第30話 ~ 力押しはあまり好きじゃない ~
第3章第30話です。
よろしくお願いします。
「チッ!」
吹き飛ばされたマトーを物陰から見ていたアフィーシャは、舌打ちした。
人とモンスターを掛け合わせた合成獣は、魔導に通じる少女の最高傑作。
なのに、あの勇者はあっさりとそれを吹き飛ばしてみせた。
――どっちが化け物よ!
悪態の1つもつきたくなるのも、無理からぬことだった。
けれど……。
アフィーシャは考える。
何とかして、あの勇者を抱き込むことは出来ないだろうか。
聞けば、勇者はオーバリアントに蔓延したシステムを否定する立場らしい。
それを調査するため、ライカと共に旅立ったと聞いている。
その考えはアフィーシャと通じるところがある。
そしてライカだ。
明らかに勇者とライカは通じている。好意を持っているといっていいだろう。
まず初めにライカに取り入り、いずれは勇者を……。
ダークエルフの少女の胸に、暗い陰謀が渦巻く。
自然と口端が緩んだ。
万人からすれば、不可能と思われるだろう。
だが、自分は違う。
マトーの内に秘めた嫉妬、小さな怒りを育て、ついに自分を依存させた上で、あんな化け物にまで育てた。
そう――。
マトーはそもそも――女癖が悪いということを除けば――まともな男だった。
アフィーシャが関わらなければ、良い皇帝になっていたかもしれない。
だが、ダークエルフと付き合ったことが、彼の破滅の始まりだった。
マトーが持つ小さな不満を、大きくし、自尊心というもので蓋をしていた不平をすべて解放してやった。
決定的なのは、領地での夜だ……。
皇帝は勇者をライカの婿に迎え、いずれ皇帝にするつもりらしい。
そう囁いてやった。
それは本当のことだ。
前皇帝と勇者が2人で話をしているのを、城内に潜伏していたアフィーシャがたまたま耳にした。
前皇帝は心底勇者を買っているようだったが、その時口を滑らしたことが、今日に至る元凶だったのだ。
当然、マトーは怒り狂った。
椅子を蹴って、鼻息を荒くした時の顔を、皇帝に見せてやりたいぐらいだった。
マトーは変わった。そして、よりアフィーシャに依存していった。
人とモンスターとの合成研究についても資金を出し、素体まで用意してくれた。前皇帝が亡くなると、影響力を伸ばし、さらに横暴になっていった。
自分を認めない。ハイリヤ家の次男としかみないくだらない世界。
そんな世界を壊せ、とアフィーシャは耳元で囁き続け、ついにはそれは自分の悲願だと思わせることに成功した。
今のマトーは、身体も心もアフィーシャが作ったものだった。
――だけど、これでおしまいかしら……。
口惜しいが、マトーと勇者では、後者の方が一枚上だ。
再び潜伏し、機会を待ち、いずれ勇者と接点を持って、今度こそオーバリアントを……。
「それは無理と思うッスよ」
「――――!」
細い肩をびくりと震わせ、アフィーシャは振り返る。
狭い路地の闇に、2つの目が金色に光っていた。
それは眼光が鋭いという意味ではなく、文字通りぼうと光を帯びていたのである。
「み~つけた! アフィーシャたん!」
鼻歌でも歌うかのように、にこやかな顔で現れたのはフルフルだった。
最後に見た時の異様な姿形ではなく、元の少女に戻っている。
しかし一度見たあの姿は忘れられるはずがない。
世界に死を振りまいたダークエルフの末裔は、顔を強ばらせた。
「フルフルちゃん……。あなた、一体何者なのかしら?」
「う~ん。……まあ、アフィーシャたんになら言ってもいいッスかね」
「…………?」
「フルフルは悪魔なんスよ」
「あく……ま…………?」
「そうッス。……人の秘密を暴く悪魔」
「――――!」
アフィーシャは息を呑む。
「もう一度、忠告するッスよ。ご主人を懐柔しようとするなんて無理ッス」
「なんで、あなたにそんなことを言われなきゃならないのかしら?」
ゴスロリ少女の目がすわる。
放たれた怒気に、フルフルはあっけらかんと言った。
「簡単なことッス。……アフィーシャたんがご主人を懐柔できるぐらいなら、とっくに悪魔であるフルフルが、ご主人のハートを鷲掴みしているからッスよ」
「へぇ? じゃあ、フルフルちゃんもあなたのご主人を懐柔しようとしたことがあるのかしら?」
「むろんッスよ。そもそも悪魔ってそういうものッスからね」
「…………!」
「人間に人外の力を与え、堕落、あるいは破滅させる。それが悪魔としての本能であり、唯一の目的ッスから」
「じゃあ、こうしようかしら……。フルフルちゃんと私が手を組むの。そして一緒にあの男を自分の支配下に置くのよ。ねぇ、良い考えじゃないかしら」
腕を組み、フルフルは少し考えてから答えた。
「魅力的な誘いッスけどね。……でも、やっぱ無理だと思うッスよ」
「どうしてかしら? やって見なくちゃわからないでしょ?」
「ご主人の意志の固さは筋金入りッスから。……なんせご主人は――」
“意識が高いッスからね……”
それに、とフルフルは言葉を続けた。
「フルフルがご主人を支配するよりも、ご主人はもっと面白い事をしてくれるッス。破滅とか堕落とかが、くだらないものに見えるぐらいに」
「それって自分を否定しているってわかってるのかしら?」
「フルフルはフルフルっス。否定することも消すことも、自分にも他人にも出来ないッスよ」
けらけら、と一笑した。
「さて、おしゃべりは終わりッスよ。大人しくお縄につくッス」
「そう簡単に――。キャッ!!」
フルフルはアフィーシャが何かをする前に、容赦なく雷撃を放った。
一瞬だったが、エルフの少女の意識をあっさりと断ち切る。
その場に昏倒した。
どこからか縄を取り出し、縛り上げた。
「出会い方が違っていれば、いい友達になったかもッスけどね。ま――。フルフルの友達はゲームで十分ッス」
パンパンと手を叩きながら、フルフルはにこやかにアフィーシャを見下ろした。
「さあて。戦況はどうなってるスかね?」
表通りに顔を出した。
「ゆうしゃああああああああああああ!!!!」
怒号が響き渡る。
崩れた馬小屋の屋根が吹き飛ばされ、天高く舞い上がると石畳の上に激突する。
現れたのは、巨大な蜘蛛と、人型のオブジェのような青白い体躯のマトー。
蜘蛛の頭部に赤く光る複眼と同じく、目を真っ赤にして猛り狂う。
そんな次期皇帝を、宗一郎は
「そんなに目くじらを立てるなよ、色男。折角の二枚目が台無しだぞ」
「ほぞけ! 三下ぁ!! 貴様にはわからぬのだ! この完璧な姿を! これだ!これが俺が求めていた力だ。皇帝など目ではない。女神すら我が前にひれ伏すだろう!!」
「三下の台詞を吐く存在が、三下というか。堕ちたなマトー……」
「うるさい! 調子に乗るなよ、勇者ぁあああ!!!!」
石畳に細い10本の足を突き立て、マトーは突進してきた。
巨体から想像できないスピードで、宗一郎に肉薄する。
鎌のような形状の前肢を振り下ろした。
さすがに“受け”は無理と判断し、宗一郎は一旦退く。
だが、マトーは逃さない。
なおも距離を詰めてくる。
「宗一郎殿!」
見かねたロイトロスが、自分の片刃の剣を投げる。
地面に突き刺さった剣を引き抜き、宗一郎は振りかぶる。
寸前に振り上がった前肢を受け止めた。
屈強な兵士が束になっても受けきれなかったマトーの力。
ベヒモスの恩恵を受けた宗一郎は、その細腕で止めることに成功した。
巨大な蜘蛛男と、スーツ姿の男の押し合いが続く。
マトーは手近にあった槍を引き抜き、宗一郎に突き立てようとする。
たまらず退いた勇者に、前肢を伸ばした。
スーツの脇をえぐる。
寸前で剣で止めたが、勢いを殺せず、家屋の壁に突っ込んだ。
「どうだ! 勇者! これこそ力だぁ!!」
半狂乱に鳴りながら、高い笑いを上げる。
「宗一郎!」
ライカは悲鳴を上げたが、すんなり宗一郎は崩れた壁面から立ち上がった。
口内に沸いた血を吐き捨て、唇を拭う。
――少々油断したか……。
腹が立つが、おつむはともかく、マトーの力は本物らしい。
おそらく屋敷で戦ったキメラよりも、より強固にバージョンアップされているのだろう。
しかし――と笑む。
「オレの敵ではないな」
言葉はマトーに届いた。
激昂した蜘蛛男は再び突撃してくる。
「ベヒモス! オレにもっと力を!」
両手に灯る光がさらに大きく膨れあがる。
剣を石畳に突き刺し、無手になった。
「馬鹿め! 今度こそ斬り殺す!!」
両前肢を一斉に振り上げる。
超スピードの鎌が宗一郎の両側から襲いかかった。
「なにぃ!」
驚声を上げたのは、マトー方だった。
宗一郎は薙ぎ払われた前肢を指で摘むように受け止めていた。
名付けて真剣白刃両取り。
建物をあっさり破壊するマトーの前肢を、指だけの力で止めたのだ。
「まったく……。力押しはあまり好きじゃない」
「なんだと?」
「なんせオレは魔術師なんでな。もう少しスマートにやりたいのだ」
すると、宗一郎は大きく背中を反る。
そのまま頭を振って、目の前にある蜘蛛の頭に自分の頭を叩きつけた。
男同士の戦いはやっぱ頭突きですよ、頭突き……(謎の価値観)
明日も18時に更新します。