第27話 ~ この帝国に女帝が生まれるのか ~
第3章第27話です。
よろしくお願いします。
騒がしい外の気配を察しながら、ライカ・グランデール・マキシアは自室の窓から、外を伺っていた。
扉の向こうには、2人の兵士。
ここ数日、ライカは軟禁されている。唯一、外に出たのは、戦議で意見を求められた時ぐらいだった。
窓は南向きだが、戦場の音は遠く離れたこの部屋まで届いている。
その度に誰かが傷ついていると思うと、胸を締め付けられた。
不意に扉の外から言い争う声を聞こえた。
次いで剣戟が鳴り響く。兵2人のうめき声が聞こえると、最後に人が倒れるような重い音が耳朶を打った。
扉が開く。
何、ヤツ! と椅子を蹴って立ち上がり、腰の剣に手を伸ばしたが、今はドレス姿であることを思い出した。
現れたのは、甲冑姿の諸侯と長衣を着た元老院の男性だった。共に年を取っており、厳格な顔をさらに引き締め、ライカを見つめた。
「ゼネクロ殿! ブラーデル殿!!」
選帝候会議でマトーに対し、反旗を翻した古参の有力者だった。
2人は父の古くからの知り合いでもあり、ライカの良き理解者――そして今回の協力者だ。
「お待たせして申し訳ありません、ライカ殿下……」
白髪の老爺――ブラーデルは目尻を下げながら、本当に申し訳なさそうに頭を下げる。一方、ゼネクロは気絶させた兵士を皇女の居室に運び入れていた。
「よい。それよりも戦況は?」
「は。今のところ、被害らしい被害は出ておりません」
「そうか」
ホッと胸をなで下ろす。
「勇者殿はよくやってくれています」
「侵略者に対し、労うものではないがな」
ブラーデルは「あっ」と口を開けて、手で押さえた。
恭しく頭を下げる。
「それよりも、マトー派の元老院と諸侯の様子はどうか?」
「かなり慌てております。彼らに送った警告文がかなり効いているのでしょう」
「カールズ……あ、いえ……前皇帝陛下もお人が悪いですな。死後になって、家臣の裏事情を暴露するなど」
2人の兵士を運び入れると、汗を拭う。
ゼネクロは、年こそ前皇帝と離れているが、かなり仲が良かったと聞いている。
「父上はお優しいお方だ。……だが、それ故に甘える家臣もいることも承知していた。裏事情を知りながら、すぐには糾弾せずにいざという時に使う。――したたかな男なのだ」
「私からすれば、部下を叱責したくなくて、自分の死後に誰かにやってもらおうという魂胆がみえるのですが――」
「コラ! ゼネクロ、いくらなんでも口が過ぎるぞ」
「かまわないでしょう。……死人に口なし。陛下のおかげで苦労させられて、死んだ後ですら隠居も出来ずに働いているのだ。愚痴の1つぐらいはよかろう」
「まったくお主は……」
顔に似合わぬ軽口を吐くゼネクロに対して、ブラーデルは自分の頭を撫でながら窘めた。
2人のやりとりを聞きながら、ライカは久しぶりに笑う。
「よいよい。……私も言いたいことは山ほどあるからな。ブラーデル、お前も苦労させられただろう。父を代行して聞いてやるぞ」
「ご、ご冗談を、殿下! ……確かにお父上には少し、いやかなり無茶を言われましたが――身分の低い私を元老院議長まで取り立てていただいた。今は恩義しか感じておりません」
「無茶といっておるではないか。もっと言えばいい。好色皇帝とかな」
「だから、死者を貶めるような言動は慎まぬか!」
ブラーデルはまた叱責する。
それを見て、ライカはころころと笑った。
「よいよい。愚痴の席はまたいずれ設けよう。……それよりもブラーデル殿」
「は! 例の法案については、内々に元老院及び諸侯に打診しており、すでに4割の承諾を得ています。あとはマトー派ですが、これは時間の問題かと」
「そうか。ありがたいことだな」
「ひとえに前皇帝の先見と勇者殿の活躍、そして殿下の忍耐あってこそです」
「いや、私は何もしていない。ここで星を眺めていただけだ。それよりも改めて感謝する。ブラーデル殿、ゼネクロ殿」
帝国の姫君は、腰を折った。
「もったいないお言葉」
「さあ、殿下。そろそろ支度を……」
「うむ」
ライカは頭のティアラを机に置く。
隣にある別室にいって、鎧支度を整えた。
すらりと腰の細剣を抜く。刃こぼれ1つしておらず、反射した光がライカの目に当たった。帝都に帰参してから抜くことも、纏うこともなかったが、手入れだけは怠っていなかった。
事あれば、いつでも戦えるように……。
――少々太ったか……。
腰の辺りを気にしながら、姿見を見つめる。
だが、久しぶりの姫騎士姿だ。
ライカは別室を出る。
「行くぞ」
「はっ」
ブラーデルは腰を折る。
ゼネクロは勇ましい姫騎士の甲冑姿を見ながら、にやりと笑った。
「いよいよ。……この帝国に女帝が生まれるのか」
そう呟き、ライカの後に付き従った。
「さあ……。次はどいつがオレの相手だ?」
宗一郎は城門に集まった兵をひと睨みする。
兵士たちは槍を強く握り、脅えるような目でこちらを見るだけだった。誰も一歩を踏みだそうとはしない。むしろ後退していく。
今度は城壁に並んだ弓兵や魔法兵を睨む。
こちらも戦き、胸壁から一歩退いた。
兵たちの反応は当然だった。
先ほど戦場を焼け野原に変えてしまうほどの大立ち回りを演じ、それでも生き残った侵略者なのだ。
この目の前の戦力に勝てるものなど、どこにもない。
帝国中の兵が束になったところで勝てるかどうか怪しい。
唯一組み伏せるとすれば――と、兵士たちの視線が自然と当人の方へと向いた。
宗一郎もその方向に足を向ける。
胸壁に手をかけ、身体を乗り出して覗き込んでいるものがいた。
紫色の瞳を釣り上げ、ギリギリと歯ぎしりを鳴らしている。顔のパーツは怒りを露わにしているが、男の顔には脂汗が浮かんでいた。
「それともマトー……。いや、次期皇帝。お前が相手をするのか?」
「ふ、ふざけるな! お前の相手など……。おい! どうした!? 貴様ら! 相手は1人だ。何を恐れることがある! あいつ、殺せ!!」
しかし、誰も動こうとはしなかった。
半狂乱となって激昂する最高指揮官に、隣に立っていた兵長は呆れたように頭を振った。
「よおし! ならばこれでどうだ! あいつを倒したものには、望みの報償をやろう。金でも地位でもなんでもやる! だから、あいつを殺せ!!」
絶叫とも言える声が、戦場にこだます。
当然、その提案は兵たちの耳朶を打った。しかし、その心を打つことはなかった。
むしろマトーに向けられたのは、憐れみと侮蔑の視線だけだった。
「もうやめなされ。……マトー殿」
声は宗一郎の後ろから聞こえる。
背筋を曲げた老兵が、城壁に立つ主君を見上げる。
白髭を動かし、ロイトロスは。
「我らの負けです」
穏やかに、だがはっきりと宣言した。
言われなくともわかっていた。それでもその言葉を聞いた時、兵士たちは落胆の色を隠さなかった。
オーバリアント最強の帝国マキシアが、負けたのだ。
たった1人の男に。
それもレベル1の人間に……。
「黙れぇええええ!!!!」
唯一敗北を否定したのは、やはりマトーだった。
「私はここにいる! 第120代マキシア皇帝となる男はここにいるぞ! 俺が倒れるまで、帝国の負けはないのだ!!」
「ならば、お前が相手になれ。引導を渡してくれる」
「望むところだ」
マトーは手を掲げた。
【四級炎魔法】プローグ・セゾール!
【必中の神秘】アログ!
2つの魔法を呪唱し、掛け合わせる。
スペルマスターの特異スキル【合成術】を発動させる。
「しねぃ! ゆうしゃあああああああああああああああああ!!!!」
巨大な紅球が放たれた。
――まずい!
防御するのは簡単だが、城壁に近すぎる。
このままでは城壁や城門にいる兵士たちを巻き込むことになる。
「なら、因果操作を使って……」
しかし、それには必中の神秘が付加されていることに気付いた。
その時――。
後ろから影が飛んできた。
ロイトロスだ。
巨炎に向かって、跳躍する。
二振りの剣を胸元でクロスさせると、一気に払った。
【スペルブレイク】!!
戦士の上位スキル。
一定確率でどんな魔法も無力化できるスキルだ。
今さらだが、ロイトロスもライカに負けず劣らぬレベルの持ち主である事を思い出す。よくよく考えてみれば、レベル戦を挑まれていれば、戦況は違っていたかもしれない。
【スペルブレイク】は成功する。
四級炎魔法は4つに切り裂かれ、爆発もすることなくその場に四散した。
おお! と兵士から声が漏れる。
ロイトロスは何食わぬ顔で、着地した。
「すまん。ロイトロス……」
「まだまだ脇が甘うございますな、勇者殿」
振り返って、老兵はニヤリと笑う。
この老人に言われれば、何も反論は出来ない。宗一郎は肩を竦めるだけだった。
「マトーは?」
2人は同時に城壁を見上げた。
胸壁で歯ぎしりしていた皇帝の姿はない。
側にいた兵士も気付かなかった様子で、首を振って狼狽えていた。
「逃げたか……」
「やれやれですな」
ロイトロスは頭を抱える。
「勇者殿……。この始末、私に――」
「お前がやれば、禍根を残す。帝国を二分しないために、オレが侵略者になったのだ」
「……! そ、そうだったのですか?」
「ロイトロスはとりあえずここにいて、兵の動揺を抑えろ! マトーはオレが追跡する」
「わかり申した。ご武運……」
「だから、オレは侵略者だと言っているだろう」
敬礼しようとするロイトロスをたしなめる。
宗一郎はパズズの力によって大きく跳躍し、城壁を超えた。
快晴だった空に雲がたちこめる。
昼の帝都に大きな影が落ちていた。
着地し、帝都の土を踏みしめながら、宗一郎は雨の気配を感じ取っていた。
相変わらずのクズっぷりですね、マトーさん。
明日も18時です。
よろしくお願いします。




