったマトーを、たった1人で倒してしまった怪傑。
騎士とはいえ、乙女――それも細腕の姫君が。
しかも、1対1で帝国の命運をかけようとしている。
誰かが言った。
「不可能だ……」
ライカは薄く笑む。
怪しい光を放つルビーを見るように、宗一郎は目を細めた。
「笑ったな……?」
「はい。……初めてあなたの気持ちを理解したような気がします」
「やみつきになるかもな」
「ええ……。でも、もう一生ないことを祈ります。この背中に粘り付いた恐怖をもう一生味わいたくないですか――ら!!」
先制したのは、ライカだった。
“速い!!”
それは宗一郎を含めた周りの共通の見解だった。
ロイトロスとまではいかない。
だが、最速そして最短の突きが、宗一郎に襲いかかった。
溜まらず宗一郎は守勢になる。
なんとか初撃の軌道を反らし、かわした。
ライカは止まらない。
腕を引き、短いストロークで首、胸、手首と連撃を放つ。
宗一郎は冷静に回避したが、反抗の暇がない。
強引に細剣を払うと、一旦距離を置く。
ライカは深追いをせず、1つ息を吸って構え直した。
「本気だな……」
「むろん!」
ライカはまた飛び出す。
今度は宗一郎も走り出した。
剣を突き合わせる。
ライカは肩を、宗一郎は頬を浅く切る。
本来であれば、負けだ。だが、ライカの剣はゴールド製ではない。普通の鋼で出来た細剣だった。
ライカのレベル80以上。レベル1の宗一郎がかすりもすれば、その時点で負けになる。
ゴールド製の武器を握らなかったのは、ライカの本気度より現していた。
痛み分けとなった斬り合いの二合目。
2人は即座に反転する。
一転して、乱撃戦。
無呼吸下での突きの応酬。防御はなし。攻撃を最大の防御として、突き、あるいは斬撃を繰り返す。
微かな血煙が両者から上がる。
肩、頬、脇、太股を――。傷の程度が浅いが、攻撃を繰り出すたびに痕が増えていく。
常人では刃の軌跡を視認する事すら出来ない乱撃戦。
次第に、両者の顔が赤くなっていく。汗がほとばしり、吸い込みたい息をぐっと歯で食いしばり、堪える。
退けば、つけ込まれる。この一戦の決定機になるかもしれない。
もはや乱撃戦は我慢比べになっていた。
「ライカ様! 頑張ってください!」「負けるな! ライカ様!!」「ライカ様! 勝って下さい!」「我慢です。ライカ様!」「行けぇ!! ライカ様!」
兵士たちは口々に応援する。
「ライカ」「ライカ」とライカコールが上がる。
兵はおろか――いつの間にか野次馬まで現れ、姫君の名前を連呼した。
言葉は幾重にも重ねられ、まるで帝都という巨大な顎門が、勝利を謳っているように思えた。
2人の戦いをじっと見守っていたロイトロスは「むう」と唸った。
老兵の目から見ての戦況――。
優勢なのは、ライカの方だった。
ひいき目ではない。
明らかに勇者の動きは、ロイトロスと戦った時よりも重かった。
その予感は当たる。
我慢比べに負けたのは、宗一郎の方だった。
胸元を狙った細剣を渾身の力を込めて、弾く。
ライカの体勢が崩れたところを見計らい、バックステップして距離を置く。
しかし好機を見逃すほど、姫騎士は甘くない。
崩れるのも構わず、無理矢理前に踏み出した。
半ば倒れ込むように、細剣を突き入れる。
宗一郎は息も体勢もまだ整わぬ身体を無理矢理動かした。
空手となっている左手で刃の部分を掴む。力が入れられないハンデを両手で使って補う。飛んできた細剣の軌道を押し込むように横に反らした。
急に力の方向を反らされたライカは、おっとっと――とつんのめりながら、傾倒を免れる。好機は逸したが、すぐ冷静に構え直し、大きく息を吸い込んだ。
ピンチを脱した宗一郎もまた、翻り、同じく構え直す。
やや表情が冴えない。流汗を何スーツの袖口で拭った。
――まずいな……。
精鋭部隊との一戦。ロイトロスとの一騎打ち。そしてマトー……。
まとまった休みもなく続けられた連戦に、宗一郎の身体は悲鳴を上げ始めていた。だが、宗一郎からすればよくもった方だと思う。
すでに魔力は枯渇寸前、視界もぼやけている。
攻撃を凌ぎ切れていないのは、もちろんライカの力量もあるが、上記2つの理由からだった。
何よりロイトロス戦で無理しすぎた。
あちこち筋肉痛ですでに感覚がない。おかげで、傷の痛みは全くといって感じていなかった。
今にして思えば、白兵戦ではなく魔術戦を挑めば良かったかもしれない。
――自分で言いだしたこと故、後悔はないが、思った以上に骨のある作業だぞ。
皇帝……。
宗一郎はあの日、最後の謁見となった皇帝とのやりとりを思い出した。
ようやく皇帝と宗一郎がかわした言葉の内容がわかります。
長かった第3章もあと残り3話です。
よろしくお願いします。
明日も18時に更新です。
【報告】
明日から「異世界の「魔法使い」は底辺職だけど、オレの魔力は最強説」を少しの間投稿します(何日までやるかはまだ未定です)。
新章になりますので、よかったらこちらも読んでください!