第31話 ~ 故に我々は敵だ。世界の敵なのだ ~
第3章第31話です。
よろしくお願いします。
豪快な頭突きだった。
蜘蛛とマトーは両方悲鳴をあげ、仰け反る。
マトーは槍を取り落とし、溜まらず1歩、2歩と退く。
宗一郎は再び剣を取ると、すかさず反撃する。
跳躍し、マトーの頭を狙った。
「なめるなよ!!」
頭を抱えながら、マトーは前肢を動かす。
宗一郎の剣を止めた。三度、2人は睨み合い、そして押し合いになる。
マトーは赤い瞳を烈火に燃やし、叫んだ。
「何故だ!? 何故、貴様なのだ!!」
「なにぃ?」
「何故、皇帝陛下はお前を選んだのだ?」
「陛下……。選ぶ?」
宗一郎は気付く。
「お前、陛下との会話を聞いて……」
いや、違う。
あの時、マトーは出席していなかった。
おそらく聞いていたのは、ダークエルフの方だろう。
「だから、どうだというのだ。……陛下には先見の明があったのだ。お前がいつか兵を裏切り、民衆を虐げる愚帝になるのではないか、と――」
「それもこれも、貴様が現れたからだろうが!!」
マトーの力が増大する。
ベヒモスによってブーストした宗一郎を押し切る。
溜まらず、弾かれた宗一郎は後退し、マトーから距離を置いた。
「俺とて、一領の君主だ。民のために力を尽くすという信念に、揺るぎはない。今にして思えば、帝国を破壊するという野望も、アフィーシャによって吹き込まれた甘言かもしれぬ。……しかし、お前も見たはずだ!!」
「なんだと?」
「外征がなくなり、危機感がなくなった兵士を! 懐に入れる金のことしか考えていない家臣を! 領地を放り出し、放蕩を続ける君主を!! モンスターに対して、抜本的な解決策を見いだせない世界を!!!!」
「…………」
「俺は……。俺はこの世界を腐らせ、そして腐らせていく者を許せぬ!」
突然、始まったマトーの独演……。
沈黙した戦場で、ライカも、ロイトロスも、兵士たちも、耳を傾けた。
「その最たる例が、前皇帝陛下だ! 外征を中止し、かといえばモンスターに対し反抗することもなく、軍事費は年々下がっていく一方だ。それでも内政に邁進するかと思えば、家臣の引き締めをすることもなく、政治の腐敗を見逃し続けた。帝国は! 最強を誇ったマキシア帝国は、前皇帝陛下にすでに破壊されていたのだ!」
力一杯、拳を握り、大きな声で訴えた。
そしてなお続ける。
「俺が破壊するのではない! 取り戻したいのだ! かつて栄華を誇った帝国を!最強と言われた国を、今一度取り戻したいのだ!!」
「しかし、マトー殿! あなたは間違っている! あなたがした事は単なる――」
「黙れ! 小娘!! 俺をこうさせたのは、マキシアの血を引く者のせいだと言っているのだ!」
「皇族の人間として反省はする! しかし、あなたがやったことは間違いなく犯罪だ!!」
ライカの反論に、周りにいる兵士も口々に異を唱える。
対して、マトーはさらに罵声を浴びせ、周囲は騒然となった。
だが――。
「ふふ……」
突然、笑声が一同の耳朶を打つ。
帝国のあり方を決める野外の議場で、場違いともいえる笑い声が響き渡る。
「あはははははははははははははは……」
腹を抱え、一種狂気じみた笑声を上げたのは、宗一郎だった。
「な……なにがおかしい!」
「いやいや……。これが笑わずにいられるものか」
宗一郎は涙を払いながら言った。
「よもや……。貴様の考えに共感してしまうとはな」
「そ、宗一郎……?」
思わぬ言葉に慌てたのはライカだった。
「事実ではないか? 現にオーバリアント最強の国といわれながら、たった1人の人間の侵略すら止められなかった」
ロイトロスと兵士たちは息を呑む。
「領地経営を半ば放棄し、ただそこで取れた農作物を数え、ピンハネするしか脳がない家臣……」
ぐう、とマトーが唸る。
「モンスターのいる世界が当たり前に受け止め、順応していく国」
ライカは胸に置いた手をギュッと握りしめた。
宗一郎はまた声を上げて笑った。
「一体、マトーが言ったことに何の間違いがあったのだ?」
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重い――実に重い空気が、周囲の人間たちにのしかかった。
暗い顔で俯き、自然と構えていた武器を下げる。
宗一郎はマトーに向き直る。
「だから、世界を取り戻すか……。なるほどな。なんとも――」
“意識の高いことだ……”
いつも自分に向けられている言葉を、マトーに言い放った。
「オレにこんなことを言わせたのは初めてだ。誇っていい。お前は、ここにいるものの中で、もっとも気高く正しい」
「貴様……。一体何を言いたい?」
宗一郎は肩を竦める。
「言葉通りだ。……だが、故にお前とオレは対立する」
「…………」
「意識が高い者同士だからではない。オーバリアントを破壊する。共有の願望を持ち、決して人には頼らないと覚悟を決めているからこそ……。お前もオレも自身の手で成し遂げたいと思っているからこそだ。違うか?」
マトーは長い沈黙の後。
「かもしれぬ……」
肯定した。
「そうであろう。こんな傲慢でわがまま――子供じみた考えで、世界を変えようとしている。誰が理解する? 共感しようとする? 故に我々は敵だ。世界の敵なのだ、マトー……。そしてオレとお前も敵同士なのだ」
“勇者は1人しかいらない。1人だからこそ勇者でいられる。”
「永遠に敵を作り続け、ゆくゆくは間違った世界を壊そうとする。……望む者がいる限り。間違った世界を正そうと願う人間がいる限り、勇者は戦い続ける」
「もうよい、勇者……」
マトーは声音に怒気はなかった。
「お前の言葉は気持ち悪い。今さら、ご託を並べる必要はあるまいよ。……貴様がいうように、オレとお前は敵だ。それだけで良いのであろう」
「確かに……。異世界に来て、初めての理解者がいたのでな。ついお喋りになってしまった」
「続きをしよう。その口を塞いでやる」
「ああ……。お前と語らう事が出来なくなるのは、少々惜しいがな」
同時に構える。
今から戦うというのに、両者の表情は笑っているように見えた。
マトーは10本の足を石畳に突き刺し――。
宗一郎もまた地面を蹴って、走り出す。
2人の距離はあっという間に縮んだ。
マトーは前肢を振り上げる。
全身全霊の一撃。残像すら残さず、ただ鋭く空気を切り裂く。
とった!!
マトーは思った。
宗一郎は――――かわした。
左足を軸足にして、キュッと腰を回転させて半身になる。
顔面に風圧を受けながら、その体勢から1歩右足を踏み込んだ。
一閃――。
最速の動作で斬り合った2人が止まった。
宗一郎は斬り上げた姿勢で。
マトーは手を前に出し、前肢を伸ばした状態で固まっている。
「み、見事……」
呟いたのは――マトーだった。
縦に真っ二つになった胴がずれる。
どす黒い血が噴水のように吹き出し、宗一郎の顔を濡らした。
2つに割れた巨体が、重い音とともに石畳に倒れる。
一瞬、間があった後……。
周辺は割れんばかりの歓声に包まれた。
マトー、ご臨終。
そこはかとなくいいヤツで終わってしまいましたが、
いかがだったでしょうか?
さて、第3章もクライマックスです。
お楽しみ下さい。
明日も18時更新です。