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第29話 ~ 待たせたな ~

第3章第29話です。

よろしくお願いします。

「似非勇者ぁあああ!! 出てこい!!!!」


 鎌のような前肢を振り上げ、合成獣となったマトーは突き進む。


 石畳の道をえぐり、街路樹をなぎ倒し、家屋に突っ込む。獣が進むごとに、あちこちから悲鳴が上がり、燭台の炎が引火し、血が舞った……。


 帝都の警邏隊は徐々に集まり、化け物の進行を阻もうとするが、防御力は紙同然だった。逆に被害が広がり、血の道が出来上がるだけだ。


 しかし、このまま行かせるわけにはいかない。


 マトーが向かう先は、貴族が連なる屋敷。さらにその先には、帝民が住む住宅地がある。人口が密集する場所で、合成獣が暴れるなど、なんとしてでも阻止しなければならない。


 警邏隊の集まりは悪い。そもそも戦線に大半の兵が投入されていて、数が圧倒的に少ないのだ。攻撃力のある魔法兵もおらず、散発的な突撃を繰り返すしかなかった。


「くそ! このままでは……」


 警邏隊の指揮官が後ろを見やる。

 すでに貴族の屋敷が目の前にあった。


 その時だ。


「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 裂帛の気合いが、闇に覆われた帝都にこだました。


 一兵の兵士が、一陣の風のように合成獣に突撃していく。

 両手には二振りの長さが違う片刃の剣。白髪白髭を生やし、老兵とは思わぬ動きで、獣の懐に飛び込む。


 高らかに跳躍すると、重力とともに剣を振り下ろした。


 バキン!!


 硬い音が帝都に響く。

 老兵の渾身の一撃を、合成獣マトーは前肢で受け止めていた。


「ロイトロスか……」


 老兵の顔が歪む。対してマトーは余裕の笑みを浮かべた。


「どうした、古兵ふるつわものよ。……それでもあの勇者と渡り合った騎士か、ええぇ!!?」


 膂力でロイトロスの刃を弾く。

 溜まらず、後ろに下がり、着地する。顔を上げると、鎌の前肢が振り上げているのが見えた。


 ロイトロスは退かない。

 逆に懐に入り込み、マトーのお腹の下を通って駆け抜ける。


「ちょこざいな! だが――」


 危機を脱したかに見えたが、マトーは棘のような射出孔を後ろに回ったロイトロスに向ける。蜘蛛の糸を飛ばした。


 置き際と、さすがに攻撃を予想できなかった老兵は、蜘蛛の糸に絡め取られる。

 身動きできなくなったロイトロスに、転回したマトーが迫る。


「死ね! おいぼれ!!」


 前肢を振り上げた。


「魔法兵、撃て!!」


 号令がかかる。

 背後から、魔法による炎弾が打ち込まれる。


 レベルによる魔法であるため、マトーに被害こそ少ないが、衝撃で身体のバランスを失った。


「今のうちだ!! ロイトロス殿をお助けしろ」


 マトーにとっては聞き覚えがある声だった。


 荒く息を吐き、振り返る。

 先ほどまで率いていた軍と、その指揮官が整列し、槍を、弓を、魔法をかざした手を自分に向けていた。


「おのれぇ!! 貴様ら! 皇帝に刃を向けるとはどういうことだぁあ!!」


 マトーは当然、激昂する。

 ロイトロスをその場に置き去りにし、兵士たちに向かって突撃を敢行する。


「弓隊、構え!!」


 撃て! という号令のもと、無数の矢がマトーを襲った。


 合成獣は前肢を今度は鞭のようにしならせ、迎撃する。それでも数本の矢がその肉体に突き刺さったが、何食わぬ顔で突進を続けた。


 とうとう兵の群れに突っ込み、横陣が崩れる。

 竜の突撃を思わせるような迫力に、兵は千々に乱れた。


「くそ! このままでは総崩れだ!!」


 一旦退却し、体勢を整えるか……。

 しかし、それでは貴族の屋敷が連なる地区に侵入させてしまう。


 指揮官は悩む。

 そうしている間にも、兵がゴミのように吹き飛ばされ、血煙が舞った。


 ――致し方ない……。


 退却を選択しようと考えた時――。



 “退くな!!”



 高らかな声が背後から聞こえた。


「重装歩兵! 前面に出て盾を構えろ! 一定の距離を保ちつつ、化け物の進路を阻め!」


 鉄靴の音が鳴り響く。


「歩兵は重装歩兵の隙間から槍を構えよ。騎馬と対するイメージで良い。ともかく進行を遅らせるのだ!」


 雲が千切れ、間から陽が射しこむ。


「弓兵、魔法兵は屋根に昇れ! とにかく距離を取って、撃ちまくれ!!」


 兵に糸をちぎってもらいながら、ロイトロスは「おお」と声をあげた。


 バリアンが金色の髪を輝かせ、吹き込む風がそれを揺らした。

 現れた少女は、カッと鉄靴を鳴らし、その場に立ち止まる。

 細剣を鞘から抜きはなった。


「我らの力は戦うためにあらず!! 民草を守るためにあるのだ!! 皆の者! しかとそれを心に刻み、奮闘せよ!!!!」


 ライカ・グランデール・マキシアは号令を発する。


 途端、悲鳴しか聞こえなかった戦場で――。


 うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!


 怒号のような声が帝都の街路に突き刺さった。


 先ほどまで戦意を喪失していた兵士が息を吹き返す。

 目の色を変え、乱れた陣を建て直した。


 重装歩兵が前面に、マトーを囲むように展開。その間から無数の槍が突き出す。魔法兵たちは、魔法を使い一部の弓兵とともに屋根に昇ると、化け物の頭上から攻撃を仕掛ける。


 さしものマトーも範囲外からの攻撃に抗することもできない。しかし頑丈なゴールド製の盾に阻まれ、うまく身動きが出来ない。


 統率された兵の動きは、マトーが率いていた時とは比べものにならなかった。


「おのれ!!」


 マトーは怨嗟の声を吐く。

 落ちくぼんだ瞳を向けた相手は、兵の後ろで指示を出すライカだった。


「ライカ! 貴様! 妃のくせに、伴侶である俺の邪魔をするというのか!!」

「マトー殿! あなたは我が帝国国民に仇をなした。皇帝となるものが、民草を害するなど、決してあってはならぬことだ!」

「皇帝である俺に説法を説くのか!?」

「帝国国民を傷つけた時点で、あなたは皇帝ではない!!」

「黙れ! 小娘!!」


 マトーは強引に突撃を敢行した。

 ライカは戦力を前に集中させ、押し込もうとする。


 しかしマトーは10本の足をフル回転させ、さらに押してくる。


 屋根からは魔法と矢が放たれ、どす黒い血を噴き出すが、全く構おうとしない。

 それどころか鬼の形相で、ライカを睨み、やがて――。


 突破された。


 兵たちははじき飛ばされ、数人の兵士を振り払いながら、ライカに肉薄する。


「姫ぇ!!」


 ロイトロスは悲鳴じみた声を上げる。

 マトーの後ろを追いかけ、膨らんだ腹部に剣を突き立てる。


 それでも化け物の暴走は止まらない。


 ライカは細剣を突きだし、構える。


「姫ぇ! 無茶じゃ!!」


 姫騎士は退かない。

 退くわけにはいかない!


 彼女の後ろには多くの民草や諸侯その関係者、今戦っている兵たちの家族が住む家屋がある。


 無茶であろうと、無理であろうと、引き下がるという選択肢は、ライカ・グランデール・マキシアにはなかった。


「さらばだ! 帝国の姫君よ!!」


 前肢を振り上げる。

 ライカもまた、ロイトロスばりの突きで最短最速を狙った。


 明らかに遅い。


 ロイトロスにはわかっていた。

 白髭の下から、白い歯を見せ、叫ぶ。

 この時、老兵の脳裏には、一瞬先の未来が見えていた。


 愛しい姫君の身体がバラバラになる姿を――。


 信じられない未来を予期し、老兵は抗することもできず、己の瞳を閉じた。


 1つの感覚を閉じたからだろうか。

 不意に聴覚が、騒然とする戦場で高らかな男の声を拾っていた。


「東の一鍵! 単一にして数多の怪物ベヒモスよ!! 大地を暴食し、海をも鯨飲するその力――。我の手に宿りて、敵をうがて!!!」


 目も眩むほどの赤光が帝都の街路に閃いた。


 光に気付き、マトーが横を見る。

 髪を後ろにし、奇妙な格好をした男が、歯を見せて笑っていた。


「ゆう――」


 しゃ、と言おうとした瞬間、赤く光った右ストレートが綺麗にマトーの頬を捉えた。


 人間の腕――しかもあまり鍛えていない男の細腕から繰り出された正拳は、蜘蛛の巨体を浮かし、さらに側にあった馬小屋へと吹き飛ばした。


 繋がれていた馬が驚いて飛び出し、屋根が蓋を閉じるようにマトーの醜体を隠した。


「ほう……。少し見ない間に、随分と姿形が変わったではないか、マトー殿(ヽヽヽヽ)


 口角を上げる。


 ライカはその後ろ姿を見ながら、涙を払い叫んだ。


「宗一郎!!」


 現代最強にして、魔術師。

 杉井宗一郎は、革靴を鳴らして、振り返った。


「待たせたな」


 ニッと笑った姿は、少年のように無邪気だった。


役者が揃ったという感じでしょうか。


明日も18時更新です。

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